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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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極悪成金お嬢さま編-4

 パティが家に襲来してから、フローラは慢性的な胃痛と頭痛に悩まされていた。


 夫がパティと不倫中で家に帰って来ない事もストレスだったが、「愛人探偵」の件で貴族社会の噂が酷くなっているのも、辛い。


 今日ははアンジェラが書店でゴシップ誌を買ってきてくれたが、案の定、夫の事もネタにされていた。妻のフローラは笑い者のように「さげまん妻」と書かれ、マムの事件の功績など無かった事にされていた。


「はあ、頭痛いわ……」


 フローラは一人、書斎でゴシップ誌を読み漁るが、夫がパティとのデート中のスクープ記事もあり、さらに胃が痛い。


 記事によると、夫とパティは庶民向けカフェで創作論や文壇について熱く語っていたらしい。パティは意外な事に文学の知識もあるらしく、そんな話題で盛り上がっていたとか。スクープ記事は、妻のフローラは「つまんねー女」と下げられていて、さらに胃が痛い。胃が捩れそう。


 一応ゴシップ誌の内容も愛人ノートに書き込んでいくが、涙が出そう。パティに項目も数ページに及び、涙が落ちた。「パティはピーナッツアレルギー」と書いた文字が涙で滲み、紙もふやけていたが、今は疲れていた。過去のようにメンヘラする気力も削がれる。こんなゴシップ記事は初めて出るものだった。


「奥さん、またお客様です!」

「誰?」

「画家のクロエっていう女の人です。貴族の知り合いですか?」


 フィリスが書斎のドタバタと駆け込んで来たが、また胃が痛い。この画家のクロエは、夫の元愛人で、アトリエで何度も逢瀬を重ねていた。


「わかったわ。行きましょう」


 胃は相変わらず痛かったが、逃げるわけにはいかない。フローラは、背筋を伸ばして客間に向かった。


「こんにちは、泥棒猫ちゃん? 何の用?」


 目の前にいる女は、黒髪で背の高いエキゾチック美女だった。パティと比べれば容姿はマシだが、中身はどっこいどっこい。


「奥様、あなた、さげまんなんですってね?」

「はい?」

「記事で読んだわ。やっぱり公爵のようなクリエイターは、私のような画家と気が合うはずよ。実際、私と付き合っている時は、公爵は傑作を何度も出していたわ」


 クロエが猫のようにツンと顎をあげていた。確かに細い目はセクシーでもあり、底知れない色気もある。黒いドレスも気味が悪いほど似合っていたが、こうしてマウントをとっているのは、どういうつもり?


 それにクロエは香水もきつく、鼻をつまんだ。むわっとした花の匂いでさらにフローラの胃も痛む。


「でも奥さん、私と付き合っていた事がさらに世間にばれたら大変でしょう。これぐらいの金額で手を打たない?」


 予想通り、お金を要求してきた。鼻をつまみながら黙って聞いていたフローラだったが、堪忍袋の尾が切れそう。


 クロエは夫だけでなく、おじさんの画家や脚本家のパトロンが何人もいた。仕事は画家というより、おじさん転がしが本業のようなものだった。


「うるさーい! この泥棒猫!」


 さすがのフローラもクロエのがめつさにキレた。ぬるくなった紅茶をぶっかけて追い返した。


「何のよ、もう」


 クロエがいなくなって一息ついていたところ、また来客があった。しかもまた夫の元愛人だった。エリュシュカという妖精のように美しい令嬢だ。隣国出身のお嬢様で、容姿だけなら歴代愛人の中でトップレベルだ。


 肌は白く、目は美しい湖のようなブルー。金色に巻かれた髪は、フワリと揺れ、砂糖菓子のようなルックスだったが、中見は腐りかけた牛乳のような女だ。


「わたし、まだ公爵さまの事が忘れられないんですぅー」


 メソメソと泣き始め、いかに未練があるか、いかに尽くしてきたか、いかに無償の愛を注いでいたか語った。


「わたしのこの想いは、籠の中の鳥のよう。ああ、囚われてしまって逃げられないわ。公爵さまって罪なお方」


 ポエム調で酔った事も言われ、フローラは呆れてため息しか出ない。しかしこの儚げなルックスのおかげで、何もしていないのに、罪悪感も刺激され、フローラの胃はさらにキリキリ捩れていく。


「で、エリュシュカ。あなた、私にどうして欲しいの? ポエムを書きたかったら、出版社のネイトの所へ行ったらいいんじゃないかしら」

「ポエムじゃないからぁ。奥さん、酷いぃ!」


 エリュシュカはずっと被害者ポジションにいたいのか、涙をゴシゴシとふくと、単刀直入に言ってきた。


「奥さん、公爵さまと別れてください。そして私とよりを戻すんです」

「あの夫は今、パティ という女と不倫中よ。そっちはどうするのよ」

「わああああん!」


 エリュシュカは子供のように泣いた。手に入らないオモチャの前でジタバタする子供みたいだが、こんな儚げなルックスのエリュシュカに何か言うたびに罪悪感が刺激され、とても居心地が悪い。


「うわああああん!」

「うるさいわね! もう帰れー!」


 エリュシュカに紅茶をぶちまけ、追い払った。我ながら酷い行動とも思うが、勝手に押しかけたのは、愛人達だ。


「どうして夫はこんな悪趣味なのよ……」

「奥さん、それ特大ブーメランですよ」


 客間に紅茶を片付けに来たフィリスに愚痴ってしまう。


「他にもブリジットっていう悪党みたいな女が愛人だったのよね……」

「ブリジット? え、あの舞台女優の?」


 フィリスは紅茶を片付ける手を止め、食い気味に聞いて来た。


「ええ、その舞台女優のブリジットよ」

「元清純派舞台女優ですよね? 何でまた?」


 夫の愛人だったブリジットは、確かに元清純派だった。一時期はかなり人気もあり、世の男性陣はメロメロになっていたが、結婚出産を機に引退。夫が病死した後に女優復帰し、今も舞台で活躍していたが、夫と不倫中は何度も嫌がらせの手紙を送り、離婚するように迫ってきた。まるで裏社会の女のように執念深かった事を思い出す。


「う、奥さん、大変だったんですね。だったらメンヘラ地雷女になりますって」

「ありがとう。同情してくれるのは、フィリスだけね」

「ちょ、奥さん。へこたれちゃダメですよ!」


 なぜかフィリスの目はキラキラと生命力がみなぎっていた。


 その上、フィリスはフローラの手を掴み、こんな事まで言う。


「奥さん、パティ達なんかに負けたらダメですよ!」

「そうかしら……」

「また愛人調査しましょう! 離婚に有利な証拠を掴んでギャフンって言わせよう」

「今時ギャフンなんて言う人いないわよ」

「いますよ! それにこんな極悪女です。マムの時みたいに犯罪の一つや二つやっているんじゃないですか?」


 その発想はなかった。もしパティの犯罪を洗い出したら? 事件を未然に防ぐ事もできるかもしれない。


「頑張りましょう! パティの弱みを探すよ!」


 フィリスはフローラの手を持ち上げ、「えいえいおー!」と掛け声をあげた。


「そうね……」


 呆れて苦笑してしまうが、いつまでも公爵家に引きこもって胃痛に苦しんでいる場合ではない。


「そうね、パティもギャフンと言わせましょう!」

「そのいきです、奥さん!」


 客間に二人の明るい声が響いていた。

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