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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第1部・サレ公爵夫人、探偵になる!〜悪魔な恋愛カウンセラー殺人事件〜
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サレ公爵夫人編-4

 夕方になった。


 あの後、フローラはずっと書斎に引きこもっていた。夕食もいいというので、結果、フィリスとアンジェラの仕事もすぐに終わり、使用人の館に戻ってきた。


 そしてフィリス達は夕食を作り、食べていた。窓の外はもうほとんど夜だった。遠くの方で鳥の鳴き声もするが、静か。


 フィリスはこの静かな時間に一人でいるフローラを想像する。相変わらず本来の主人である公爵は見た事がない。アンジェラによると、別邸で仕事をしているらしいが、愛人と共にいる可能性が高い。それを想像すると、フィリスは微妙な表情だ。


 とはいえ、夕食は美味しい。今日はパンとチーズ、サラダというシンプルな食卓。この国の日常の夕食は基本的に質素で、温かいものは避けられる傾向にあるが、硬めのパンはチーズとの相性も最高で食が進む。


「フィリス、いい食べっぷりだよ」

「アンジェラだってそうじゃないですか」


 フィリスもアンジェラもどちらかと言えばぽっちゃり体型だった。二人とも食べるのが好きで、食卓の皿はあっという間に空になっていく。


「でもアンジェラ。ちょっとお腹減ったかも」

「まだ食べるんかい。あ、そうだ。奥さんが焼いたクッキーがあるから、食べるかい?」

「え?」


 あのフローラが焼いたクッキー?


 違和感はあったが、フローラはこの家の雑用もよくやっていた。公爵夫人としてはあり得ない事だが、クッキーを焼いていたとしても不自然ではないか。


 食後は、このクッキーを食べた。丸くて大きい。素朴なクッキーだった。


「お、美味しいです」


 フィリスは素直に思った。あのメンヘラ地雷女のクッキーなんて怪しくもあったが、味は全く問題ない。むしろ美味しい。サクサクと甘く、口溶けも優しいぐらい。


「だろう? 奥さんは修道院にいた時もあるから、料理も一通り何でもできる。むしろ私達がやらなくてもいいんじゃないっていう。意外と真面目で有能なんだよ」


 アンジェラはクシャリと笑いながら、クッキーを齧っていた。そんなアンジェラの笑顔を見ながら、フローラの無邪気な笑顔は見たことないと気づく。無表情か仮面のような笑顔。フローラの闇は深そう。甘いクッキーを食べているのに、フィリスの心には苦い何かが溜まっていた。


「ねえ、アンジェラ。フローラ奥さまってどんな人?」

「見ての通り、メンヘラ地雷女だよ。見た目もキツいので、毒妻とか悪女とも呼ばれている」

「そういう表面的な事じゃなくて」

「私が奥さんの事を伝えるのはできないよ。自分の目で見て判断しな」


 アンジェラの言う事はもっともだった。そう言えばアンジェラは仕事のすすめ方もフィリスに自主性を求める時が多い。この家で長年メイド頭をやっているという事は、頭は悪くない。むしろ賢いのかも知れない。


「今日、実は書斎で、愛人ノートっていうのを見たんです」

「そうかい」

「あれを見ちゃうと、奥さんの事は悪人だと思えない。むしろ寂しい人。心が壊されてしまった人。私はそう思ってしまう」


 再びクッキーを齧る。このクッキーはこんなに美味しいのに、作っている本人が不幸そうというのは、やるせない。


「ローズの事も書いてありました。何があったんです?」

「聞きたいか? 実はな」


 賢そうなアンジェラだが、この話題には饒舌だった。確かに噂話は好きそうなタイプだ。


 アンジェラによると、意外な事にフローラと公爵の仲はよかったらしい。新婚当初は幸せすぎるぐらいの二人だったが、ローズが新米メイドとして登場。


 当時、作品につまりスランプ状態だった公爵は、ローズの色仕掛けにあっさりと負け、この屋敷でも何度も不貞を働いていたらしい。同時に公爵は寝ずに作品を書き上げ、後にその作品は読者の好評を受け、大ヒット作にもなった。リアリティがある恋愛小説で、多くの女性の心を掴んだという。


「ローズはなぜ色仕掛けを?」

「実はうちの金を横領していたんだ。バレるのを恐れていたんだろう」


 次々とローズの悪評を耳にし、フェリスはげんなり。ますますフローラに同情したくなるから困る。


「酷い女」

「でもフィリス。公爵さまが書く作品は、不倫してる時のが面白いからな。不倫がバレても、貴族社会では公然の秘密。むしろ、英雄扱いする貴族も多く、スキャンダルにはならないんだ」

「何それ、ひどーい!」


 思わず叫んでしまうぐらい。この国では女の不貞は即座に逮捕され牢屋に行く。それを思うと、あまりにも理不尽ではないか。


「まあまあ、怒るな。世も中、こんなもんだよ。まして貴族社会は一枚岩じゃない。公爵さまのスキャンダルを狙っている家も無いとは言えないから、いつかは公になるさ」

「そうですけどー」


 フィリスは口を尖らせてしまう。ローズも悪女だった事を考えると、余計にフローラには同情してしまう。


 確かにメンヘラするのはどうかと思うが、広い屋敷に一人でいるフローラは、籠の鳥のようだ。せめて誰か味方がいればいいのに。あの愛人調査も何か公にしたり、役に立てないだろうか。


「この国の女は男で一生が決まってしまう。いいかい、フィリス。旦那選びは慎重にな。フローラ奥さんのようになるぞ」

「そ、そうですね……。でも奥さんは、自分で選べる立場でも無かったと思うけど……」


 まだ若く、男性と付き合った事がないフィリスでも、アンジェラが言いたい事はわかる。


 ただ、フローラは公爵家の人間だ。結婚も本人の意思は反映されなかっただろう。庶民は自由に恋愛できるが、貴族はそうではない。公爵の不倫が黙認されているのも、そんなしきたりに不満を持っている者が多いからかも知れない。そもそも公爵自身、結婚に向いて無さそうなのに、立場上、そうしなければならなかったのも居た堪れない。裕福で地位も名誉もある貴族だが、フィリスは全く羨ましくない。貧乏な田舎娘でも自由という幸せがある事に気づいてしまった。


 その夜、フィリスは使用人の部屋で手紙を書いていた。今日、両親へ書いた手紙は没にし、ゴミ箱に投げた後に。


 田舎のパパ、ママへ。


 フィリスです。奥様はだいぶ変な人でしたが、労働環境も良く、何とか働けそうです。奥様が作ったクッキーが美味しかったです。


 ところで、パパ。探偵の方の仕事は順調ですか?


 ローズという女性について調べて欲しい事があるんです。別紙にローズの詳細を書いて送ります。


 公爵家にまつわる事なので、慎重に調査してくれると嬉しいです。


 では、夏やクリスマスには田舎に帰るつもりです。パパもママも風邪には気をつけて。弟達にもよろしく。新米メイドのフィリスより。


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