面白い女編-3
「それにしても困ったものだわ。クッキーがほとんど無い」
馬車の中でフローラはため息をついていた。夫が帰って来た事は良かったが、今朝焼いたクッキーを食べ尽くされ、結局、マムの地元調査にほとんど持って行く事ができなくなった。
これからマムの地元調査の為、フローラとフィリスは馬車に乗って移動していた。公爵家のある都からマムの地元までは、馬車で二時間かかる。湖があり、畜産が盛んなリーリア地方と呼ばれている地域だった。
庶民が多く暮らす地域だ。フローラもフィリスも安っぽく、泥やシミがついたドレスを着こみ、髪も無造作にしばった。フィリスは三つ編みをしていたが、恐ろしいほど板についている。どこからどう見ても田舎娘だ。一方フローラは太い眉毛やそばかすメイクで、どうにか公爵夫人らしさを打ち消した。
この二人の姿を見た夫は大爆笑。腹を抱えて笑っていた。ついでに焼き上がったクッキーも食い尽くし、手元にほとんど残っていない。
「しょうがないですよ、奥さん。今日はクッキーなしで乗り越えましょう」
「そうね。そうするしかないわ。でも、あの夫が大笑いしているのは、意外だったわ……」
馬車の窓の外はどんどん田舎らしくなってきた。都では見られない牧場や湖も見え始め、そろそろ目的地に近づいている事がわかる。
「ギャフンと言わせるつもりが、大笑いしているのは、複雑ね」
「あれ、奥さん。本当にギャフンと言わせるつもりだったんですか?」
「いえ、今時ギャフンなんて言う人はいないわよね」
「ギャフン! 私は言いますよ!」
フィリスとくだらない雑談をしていると、少しは気が紛れて来たが。どうも夫はフローラが思うように動いてくれない。当初は夫を見返す為、上手く離婚に持ち込むために愛人調査をしていたのに、今は「おもしれー女」扱いだ。
薄暗い復讐劇を演じていたはずだったが、今は喜劇ルートに邁進している。夫と本当に別れたいのかもよく分からなくなってきた。無邪気に子供のように笑いながらクッキーを食べている横顔を見ていたら、どうでも良くなって来たのも事実だった。
どうせ公爵家の評判は地に落ちている。全てがフェイクとはいえ、スキャンダルも出てしまったが、かえってフローラも吹っ切れてしまったのかもしれない。夫もそうかも。もう落ちる所まで落ちてしまったら、あとは這い上がるだけだ。
今までは公爵家としての立場や見栄のようなものにも縛られていたが、肩の力を抜いても良いのかもしれない。
「奥さん、つきましたよ」
「ええ。参りましょう」
今日は手元にクッキーはほとんど無い。それでも気持ちは吹っ切れていた。馬車を降りるとピカピカに晴れた青い空だ。
夫の目とよく似た青空を見上げながら今はフィリスと一緒に庶民の女になろうと言い聞かせていた。
そう、今は公爵夫人ではない。殺人事件を追いかける探偵?
そう思うと、フローラの口元も美味しいクッキーを食べた時のように緩み始めていた。




