極悪成金お嬢さま編-5
あろう事か夫とパティは、不倫にどっぷり浸かっている為、仕事も休んでいるという。アンジェラからその知らせを受け取った時は、怒りで胃痛が酷くなったものだが、ここで負けてはいられない。
今日はフィリスと一緒に夫の出版社へ聞き込みに行く事になった。半分はネイト達編集者にクレームを入れるようなものだが、フィリスの目はやる気に満ちていた。
公爵家から出版社までの道すがら、フィリスはこの計画を楽しそうに話してる。
「今日は二手に別れましょう。奥さんは編集部から話を聞き、私は掃除のおばちゃんとかから噂を聞き出します!」
片手にメモ帳と鉛筆も持ち、フィリスは鼻の穴を膨らませていた。フローラよりもやる気がある態度だった。
出版社も都にあり、後者家から近い。徒歩で行けるぐらいだが、今日は日差しが強く、街路樹も陽に照らされ、葉っぱも透明に見えるぐらいだった。路上販売ではレモネードやアイスクリームが飛ぶように売れていた。
フローラもフリルがついた日傘をさしていた。黒い手袋もし、日差し対策はバッチリだが、田舎者のフィリスは陽に焼けていた。元々あさ黒く、そばかすも多いので、今更日焼け対策をしても無意味かもしれないが。
出版社の聞き込みだが、マムの事件の時のように庶民の格好に変装はしなかった。今日はネイト達に牽制する目的もあるので、いつものように公爵夫人らしいドレスを着ていた。
「しかし、フィリス? 何であなたの方がやる気になってるの?」
「いや、だってあのパティもクロエもエリュシュカも極悪女ですし。ここはギャフンと言わせたくなったというか!」
「今時ギャフンなんて言わないわよ」
「言いますよー!」
フローラはつい笑らっていた。確かにまた夫の不倫され、不倫女達が次々と来襲してくる今は楽しいとは言えないが、こうしてフィリスと一緒にいると気が抜けていた。日傘を持つ手もゆるくなりそう。
「あれ、奥さん、笑いました?」
「笑ってないわ」
「残念ー。奥さんは面白い女だし、笑った方がいいと思いますよ」
「誰が面白い女ですか」
「いや、公爵さまの女の趣味は色々とアレですし」
「何か言った?」
フィリスと軽口を叩いているうちに出版社の前までついた。三階建ての質素な建物だったが、今は若手作家のヒットを祈願した垂れ幕がかかっていた。夫の作品もヒットが出そうになると、こうした垂れ幕が出たものだが今はない。少なくとも「愛人探偵」ではなさそうで、フローラの表情は複雑だった。
「まあ、奥さん。今は調査です! 私は計画通り、トイレで掃除のおばちゃんに聞き込んできます!」
「ええ、よろしくね」
当初の計画通り、フィリスはとトイレの方へ行ってしまった。相変わらずドタドタ足音をたてて落ち着きのない娘だったが、あの様子だったら、聞き込みも楽勝だろう。
一方一人残されたフローラは日傘をたたみ、ネイト達がいる第一文芸局の編集部に向かった。確か二階にあり、フローラはドレスの裾をつまみながら、そこへ向かった。
二階の廊下には出版物の宣伝ポスターがたくさん貼ってあり、賑やか。「愛人探偵」のポスターは一枚もなかったが、若手作家のポスターや、魔術師の占い本のポスターも目立つ。特に元王宮魔術師だったルーナのポスターも多い。
「へえ、『何でも願いが叶うルーナの奇跡ノート』ね」
ルーナの本は若い女性に人気があるようで、ポスターに推薦コメントも載っていた。
「うん? ペティも推薦コメントを寄せてる?」
ポスターをよく見ると、あの不倫女のペティのコメントもあった。
「ルーナのおまじないを実践して、新しい彼氏も出来て臨時収入がありました。byペティ。って何これ?」
まさかこんな所でペティの名前を見るとは思わなかったが、彼女もここのタイピストだ。自社の本について推薦コメントを書いていても不自然ではない。新しい彼氏というのは夫の事だろうか。だとしたら、このルーナも嫌悪感を持ちそう。
ポスターには、ルーナの似顔絵もあったが、年齢は五十歳ぐらい。三角帽子をかぶっている姿は、どう見ても魔女だ。フローラは顔を顰めながらポスターを凝視していた。
マムの一件で魔術師連中については、悪い印象しかない。しかもペティと関連があるとか、余計に悪い。魔術で願いが叶うのなら、夫の不倫も止めて欲しいものだが。
「お、奥さん。いや、何の用ですか?」
背後から声がすると思ったら、編集者のネイトが立っていた。その顔は真っ青だった。フローラがここの来る理由を察して怖がっているのぁもしれない。
「ええ、少し話があるの。夫の事で。お時間あるかしら?」
フローラは無表情に言い放つと、ネイトは「ひっ!」と小さな悲鳴をあげ、後ずさっていた。
「時間あるわよね?」
一方、フローラはネイトに近づき、圧をかけていた。もうネイトは袋のネズミだろう。このフローラからは逃げられそうにないだろう。
「わかりましたよ! 先生とパティ状況について話せばいいんでしょ!」
ヤケクソなネイトの声が廊下に響いていた。




