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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第1部・サレ公爵夫人、探偵になる!〜悪魔な恋愛カウンセラー殺人事件〜
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悪魔な恋愛カウンセラー編-1

 探偵の主な仕事は尾行や聞き込みらしい。


「奥さん、見てください。父から尾行や聞き込みのマニュアル本も作って貰いました」


 フィリスはウキウキしながら書斎へやってきた。その腕には分厚い紙束があった。どうやらこれが探偵のマニュアルらしく、少し読んでみる。


 あれ以来、なぜかフィリスは辞めない。普通はブラック公爵家だと嫌気がさし、二週間で辞めていくものだが、全くそんな素振りはなかった。フローラは、こんなフィリスには不思議に思うが、今は彼女は敵じゃない。味方かどうかはまだ分からないが、このまま辞めてしまうのは惜しい気もしていた。


「何これ、尾行や聞き込みの仕方も詳しく書いてるじゃない」

「そうですよ。父が作ったものだからガチです!」


 つまりこのマニュアルを使って愛人調査をしろという事だろうか。あの日以来、妙にフィリスはやる気だった。


 とはいえ、極悪愛人のローズが報いを受けているのは、朗報だ。やはり不倫なんてしている女は、幸せになれなのかも。そう思うと希望が出てきた。ペーパーナイフを首へ突き立てるのは、まだ早いだろう。


「でもね、夫の今までの愛人については、だいたい調べているのよ? わざわざ調べる事なんてないわ。このマニュアルはありがたいけど」


 マニュアルは変装や調査中のキャラ作りまで細かく書いてあった。正直この辺りはスパイ小説のようで、ちょっと面白いが。


「新しい愛人もいないし、調査しても新事実なんて出てこないでしょ」


 フローラはマニュアルを書斎の机の上に置く。このマニュアルの出番はくる気がしない。


「そんなー。せっかくマニュアルを父が作ったのに。愛人調査しましょ、ね?」

「あなたは何でそんなに愛人調査したいのよ……」


 フローラは無邪気なフィリスに頭を抱えてしまう。とはいえ、いつもは一人で愛人ノートを読み、メンタルを悪化させているフローラにとっては、フィリスとの会話は案外嫌ではなかった。


 アンジェラは仕事で忙しい。それに歳もずっと上だ。不倫されているフローラをうっすら馬鹿にしている様子もある。


 一方、フィリスはそんな事はない。話し相手としては、悪くはない。確かに田舎娘で、所作も声も大きいが。


「いいじゃないですか。極悪愛人を調べてギャフンと言わせよう?」

「この国でギャフンなんていう愚か者はいませんよ」

「いますよー。ギャフン!」


 こんなフィリスを見ていたら、思わず笑ってしまった。もちろん、公爵夫人たるもの歯を剥き出しにした下品な笑いもできない。薄らと微笑むだけだ。


「あれ、奥さん、今笑いました?」

「いいえ、笑っていませんよ」


 とはいえ、フィリスが来る前のフローラよりもだいぶ表情が柔らかくはなっていた。おそるべし、田舎娘。


 フィリスと会話しながら、チラリと夫の本を見る。この書斎の本棚は夫が書いた本が多くあり、これもフローラが病む原因になっていたが、今はさほど気にならない。むしろ、心の余裕すら生まれていた。


「ところで公爵さまって一体どういう人なんですか?」


 この質問は、さすがに空気は読めないと思ったが。


「悪い人ではないわ。むしろ、表面的には優しい人かもね? 虫も殺せない人なのよ」

「え、優しい?」

「ええ。あんな不貞行為はしているけど、夫自体はあんまり悪く言いたくはないのよね……」


 本当は悔しい。夫も愛人も許せないと思っていたが、それを言葉にするのは違う気がした。フローラは腐っても公爵夫人だった。


「えー、意外。そんなに言うなら会ってみたい」

「まさかあなた、夫と不倫するわけじゃないでしょうね?」

「しませんって!」


 ちょうどそこのアンジェラが書斎に入って来た。意外と仲良く談笑している二人に驚いてはいたが。


 気づくと窓の外はオレンジ色の雲に染まっていた。もう夕暮れだったらしい。


「奥さん、大変ですよ。公爵さま今お帰りになりました」

「え?」


 そんな話は聞いていない。フィリスと夫のことを話している時、ちょうど帰ってくるとは、何というタイミングだろう。


「さあ、フィリスは私と一緒に厨房で仕事。奥様は公爵さまがいる居間へ」


 アンジェラとフィリスは慌ただしく、仕事へ戻って行ってしまった。


 夫が帰ってきた。ずっと夫は仕事と愛人で忙しかったので、二ヶ月ぶりぐらいだろうか。何の連絡もなく、突然帰ってくるなんてほぼ初めてではないか。


「まさか、全部もう不倫をやめて帰ってきたか……?」


 淡い期待に胸が弾むが、違うだろう。勝手に期待して裏切られるのは、こりごりだ。


「まあ、これは一応隠しておきましょう」


 フローラはマニュアルを机の引き出しにしまうと、すぐに居間へ向かっていた。

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