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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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疑惑編-1

 パティが死んでから一日がたった。まだ白警団も調査中との事だったが、自殺だとも噂されていた。


 フローラは都の書店へ出向き、各社のゴシップ誌をざっとチェックしたが、トップ記事はパティの事ばかりだった。


「はぁ……」


 頭を抱えたくなる。夫の不貞もセットで報道され、公爵家の名誉はさらにドン底に落ちるだろう。フローラについても悪く書かれた記事ばかり。パティを呪いで殺した論調ばかりでため息しか出ない。他にも元愛人を追った記事もあった。夫の元愛人はなぜか不幸続きになり、フローラが魔術師と結託して呪詛を行っているという記事もあった。他にも魔女の血筋という事実無根な事も書いてあり、スキャンダルといって良いだろう。


 マムの事件の時は、事件を解決し、名誉が上がった事もあったが、結果はこのザマだ。民衆の手のひら返しが酷すぎる。ゴシップ記事は、トマスが書いたものもあった。トマスはマムの事件の時はあれほど味方になってくれた記者だったのに……。


 書店でもチラチラとフローラに不躾な視線をぶつけてくる者が多い。もはや他人からの酷い視線は慣れてしまったが、もう耐えられない。当初の目的であるホテルに向かう事にした。


 ホテルには夫が泊まっていた。あの後、パティの死にショックを受けた夫は入院した。幸いにも身体は何の異常もなかったので、すぐ退院し、ホテルに移されたそうだが、問題は彼の頭だろう。おそらくもっと頭がおかしくなっている。編集者のネイトからも、夫の面倒を見るように泣きつかれ、仕方なくホテルへ向かった。


 パティが死んでも全く嬉しくない。こうしてスキャンダルになってしまったし、公爵夫人としての名誉も全部消えた。呪詛している噂もキツい。そんな呪いが使えるなら、今までの夫の愛人は全員呪えていたはずだが。


 パティは不貞の罪を反省し、フローラに謝る機会を失った。二度と不貞について罪悪感をもてない。自分が何をしているのか分からないまま死んだ。そう思うと、我知らず、フローラは下唇を噛んでいた。


 まだ何も分かっていないが、これは自殺か、事故か、殺人か不明。もし殺人だとしたら、今回で二回目だ。また殺人事件に巻き込まれてしまうなんて……。


「あなた、大丈夫?」


 ショックを受けているのはフローラだけではなかった。


 夫はホテルの部屋で項垂れ、酷い有様だ。金色の髪は艶を失いボサボサ。青い目も死んだように虚無。床には書きかけの原稿用紙が散らばり、筆も全く進んでいない模様。この状況で純愛ストーリーを紡ぐのは無理があるだろう。


「ああ、パティが死んでしまったよ! どうしよう!」


 夫は泣き叫び、目の前に妻がいる事も気づいていない。


 こんな夫を見ているだけで、フローラの目元はじっとりと濡れていく。情け無いやら、虚無やらで何の声も出ない。


 ふと、足元に落ちている原稿用紙を拾い上げた。ちょうどクライマックスシーンだろうか。ヒロインのタイピストが相手役の御曹司に愛の告白をする場面が書いてある。


 原稿用紙の上では夢のように綺麗なシーン。一方、目の前は錯乱状態の男がいる。その落差がえぐいが、逃げるわけにもいかない。


 フローラはこの夫の妻だからだ。愛人だったら、楽しい時間だけをつまみ食いできるだろう。一方妻はそうじゃない。病める時も裏切られた時も不倫された時も、夫と一緒びいる責任があった。美味しい所だけつまみ食いはできない。


 教会で神の前で結婚の誓いをした事も思い出す。それは責任が伴う事だった。当時のフローラは何も考えずに「誓います」なんて言っていたが。


 フローラは夫に近づき、軽く頬を叩いた。ホテルの狭い部屋のパンと小さな音は響くが、夫は目をぱちくりとさせていた。自分が今、何をされたのか気づいていないようだった。


「は、え? フローラ、何をした?」


 しかし目に光が戻り、少しは目が覚めたらしい。涙もピタッと泊まっていた。


「あなた、正気に戻るのよ。こんな事で挫けないでよ」


 フローラは夫の目を見据え、静かに言う。夫も何か感じ取ったのか、押し黙っていた。


「泣いたって何もならない。パティも帰ってこないわ」

「そうだけど……」

「悲しい気持ちは分かるわ。でも、あなたが泣いた所でどうにもならない。無駄よ」


 突き放し過ぎたかとも思ったが、夫はなぜか笑っていた。苦笑という感じで、別に楽しそうではなかったが。


「そうだよな」

「ええ。今のあなたの仕事は、これよ」


 フローラは床に散らばった原稿用紙を夫の目の前に突きつけた。


「とにかく原稿用紙は最後まで埋めなさい。話はそれからでしょ」

「そ、そうだよな」


 夫はもう笑うのはやめていた。フローラが差し出した原稿用紙をじっと見つめていた。目も死んでいない。光が完全に戻っていた。


「わかった、俺は作品を書く。この純愛ストーリーは最後まで仕上げる」

「ええ、そうしてちょうだい」


 夫は椅子に座り直し、原稿用紙に向きあっていたが、これでハッピーエンドとは言えない。


「ところでパティに変わった所はなかった?」

「ま、まさか、お前。また調べるんか? 事故や病気かもしれないぞ」

「まだ何も分かってないでしょ。パズルのピースだけでも集めておきたい」


 フローラは再び真っ直ぐに夫を見つめた。もうフローラの意思も固いと見て、夫は特に反対して来なかった。


「そういえば、パティ は最近金使いが荒かった。何でも臨時収入があったとか」

「臨時収入?」


 フローラの片眉があがる。パティはタイピストの仕事をしていたが、臨時収入なんてあるのか?


「わからない。割の良い仕事が見つかったとか言ってた」

「そう……」


 あのケチなパティだ。ろくな方法で手に入れた金ではないはず。その死とも関係があるかもしれない。


「ありがとう、あなた。パティの死の真相は明らかにする」

「そ、そうか……」

「あなたの為じゃないよ。公爵家の名誉回復の為、本当に呪いなんてしてませんから」

「説得力ねぇーな」


 夫は気が抜けたように笑っていたが、フローラも釣られて笑ってしまう。こんな状況でも笑う事ができた。いや、こんな状況だからこそ、笑うべきなのかもしれない。

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