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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第1部・サレ公爵夫人、探偵になる!〜悪魔な恋愛カウンセラー殺人事件〜
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サレ公爵夫人編-3

 田舎のパパとママへ


 フィリスです。大変な事になりました。パパとママに応援されて公爵家のメイドになったのに……。


 公爵夫人、フローラさんがメンヘラでした。地雷女でした。


 なんでも公爵様に長年浮気されているらしく、ちょっとでも愛人の事を話題に出すと、ヒステリックになって暴れるんです。私も現場にいましたが、怖かった……。


 公爵様の最初の不倫相手はメイドだったようです。使用人達はブスやおじさんで固めていたそうですが、フローラさんのメンヘラ地雷女っぷりに手が負えなくなり、残っているのはメイド頭のアンジェラだけです。


 都の使用人界隈では、ブラック公爵家と有名で、慢性的に人手不足とか。メイドや執事が来てもすぐやめるんだって。


 それで田舎にまで求人広告が出ていたのか。給料もすごく良いのに、違和感があったけど、今は納得です。


 でも田舎は飢饉もあったし、長女の私が働かないとどうしようもないですよね。パパは牧師しながら探偵の副業をやってるけど、田舎にそう依頼もないし、献金額だってギリギリだし、弟達もいるし……。


 仕事量は意外とまともです。というのもフローラさんは割と何でもできるので、どうにかなっていたみたいです。家事雑用を普通にやっている公爵夫人って何ですかね。色んな意味でカルチャーショックですが、この先どうすればいいんでしょうか。


 本当に給料はいいんです。残業もないし、いい職場かもしれません。メイド頭のアンジェラはここで働くのは天職と言っているぐらいなのですが、私は?


 あのメンヘラ地雷女のフローラさんと上手くやれるか不安です。もしかしたら田舎に帰るかも。フィリスより。


 フィリスは使用人の部屋で手紙を書くと、万年筆を置いた。便箋を封筒に入れ、あとは出すだけだ。こんな弱音の手紙を書いて良いか悩んだが、そうするしかできない。


 今は午後三時。お茶の時間としてフィリスも休憩をとっていいと言う。だからこうして手紙を書けるわけだが、その表情は暗い。


「ああ、どうしよう。どうしてこんなブラック公爵家に来ちゃったんだろう」


 労働の待遇自体はホワイトだ。特に休憩時間や給料面も良い。


 それでもフローラにはついていけない。昼食の時も給仕し、仕事していたが、フィリスがうっかり「貧困地区に美味しい食堂があるんですよね」なんて言ったら、メンヘラされた。


 何でもフローラの夫である公爵は、貧困街にいるストリッパーに夢中になり、家まで借りて一緒に住んでいた事もあるという。「貧困街」というたった一つのワードから、過去のトラウマを刺激されて大暴れ。


 割れた皿や花瓶を片付けるだけでも大変だ。メンヘラの後始末にも忙しく、アンジェラと共にフローラを宥めるだけで、すっかり骨が折れてしまった。


 今はフローラは屋敷のニ階にある書斎に引きこもり何かしていた。少し何をしているか気になるが、アンジェラは苦い顔をして首を振る。「そっとしておいた方がいい」と察したが。


 そうこうしているうちに、お茶の時間も終了。仕事に戻る事になったが、予定表を見たら、書斎の掃除となっていた。


 よりによって……。


 アンジェラは庭仕事がある。この状況では、一人で仕事をしなければならないようだった。


「まあ、私は田舎娘。田舎娘なめんなよ。これでも何度も飢饉を乗り越えてきたんだから」


 フィリスは腕まくりをし、掃除道具を抱え、書斎へ向かった。こうなったら仕方ない。田舎娘らしいタフさで乗り越えるしかないようだ。


 まずはドアをノックし、フローラがいるか確認。重厚な木製のドアからは、何の音も聞こえない。


 フローラはいないようだ。ホッとしながら書斎へ入り、窓を開けると、本棚の埃を落とす事から始めた。


 本棚は公爵が書いた本がいっぱいあった。そういえば公爵は恋愛小説家だった事を思い出す。表紙だけはピンク色で、何ともフワフワしていた。


 机の上にも出しっぱなしの本があり、それを本棚にしまう。これも公爵の書いた本だった。メイドと伯爵の許せない恋模様を書いているそう。ヒロインの名前は、ローズ。フィリスはその名前を見て顔が真っ青。ローズは新人メイドのフィリスでもすっかり地雷ワードになっていた。


