面白い女編-4
マムの地元・リーリア地方に降り立った二人は、まずは人の多い商業地区に向かっていた。
商業地区に近くの広場には、百合の花を持った少女像もあり、庶民から親しまれているらしい。百合をモチーフにした雑貨や菓子なども多く売られていて、これで町おこしもやっているようだ。
「奥さん、見てくださいよ。百合のポーチやイヤリングとか可愛いです!」
商業地区に入ると、百合の雑貨屋が目につき、調査も忘れて入店していた。時にフィリスは可愛い雑貨に目がないようだった。
「確かに可愛いわね。でもポーチなんてどうするの? 何個あっても仕方なくない?」
「いいんです! 買います!」
可愛い雑貨を見ても一ミリも心を動かされていないフローラと違い、フィリスはたくさん買い物をしていた。もっともこうしてフローラに付き合ってくれているし、止めるつもりもない。
その間、フローラは雑貨屋の女性客に声をかけた。もちろんマムの事を聞く為だ。フィリスのようの本来の目的は忘れていなかった。
女性は三十代ぐらい。おそらく主婦だろう。雑貨屋の主人に子供を預けて遊びに来たなどと話していた。着ているものは地味だったが、生活に必要でもない雑貨を買っている所を見ると、生活レベルは低くはなさそうだ。所作もところどころ上品で、もしかしたら貴族のメイドをしていたかもしれないが。
「マム!?」
その名前を聞くと、女性は嫌悪感いっぱいの表情を見せた。
「あの女、死んだのね。まあ、ざまあって感じ。まあ、マムはこの街であまりにも嫌われたから、家に閉じこもって引きこもりっぽい感じだったけどね。それで被害者ぶってぶりっ子するからもっと嫌われてけど」
雑貨屋にいる他の女性客にも声をかけたが、誰もが似たような表情を見せた。見事に誰もマムの死を悲しんでいない。
「あのいじめっ子、死んで当然だしー。リッキーも死においやったっていう噂」
「リッキーって?」
聞いた事にない名前だった。
「マムの元旦那さんよ。怪我して車椅子で生活してたけぢどね」
あの元夫の事か。しかし、これ以上雑貨屋で聞き込みするのも怪しまれそうだった。会計を済ませたフィリスを引っ張って一旦外に出た。
「奥さん、次はどうしますか?」
「そうね。まあ、適当に聞いてまわりましょ」
その後、商業地区のパン屋、菓子屋、豆屋、書店と聞いて回ったが、誰一人マムについて悲しむ人は居なかった。「死んで当然」とまではっきりと言う人も多い。想像以上にマムは嫌われているようだ。しかし、元夫のリッキーについては一同口が重くなった。噂ではマムがリッキーを殺したらしい。
「まさかマムが元夫を殺したんですかね? 奥さんはどう思います?」
商業地区を出て、一旦広場に戻った。そこのベンチに座り、屋台で買った揚げドーナツを食べながら一旦休憩したが。
「まさか。いくらマムでも人殺しまでする?」
揚げドーナツは甘いはずだが、そんな話題中に食べると、一気に胃もたれしそうだった。
「でも……」
可能性としては多いにある。マムは実際、フローラにも脅迫状を送り、毒も持っていた。彼女が人殺しをしていたとしても、不自然ではなかったが。
「奥さん方、揚げドーナツを分けてくれんかね」
その事で話し込んでいる最中、ホームレスに声をかけられた。もう初老ほどの男だったが、痩せ細り、着ているものもぼろぼろだった。
「いいわ。あげるわ」
「いいんですか、奥さん」
「いいのよ」
ホームレスは涙目になりながら、感謝していた。
「ああ、神の思し召しだ!」
演技がかった感謝しているホームレスを見ていたら、違和感を覚えた。フローラ達の前から去ると、また似たようなパフォーマンスをし、煙たがれている。
「乞食の演技気持ち悪いなー」
「本当は金持ちの癖に演技してるんだよ、わざとらしい」
広場にいる他の庶民達は、そんな噂もしていた。ホームレスに見えたあの男は、演技だった?
「フィリス、あれ演技だったの?」
「そうですよ。田舎にはよくいるんです。戦争帰りの軍人も、片腕がない〜とか泣いて物乞いしているのは、よく見ましたから。奥さん、外見だけが弱い人は案外したたかかもですよ? そして本当の弱者は助けたい姿してないらしいです」
フィリスはゲスい目をして笑っていた。
「そんなもの?」
「そうですよ。奥さんは公爵夫人ですから知らないと思うけど、人間って案外したたかです。悪いヤツなんて田舎に山ほどいますよ。ルールが通用する貴族社会と違うんです」
何か穴だらけだったパズルのピースがはまりそうな感覚がした。
マムの夫も事故で車椅子になったと聞いたが、これも何かのピース?
夫は「自分が弱者になったら見捨てるんだろう」とも言っていた。弱者とは一体?
「さあ、フィリス。揚げドーナツばっかり食べている場合じゃないわよ」
「えー?」
「まだまだ聞き込みを続けるわ」
再び商業地区に戻り、自転車や家具屋やアクセサリーショップで聞き込みを続けたが。
「まあ、リッキーはな。あれはあれで、変な友達も多かったから」
自転車の主人はタイヤの整備をしつつ、噂を教えてくれた。
「リッキーは本当に事故だった?」
「それは確かだよ。でも、なー。自殺はマムじゃないか。あいつだったら、殺しもやりかねないよ」
もはやマムに評判の割さには驚かない。フィリスも苦笑している程だった。
「ちなみにリッキーの遺書を受け取った友達ってどこへ?」
トマスから聞いた情報では、リッキーの友人は行方不明と聞いたが。
「それがずっと行方不明なんだよなー」
「どんな事でもいいの。その友達の特徴でも何でもいいから教えてくれる?」
フローラはこれがパズルのピースの最後になるような予感がしていた。自転車の主人はフローラ達にも怪しみ始めたが、スケッチブックを持ってきた。
「まあ、俺は画家でも何でもないけどな」
そしてスケッチブックに友人の顔をサラサラと描いていく。
「ご主人さん、上手じゃないですか」
フィリスが無邪気に褒めると、主人は調子に乗ったようだ。筆を動かし、さくっと一枚の絵を完成させた。
「え、この人がリッキーの遺書を受け取った友人?」
絵を見たフローラは、言葉を失いそうになっていた。そこにはよく知った人物の顔があったから。
「間違いないぜ。俺はこれでも画家を目指していたから。まあ、金がなくて自転車屋つぐしかなかったけど。今は王都で人気ある画家の絵を見るぐらいだよ」
主人はそう言い残すと、仕事に戻って行ってしまった。
「奥さん、どうしたんです? そんなに意外な人物だったんですか?」
フィリスの呑気な声も遠くに感じてしまう。
「え、ええ……」
おそらくこの絵の中の人物が犯人だ。状況はそう物語っていたが、証拠は何一つない。もし、この人を犯人だと認めさせるのには、どうすれば?
それは人を呪いで殺した事を証明するより難しそうだ。フローラは奥歯を噛み締め、この絵を睨みつけていた。




