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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第1部・サレ公爵夫人、探偵になる!〜悪魔な恋愛カウンセラー殺人事件〜

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幸せな結婚編-5

 フローラは倒れた夫を庇うようにしゃがみ込んでいた。


 そのフローラはザガリーに包丁を突きつけられ、とても誰かを庇っている場合でも無いのだが。


「全部演技だったのね? よくやるわ。ずっと障害者のフリなんてよく出来るわね? あなたみたいのがいるから、差別が生まれるのよ。本当最低だわ」


 もうヤケクソだった。どうせ殺されるのなら、最後に言いたい放題ぶちまけよう。


 それに殺されるのも、怖く無くなってきた。不貞の方が何倍も心を殺されてきた。ザガリーも憎いが、今は呑気に気を失っている夫も蹴散らしたい。


「っていうか、その演技も今思うとぶりっ子みたいね。もう少し演技力もつけたら?」


 目の前にいる本当のザガリーは、言葉もちゃんと話し、知能にも何の問題がなさそう。むしろ、鋭くフローラを睨みつけている目は、普通の人より何倍も悪知恵が回りそうだった。


 もうピュアな青年であるザガリーはどこにもいない。初対面の時は、マーシアと穏やかに笑っていたものだが、一杯食わされた。先入観や固定観念でザガリーを見過ぎていたかもしれない。


「クリスやマーシアは知ってるの?」

「さあ。でもあんな作業所はブラックだし、気づいていても、スルーすっかもな。助成金やおまえら偽善者が寄付金もくれるから」

「偽善者ですって?」

「クリスや所長はお前らの事は完全に金蔓としかみてねーぜ?」


 ザガリーはさらにゲラゲラと笑い、ナイフをフローラの鼻先まで突きつけてきた。


「動機は何? リッキーを殺されたからね?」

「そうだ」

「マムがリッキーを殺したの?」

「ああ」


 笑っていたザガリーだったが、ここでは少々大人しくなった。


 マムは元夫のリッキーが事故で障害者になり、邪魔になって殺したという。証拠はほとんど見つからず、マムは白警団から疑いも晴れ、遺産も相続し、好き放題やっていたらしい。


 生前のリッキーはマムに殺される事を恐れ、ザガリーに手紙も送っていた。それを白警団にも見せたが、ろくに調査してもらえなかった。


 そんな恨み節を語るザガリーは、リッキーに特別な感情がありそうだった。男色は貴族社会でも珍しくないが、「白警団は無能!」という言葉は深く頷いてしまう。


「マーシアの事は好きじゃないの?」


 しかし、マーシアの名前を出すと、ザガリーは明らかに動揺していた。目が泳ぎ、舌打ちまでしていた。


「マーシアはあなたのこと、嫌いじゃないよ。裏切っていて苦しくない? 本当のあなたを知ったらさぞ悲しむでしょうね」


 マーシアはこの事を気づいているのだろうか。そういえば彼女は「吊るされた男」という曲を発表していた。苦しい気持ちに縛られた男の歌だったが、ザガリーの事を表現しているようだ。


 こんな復讐心を募らせ、障害者の演技も続けていたザガリー。挙句マムを殺し、エルにも怪我を負わせた。一ミリも同情できない。むしろ色んな意味で可哀想な男。不幸な男だ。


「エルには脅されてた?」

「そうだよ。あいつは俺が犯人だって事に早々に気づいてからな。邪魔になったから殺そうかと思ったが、生きてやがる」

「あの男は女王の後ろ盾ができたから、本当の事は吐かないそうよ」

「なんだよ。やり損じゃねぇか!」


 ザガリーもメンタルが悪化しているのか、泣き叫び、書斎の本棚に蹴ったり、八つ当たりしていた。本棚から中身がこぼれ落ちたが、フローラは一向に表情を変えなかった。


 過去の自分を見せられているようで、フローラの心も冷めてくる。


 こんなメンヘラ男に殺されていいのか?


 むしろ今は、今も伸びている夫にイライラもしてきた。やはり夫の不貞に比べたら、ザガリーのしている事は、とても小さい。


 フローラは立ち上がり、ザガリーの前に進んだ。すっと背筋伸ばし、殺人犯を睨みつけた。


「あなた、罪を認めて自首しなさい」

「はあ?」

「人殺しよ。いくらマムが極悪女でもやって良い事じゃない」

「は? お前もあいつの被害者だろ? マムがお前に何をしたかもこっちはちゃんと調べてるんだよ!」


 ザガリーは全く悪びれていなかったが、フローラが全く動じず、冷たい視線を送り、堂々と背筋を伸ばしているものだから、何かが削がれていた。


「あんたがマムを殺したせいで、あの女が私に謝罪する機会を奪ったのよ? その責任はどうしてくれるの? ええ?」

「憎い女が死んで嬉しくないのかよ?」

「嬉しいわ。でも、あの女がうんと幸せになって罪悪感覚えてくれた方が良くない? 可愛い子供もいて、幸せな家庭築いた時の罪悪感ってどれほどのものでしょうね? もしマムがリッキーを本当に殺したとしたら、死に逃げじゃない。私はあなたを死に逃げさせないわ!」


 フローラは静かにザガリーに近づき、言葉で追い詰めていった。気づくと、ザガリーは包丁を持つ手がプルプルと震えている。


「だからあなたも自首しなさい。これ以上、罪悪感なんて持ちたくないでしょ? あの優しい天使のようなマーシアも今のあなたを知ったら、どう思うでしょうね? 反省しなさい。悔い改めなさい」

「ちっ……」


 ザガリーの急所はマーシアらしい。この名前を出すと、明らかに動揺し始めた。


「くそ、ふざけるな!」


 しかし、ザガリーも負けてはいない。フローラではなく、夫に包丁を向けた瞬間だった。


「白警団だ! お前を現行犯で逮捕する!」


 コンラッドが侵入してきた。コンラッドだけでなく、他の白警団の連中もいて、あっという間にザガリーは捕まった。


 フィリスやマーシア、アンジェラやクリス、洗濯婦のエルスまでいる。みんな野次馬としてやって来たらしい。


 マーシアは意外にもショックは受けておらず、逮捕されていくザガリーに薄笑いも浮かべていたが、クリスは大泣きしていた。ザガリーがクリスについて言っていた事は全部嘘だろう。


 一方、夫は相変わらず床の上で伸びたまま。


「あなた、いい加減に起きなさいよ」

「うーん、クッキー食べたい。むにゃ、むにゃ……」


 寝言をこぼす夫にため息しか出ない。


「奥さん、犯人のやつはギャフンて言いました?」

「言うわけないでしょ……」


 フィリスは相変わらずそんな事を言っていたが、これで殺人事件は無事に解決した。


「もう、あなた。起きて! 事件は全部解決したわよ!」


 まだ寝ている夫の肩を揺り動かしていた。


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