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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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サレ公爵夫人編-2

 フローラの夫は人気恋愛小説家だった。特に身分差の恋愛ものに定評があり、メイドと伯爵の禁断の愛を描いた作品が代表作だった。


 これも不倫の結果で生まれた作品だ。夫は昔、屋敷で働いているメイドに手を出し、あっという間に深い関係になった。


 不倫中は夫の筆もノリに乗るらしく、例の代表作は一週間で書き上げたという。


 読者からの評判も良く、王都の書店では夫の本が山積みだったりするが、フローラの涙の犠牲の上で作成されたものとは、多くの読者は知らない。


 夫の作品には悪役としてメンヘラの公爵夫人も登場していた。悪役顔の公爵夫人で、健気なヒロインを虐げたりしている。


 身分や容姿の描写からフローラをモデルにして作られたと想像がつき、それを見るたびにフローラはメンヘラしていた。皿を投げたり、泣き叫んだり、酷い状況だったが、今、そんな事を思い出していた。


「ジャジャーン。これが先生の新作の見本誌です。タイトルは『愛人探偵』です。すごいでしょ?」


 急に公爵家に現れた編集者・ネイトは見本誌を見せてきた。


 夫の新作だというが、これは何だ?


 フローラはネイトが見せつけた見本誌を凝視しながら、さらに頬が引き攣っていた。あの騒がしいフィリスも無言だった。


 本のタイトルは『愛人探偵』。このタイトルは分かる。確か夫はフローラとマムの事件をネタにミステリ作品を書くと言っていた。


 夫の愛人をしつこく調べる女。身分は伯爵夫人だが、メンヘラ地雷女で、痛いと有名で周囲からヒソヒソされていた。そんな折、愛人の結婚相談所所長の女が殺され、伯爵夫人が愛人調査能力で謎を解く物語。スキャンダル系オカルトミステリーという煽り文句もあらすじにあったが。


 表紙のデザインが酷い。鬼の形相の中年女性が、こっちを見ているイラストだった。全体的にホラー風味にデザインされ、一目でオカルト風ミステリーだと分かる。帯には「こんな鬼嫁見た事ない! スキャンダル度No.1」と大きく書かれていたが、誰がモデルかは一目瞭然だった。


「これは酷い。下品すぎます」


 あの田舎者のフィリスもドン引きし、口を尖らせていた。


「奥さんとマムの事件がモデルじゃないですか。鬼嫁というのは、誇張しすぎじゃないですか? なんか悪意がある気がする」


 フィリスは、フローラが言いたい事を全部言ってくれた。


 お陰でフローラはクッキーを齧りつつ、ネイトを静かに観察していたが、彼は少しも悪びれていない。


「何もこんなホラーティストな本のデザインにします? 話題性だけ狙っていると言うか、売れます? こんなの?」


 フィリスは夫の恋愛小説に好意的で、よく仕事の合間に読んでいた。そんなフィリスからしたら、この方向転換は戸惑いを隠せないよう。


 一方、フローラは冷静だった。夫の数々の不貞に比べたらマシだが、これは陰で夫やネイトが自分を馬鹿にしていた事が想像つく。


 マムの事件を解決したフローラだったが、所詮この国は男尊女卑だ。出版社の男どもがフローラをバカにしている事が目に浮かび、ため息しか出ない。


「ねえ、こんな本は売れないわよ」


 せめてもの抵抗としてフローラは冷たく言う。そうは言っても本が売れず、また夫が恋愛小説家に戻ったら困るのはフローラ自身なわけだが。


「奥さん、そんな事言っていいんですか? 新作が売れなくてまた先生が不倫したら、どうするんです?」


 ネイトはフローラの心を完全に読んでいる模様。悔しい。ハンカチを噛みたくなる。


「営業部と連帯してしっかりとプロモーションもしますからね。サイン会やノベルティもあるんですから!」


 ネイトはカバンからサイン会のチラシやノベルティまで見せてきた。


 ノベルティはノートだった。表紙は安っぽい印刷だったが「愛人ノート」とデザインされてある。


「愛人ノートって? え? これって作中にも出てくる?」


 フィリスは驚いていた。愛人ノートは、リアルをモデルにしている事は明白だ。


 フローラは愛人の調査記録をノートに記録していた。これが愛人ノートで、今は出番もなく、書斎の本棚で眠っていたが。


「そうですよ。この細部も奥さんをモデルにしてるので、かなりリアリティがありますから!」


 ネイトは鼻の穴をふきらませてドヤ顔。これが良い物なのか。フローラはウンザリした様子で目を伏せていた。


「でも、そんなの売れますかね。昔の公爵さまの今までの作品と違い過ぎますよ」

「フィリス、この男は売れれば何でもいいのよ。まだマムの事件が騒がれている内に何でもいいから本を出したいんでしょ。スキャンダル戦略ね」

「奥さんは可愛げないですねー」


 ネイトに面と向かって悪く言われ、フローラは彼を睨みつけた。せっかくの優雅なお茶の時間もこの男のせいで台無しだ。


「こんな事してる出版社は消えればいいわ」

「おお、奥さん怖!」

「ネイト、何か言った? もう用が済んだら帰ってくれない? 目障りで仕方ないわ」

「奥さんは顔と同じで性格もキツいですねー」


 ネイトにのらりくらりとかわされ、フローラはさらに彼を睨むが、相手は何も響いていないようだ。


 ネイトは最後までニヤニヤとした表情を崩さず、「愛人探偵」とノベルティのノートを置いて帰って行った。


「奥さん、嵐の予感がしますよ」

「そう?」


 残された二人は、これらをまじまじと見つめていた。


「また事件が起きちゃったりして?」

「縁起でもない事言わないでよ」


 フローラが深くため息をつき、「愛人探偵」もノートも片付けた。


 空は相変わらず済んでいた。夫の目の色と同じような色で美しくも見えるが。


「でも今って嵐の前の静けさ?」


 そんな悪寒もしていた。


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