面白い女編-5
「私、犯人が分かってしまったかも」
帰りの馬車の中、フローラの声は震えていた。犯人は分かっても手放しで喜べない。むしろ、犯人である証拠を客観的に証明するのは、とても難しそうだった。
「本当にこの絵とあの人が同一人物なんですか?」
隣に座るフィリスもあの似顔絵を見ながら、目を丸くしていた。
「信じられない。奥さん、本当?」
「ええ。間違いないわ。リッキーの友人とあの人はそっくりだもの」
フローラも似顔絵を見ながら、ため息しか出なくい。犯人が分かったのに、余計に謎が深まってしまった。しかし動機ははっきりと分かった。
「犯人はおそらくリッキーがマムに殺された事で恨みを持っていたのね」
「マムが殺したって本当ですかね?」
フローラは首を振る。その証拠は今のところは無いが、犯人はそう思い込んでいるのは確か。
「きっとマムは車椅子生活になったリッキーが邪魔になったのね。マムが殺したとすれば」
「でも、でも。マムがリッキーを殺したという証拠はないですよ!」
フィリスは必死に主張していた。マムもそこまでの極悪女である事を信じたくはないようだ。田舎者らしく性善説らすしい。
一方、フローラはそうは思わない。貴族社会では人の悪意もよく知らされたし、実際夫は外面と家での様子に落差がある。それに不倫相手だ。不倫なんてしている女は倫理観が壊れているのだろう。殺人をやっていたとしても全く驚かない。夫の最初の不倫相手・ローズも犯罪に手を染めていた。
「けど、そんなのって。リッキーと犯人は深い仲だったんですかね?」
「分からない。貴族でも男色は多いですし、犯人が一方的に片思いをしていた可能性もあるわ」
そう言いながら、フローラの腹の底は苦くなってきた。もし犯人が男色だとしたら見事な演技力だ。殺人や復讐ではなく、舞台上だけで演技力を発揮して貰いたいものだが。
「まあ、犯人が分かったのはよかったじゃないですか。あとは証拠です!」
「その証拠が大変よ。今はリッキーの友人とあの人が同一人物である事が分かっただけ。殺人の証拠ではないのよね」
フローラはため息しか出ない。この事件を解決しないと、結末は喜劇にならない。それなのに、どんどん悲劇の方に突き進んでいた。一体どうすればいいのか。
「奥さん、思い詰めないで。探偵の父に連絡とります。何か協力してくれるかも知れませんよ?」
「ありがとう、フィリス」
今は隣にいるフィリスの明るさに助けられていた。犯人が分かったのに、さらに事件が複雑である事が発覚し、全く喜べない状況だったが、落ちこでいるばかりではダメだろう。
「それにしても何で犯人はマムを殺しちゃったのかしら。生かしておいてくれればよかったのに」
「え? 奥さん、マムが死んで嬉しくないんですか?」
チラッと馬車の窓を見ると、貴族の屋敷や公共施設が見えてきた。もうそろそろ都に近づいて来たのだろう。空はまだ夕暮れではなかったが。
「ええ。マムはもう二度と私に謝罪する機会がなくなった。嬉しくないわね、憎い不倫相手が死んでも全く嬉しくない」
フローラは無表情だったが、その黒い瞳は影があった。
「マムが死んだからと言って別に夫の心が返ってきたわけでもないし」
「昨日家に帰って来たじゃないですかー」
フィリスは子供っぽく頬を膨らませていたが、全く笑えない。夫が帰って来たのは偶然の産物だ。マムが死んだからって別のフローラが夫に愛されている訳でもない。
「虚しいわ、不倫相手が殺されるのって。ちっとも嬉しくない。だったらマムも子供産んで幸せない家庭でも築いて、その時に不倫の罪悪感に苦しんで貰った方がマシよ……」
気づくとフローラの目から涙が溢れていた。マムの死は、みんな「ざまぁ!」という態度だったが、今はフローラは悲しんでいた。もし生きていたら、不倫の罪の重さも実感する事もできたらだろうが、今はその機会も永遠に失われてしまった。つまり、死に逃げだ。これには自然と涙が出る。
確かにマムが死んだ時は、せいせいした。憎い女が死んだ。最初は嬉しいだろうと思ったが、実際は全く幸せじゃない。今は死に逃げされたような不快が残る。
「奥さん……。思い詰めないで」
「ええ。大丈夫よ」
「だったら尚更犯人を見つけないと。マムが反省する機会を奪った犯人を牢屋中へぶち込みましょ!」
フィリスの明るい声を聞きながら、フローラ涙も止まってきた。
そうだ、今は犯人のマムを殺害した事を証明しなければ。泣いてる暇はない。犯人が分かったのなら、後は証明するだけではないか。
「ええ。今は一番犯人が憎いわ。必ず捕まえて白警団にぶち込みます!」
「奥さん、庶民の言葉も板について来ましたね!」
「もう心は庶民派よ」
「いやだ、奥さん、公爵夫人である事は忘れないでくださいって。案外おもしれー女ですよ、奥さんは」
「私、つまんねー女じゃない?」
「十分おもしれー女です。愛人を調べていくうちに殺人時事件に巻き込まれ、あげく犯人まで捕まえたら? つまんねー女にこんな事は出来ませんよ。強かな人じゃないと出来ません!」
フィリスの明るい声を聞きながら、フローラの涙は完全に止まっていた。
昔は夫に「つまんねー女」と呼ばれる事に劣等感も持っていたが、今はそんなものは消えてしまっていた。マムの恋愛テクニックを上部だけやった時は、夫に馬鹿にされたが、今ではそんな小手指は二度とやらないと決めた。
フローラは背筋を伸ばし、まっすぐに前を見た。
「ええ、この殺人事件にも夫の不貞にも私は負けない。負けたくないわ」
そう宣言した直後だった。気づくと公爵家の門前まで馬車が着いてたが。
馬車の窓からゴシップ記者もトマスが彷徨いているのが見えた。どうやら公爵家に用があるらしい。
「トマス、あなた何をやってるのかしら?」
馬車から急いで降りると、トマスの服を掴んだ。一度は釘を刺したが、またゴシップ記事を書くつもりだろうか。
「そうですよ、あれだけホテルで豪遊したでしょ。何やってるんです?」
ワンテンポ遅れてやってきたフィリスもトマスを睨んでいた。
「ち、違うって。俺は奥さんにとっておきの情報を持って来たんだ!」
女二人に囲まれ、トマスはタジタジになっていたが、メモ帳を取り出し、口ごもっていた。
「とっておきの情報? 何? 言いから全部教えなさい」
「奥さんの言う通りです! その情報ってなんです?」
トマスは咳払いをし、勿体ぶりながらも教えてくれた。
「エルが怪我をして入院中だ。大きな怪我とか。なんか、誰かに襲われたらしいけど、なぜか王宮でも極秘で、身分を隠して入院中だ」
エルが入院?
「王宮でも極秘? あんたよく分かったわね」
「おお。奥さんにはホテルで豪遊させて貰ったし、恩返しだぜ」
「あんた、いい奴じゃん!」
「俺は仁義を通す男よ」
フィリスとトマスのふざけた会話を聞きながら、フローラは黙り込んだ。
おそらくエルを襲ったのも犯人と同一人物だろう。もしかしたらエルから犯人の証拠を見つけ出す事も可能?
「ありがとう、トマス。エルが入院している病院はどこか分かる?」
フローラはニッコリと微笑み、一番知りたい事を聞いていた。




