殺人事件編-6
パティの屋敷はとことん下品だった。家の外装はピンキカ、龍や人形などのオブジェも下品。内装も派手なだけで、品は全くない。
パーティー会場も似たような雰囲気で、調度品の一つ一つは高価なものなのに、ここに集まるで不調和を起こしていた。いかにも成金らしい。貴族の家には全くないもので満ちていた。
フローラは天井を見上げる。大きなシャンデリアがあったが、埃がたまっているのに気づき、ため息が出そう。
パーティー会場もこも家の当主が呼び寄せているのか、引き寄せているのか不明だが、下品で派手な男女ばかり。しかも人数だけが多く、庶民御用達の満員電車のごとく混み合っていた。もしかしたら千人ぐらい客がいるかもしれない。
貴族の顔はほとんど見当たらず、この場ではフローラは悪目立ち。まるで掃き溜めの鶴のような状態で。ヒソヒソされたり、逆に変に憧れを含む視線を送られたり、居心地は悪い。
今のところ、パティや夫の姿は見つからず、拍子抜けした気分だ。会場ではパティの父が成り上がりストーリーをずっとスピーチしていたが「それって隣国の軍事産業への投資が運良く成功しただけですよね?」という感想しか浮かばず、欠伸を噛み殺していた。
「きゃ!」
しかも若い女がぶつかってきた。貴族界隈では見た事ない顔だった。妙な雰囲気の女だった。顔が白く、幽霊のよう。しかも一切謝りもせず、コソコソと去って行った。
「なんなのよ、もう……」
これでフローラの戦意のようなものは萎み、一旦会場から出る事にした。会場を出ると、使用人達が出入りする裏手に向かってみた。もしかしたら、潜入しているフィリスにも会えるかもしれない。
「奥さーん!」
その予想は当たり、空のワイングラスを運んでいたフィリスに落ち合った。シスター・マリーの躾が効果あったのか、今日のフィリスは落ち着き、ワイングラスも落として割っていない模様。背筋も伸び、姿勢もよくなっていた。容姿は相変わらず田舎臭い娘だったが、所作はかなりスマートになっていた。
「奥さん、きゃー、何かすごいドレス!」
もっとも今のフローラのルックスを見ながら騒ぐフィリスは、相変わらずだったが。
「あれ? あなた、何か服についてるわ」
ふと、フィリスのエプロンにラベルのようなものがくっついているのに気づいた。所作はスマートになって来たのに、なぜこうも隙が多い女なのか……。
そのラベルを剥がして見る。クッキーの原材料が書かれたラベルだった。小麦粉、バター、チョコレート、砂糖。製造元はシスター・マリー。彼女は菓子屋をやっていた。なぜこのラベルが?
「さっきゴミ箱の整理もしてたんです。そこでついたのかも?」
なぜかフィリスの能天気な顔をも見ていたら、このラベルが気になってしまう。ラベルは捨てずに保管しておくようにフィリスに命令した。
「えー、奥さん、なんでラベル?」
「いいから。あと、パティの様子は?」
「お客様がすごく多くて。パティの部屋にも出入りする人が多いです。公爵さまはバルコニーでタバコ吸いながら『パティはいい女……』とポエムしている所は見ましたけど」
「余計な情報もどうもありがとう」
嬉しく無い知らせの眉間に皺が寄りそうになるが、予想通りだ。やはり夫はパティに夢中で頭がおかしくなってしまったらしい。
「あ、もう仕事戻ります。何か気になる所があったら、後で報告しますから!」
「ありがとう、お願いよ」
こうしてフィリスと別れ、パーティー会場に戻った。
もう当主の自画自賛スピーチは終了した模様。客達は誰もいない前方のステージを見守っていたが、そこにパティと夫が腕を組みながら登場していた。
音楽や歓声と共に登場した二人が、どこからどう見てもカップルだった。パティは相変わらず下品なドレスやメイクだったが、隣にいる夫は一級品の薔薇だ。少なくとも薔薇公爵という二つ名に違和感ないほどもルックスだ。金色の毛もオールバックにし、今日は余計に青い目が目立っていた。礼服の正装も似合う。ただ、左手の薬指の指輪は消されていた。その代わりに造花のように下品なパティと腕を組んでいた。
ついに戦いが始まった模様。どこかから鐘の音も聞こえて来そう。
フローラがぐっと奥歯を噛み締め、ステージを見つめた。この戦いも負けるわけにはいかない。
客達を押し寄せ、ステージの一番前の列に出た。フローラの姿に気づいた夫は、全身が凍ったように動かなくなった。顔も真っ青だ。
一方、泥棒猫の方は挑発的な目を向けてきた。
「おいら、公爵さまと結婚するんです!」
その上略奪宣言もしている。フローラは一切、表情を変えず、ステージ上に登る。なぜか客達も押し黙り、しんと静か。フローラのヒールを鳴らす音が響いているだけだった。
「あら、泥棒猫ちゃん? 人のものをとった気分はどう?」
フローラはパティに前の立った。パティは背が低く、自ずとフローラが見下ろす形のなった。
この状況はまるで悪役女優だ。クララやケイシーと劇の稽古をした時を思い出す。あの感覚はすっとフローラの入ってきた。そう、今は悪役女優だ。こんな泥棒猫に言いたい事を表現するのは余裕のはず。
「この人は私の夫よね。え、離婚も成立していないのに、結婚ってどういう事かしら。ね、あなた?」
夫の目は泳ぎ、明らかにフローラを無視した。客達はどよめき、ブーイングを投げてくるものもいた。ゴシップ紙で夫の不貞を知っている者も多い事だろう。
「不倫してるとか最低」
「パティお嬢様って略奪?」
「奥さん、頑張って!」
ブーイングの中には自分へのエールもあり、フローラはさらにパティの前に近づき、圧をかけた。
「ねえ、泥棒猫ちゃん。略奪は成功すると思う? 世間の目は優しくは無いわ。こんなスキャンダルに塗れた男を支えられる? 病める時も一緒にいる覚悟はあるかしら?」
この場が劇の中だとしたら、完全にフローラは悪役女優だった。一方、パティはカタカタと小動物のように震え始め、汗も流していた。
「ちょっと、あなた。大丈夫?」
てっきり泥棒猫らしく反論でもしてくるものだと思ったが、パティの腕は赤くなり、ぶつぶつのようなものが発生していた。
腕だけでなく、顔や首も赤く変化し、ぜいぜいと息も荒くなってきた。
「ちょ、パティ。どうした?」
夫が異変に気づいたが、後の祭りだった。
「苦しい! おいらを助けて!」
胸を掻きむしりながら、パティは倒れてしまった。ドスンという嫌な音が目の前に響く。
「ああああ、助けて!」
夫はすぐにこの家にいる主治医を呼びに行ったが、パティはもがき苦しんでいる。
「あなた、どうしたの?」
さすがにフローラも動揺し始めた時、パティの表情がぴたりと固まった。
「え?」
表情だけでなく身体も動かない。声もしない。目も見開いたままだった。つまり、目の前にいるパティは死体?
「呪いだ! 呪詛だ! 奥さんが不倫女を呪い殺した!」
客席からそんな声が響いていた。