 他にも貧民のダンサーと医者のラブストーリーもあるのに気づく。


「もしかして、公爵様。不倫をネタに小説書いてる?」


 本棚の掃除をしながら、その可能性に気づく。要するに芸の肥やし不倫をしているのか。確かにその方が作品にリアリティが出て良いのかもしれないが。


 公爵の本の冒頭だけパラパラと読むと、確かに面白い。身分違いの恋が多く、田舎娘のフィリスには刺激が強い文章もあったが。


「うん? だとしたら、フローラ奥さんをネタにした作品があっても良くない?」


 仕事中だが、それは気になってきた。あのメンヘラ地雷女をプロ作家がどう描写するのか、好奇心がわいた。


 フィリスは仕事をしつつも本棚をチェック。単純に公爵の本が面白かったのもある。今は新聞、ゴシップ誌、家事指南書などの出版物が花盛りだ。都にも公爵が持っている大きな出版社はある事も知っている。フィリスも本が好きで、単純に好奇心が刺激されていた。この書斎のたくさんの本を見るだけでもワクワクする。


「あれ? フローラ奥さんをモデルにしたような作品は無いっぽいな」


 予測外だった。何か公爵夫人がヒロインの物語があると思ったが、別にそんな事はない。


「ま、まさか」


 そしてメイドと伯爵のラブロマンス「新米メイドは花の彼と永遠に」をざっと見てみたが、公爵夫人が悪役として登場。その描写を見る限り、どう見てもフローラをモデルにしていた。


「あは、これはキツいよ」


 ちょっとフローラに同情してしまうぐらい公爵夫人が悪く書かれていた。これを読んだ時のフローラの心情を想像すると、可哀想にもなってきた。確かにフローラはメンヘラで、相入れない女性だが。


 居た堪れない。フィリスは「新米メイドは花の彼と永遠に」を本棚に戻すと、違和感に気づいた。


 本棚には家庭用聖書も置いてあったが、その隣に分厚いノートがある。ちょうど家庭用聖書の三分のニぐらいの厚みだ。聖書は分厚く鈍器本なので、その三分のニでもかなり厚い。


「は? 愛人ノート? 一体何なの?」


 それを引き抜くと、表紙に「愛人ノート」とあった。


 嫌な予感しかしないが、中を捲ると、公爵の愛人の調査記録があるではないか。


 名前、年齢、住所などに基本的な情報のみならず、公爵との関係と付き合った期間、逢瀬の時間なども事細かに記録されていた。記載内容はともかく、その細かさはフィリスの父が探偵の仕事で作っていた報告書と大差ない。


 フローラの個人的な感想と思われる記載もあった。このノートの作者はフローラだ。特にローズへの激しい憎しみが綴られている箇所は、冷や汗しか出てこない。公爵がこの家に帰って来ない理由を察してしまった。


 現在、ローズは田舎に帰ったそうだが、行方不明らしい。「田舎に帰ってせいせいしたわ」というフローラのコメントもあったが、フィリスは頷く。フローラは相入れないが、不倫されている夫人の気持ちだけはちょっと分かってしまう。可哀想だと同情心すら芽生えていた時。


「あら、フィリス」


 そこにフローラが入ってきた。フィリスは慌てて愛人ノートを本棚にしまった。


「もしかして、あのノート見た?」


 フィリスの目が泳ぐ。一方、フローラは無表情だった。


「見た?」


 フローラは背が高く、どちらかといえば派手な美人だ。フィリスは小柄でぽっちゃり。顔も田舎娘らしい素朴なタイプで、体格差と顔面格差がえぐい。


 フローラだって質素なドレスだ。色もくすんだ紺色でレースやフリルは最低限だが、フィリスは自分が着ているメイド服が惨めになってくる。


 身のこなしも上品。指先まで神経が行き届いているような所作。故にフローラの顔が無表情で恐ろしい。あんな性格のフローラだが、格の違いを見せつけていた。嘘は言えない。


「え、そうです。見ました」

「そう。で、どう思った?」


 どう思ったと言われましても。フィリスは後退りするが、相手は追ってくる。


「どう? 私の事、頭がおかしな女だと思った?」


 そに目は寂そう。深い藍色のような目だが、奥に多くの悲しみが沈んでいる気がした。変な女だと思う。相入れない公爵夫人だが……。


「いえ、不倫は心の殺人です。どんな背景があってもダメなものはダメです!」


 ついつい本当の事を言ってしまっていた。


「そう、ありがとう、フィリス」


 目を伏せながら礼を言うフローラは、ごく普通の女にも見えた。夫に裏切られ、孤独を抱えているどこにでもいる女。


 フィリスは困っていた。フローラを嫌ってすぐにでもメイドを辞めたいのに、彼女に同情してしまうじゃないか。

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