調査編-2
さらさらと木々の擦れる音がする。鳥の鳴き声も響き、公爵家の庭は、家宅捜索をされた後とは思えないほど平和な空気だ。
久しぶりに公爵家に帰ってきたフローラだったが、庭で白警団のコンラッドが仁王立ちしていた。
「奥さん、このハーブはなんです?」
「毒ニンジンですね」
コンラッドは庭の中でもハーブ園が気になっているようで、フローラはいちいち種類や名前を説明してやった。相変わらずコンラッドはフローラを疑っているようで、目を光らせていたが。
フィリスとアンジェラは、使用人の屋敷に帰した。白警団がキッチンや風呂を荒らしたらしく、その復元に向かっていた。手荒な事をする白警団に眉間の皺がよってしまう。コンラッドは不快な人物だったが、ここは我慢して話をきくしかない。
「毒ニンジン?」
「まあ、致死量はないです。どこにでもある野菜ですが、何か問題あります?」
「いや……」
あまりにもフローラは冷静に語るので、コンラッドは明らかに調子を崩されていた。おそらく上手く尋問し、口を滑らす事を企んでいるのだろうが、その手には乗らない。そもそもフローラはマムを殺してはいないし、死因は毒殺ではないだろう。
「それで、我が家を捜索して何か成果はございましたか?」
あえて丁寧な口調でコンラッドに話しかけた。庭に植えているミントの匂いが鼻をくすぐる。最近は世話ができていなかったのに、ミントはすくすく増殖中。しつこく、ただでは起きない植物らしい。匂いは爽やかで、葉の形も可愛らしいが。
「これが見つかりましたね」
コンラッドはフローラの意図に気づいているのか不明だったが、手紙を取り出した。見覚えがある手紙だ。手紙というよりは、脅迫状だったが。
「脅迫状ね。夫がマムと不貞行為を初めてからうちに入るようになりました」
「なぜ我々に言わなかったんです? 何かやましい事でも?」
フローラは黙り込む。木々の擦れる音や小鳥の鳴き声がやたらと響く。
「ここは公爵家ですよ。そういったイタズラは日常的にありますからね」
にっこりと微笑む。コンラッドに本当のことなど話しても、得があるどころか損しかなさそうだ。
「まるで我が家は呪われていますね。夫は不貞行為を繰り返しますし、脅迫状もある。子供もおりません。私の親も死にました。あげく、殺人事件に巻き込まれしまうとは、とんだ呪いだと思いません?」
フローラはコンラッドの目を真っ直ぐに見据えた。相手は明らかに動揺し、後ずさっていた。お陰でミントの葉が踏みつけられていた。
「呪いですかねぇ。世の公爵夫人はもっと幸せだと思うんですけどね」
「それは、まあ、女は男で人生が決まってしまう。あんな公爵と一緒になって幸せになるのは、困難だろう。俺は男に生まれてよかったなと思う。ええ」
嫌味っぽい口調だった。この男に踏みつけられたミントに同情しそう。
「まあ、この脅迫状の犯人はマムでした。筆跡が同じだった」
「そう、そうでしょうね」
「奥さん、全く動揺していませんね?」
「夫の不貞行為よりはマシですから」
「しかもマムは毒物も家に隠し持っていました。あなたへの殺意もあったらしい」
マムは夫と出会い、ポエムをたくさん書き残していたらしい。その内エスカレートしてきたらしき、フローラへの恨みも募らせてうたらしい。
「本気で公爵を略奪するつもりだったそう」
「そうですか。何だかマムって人殺しをしていてもおかしくないわね」
その事実に気づいても、フローラはさほど動揺しなかった。むしろ、本気で夫を盗もうとしていた事に寒気がする。フローラの指先は小さく震えていた。こうして冷静にコンラッドと語ってはいたが、ロボットのように感情がなくなったわけでもない。
「バカな女。今までどれだけ敵を作ってきたのかしら。コンラッド、あなたも大変ね。容疑者はとても多いでしょう。私や夫を含めて」
「奥さん、やけに冷静ですねぇ。本当にマムに殺されていても不思議ではなかったんですけど」
ここで初めてコンラッドは、目尻を下げ、苦笑していた。まるで憐れんでいるかのような表情だった。この瞬間だけは事件の容疑者ではなく、哀れな女と対峙しているかのよう。
「でも夫はマムを殺してはいないわ。あんな小心者は人を殺すのは無理」
「小心者とは酷い」
「うちで作った食事も毒味しろって言ってきたんだから。あの人も私に殺されると思っていたのかしらね」
そう思うと、笑えてきた。フローラの乾いた笑いが庭に響き、コンラッドの憐れみの表情はさらに濃くなってしまう。
ちょうどそこへコンラッドの部下が飛んできた。我が物顔で公爵家をうろつく白警団の連中だ。フローラは嗜めようとしたが、この部下が爆弾発言をした。
「コンラッドさん! 大変な事が起きています!」
部下の顔は青ざめ、汗もだくだくだった。
「魔術師エルが、マムを殺したと言い張ってるんです! 呪いでマムを殺したと!」
「何だって!?」
コンラッドの表情はすぐに変わった。愚かな女を憐れんだ顔から、白警団の顔に変わっていた。
「コンラッドさん、とにかくエルの所へ!」
「わかってる!」
こうしてコンラッドも部下もいなくなった。
一人残されたフローラの指先は、まだ小さく震えていた。
「呪い? 呪いで人なんて殺せるの?」
小鳥の呑気な鳴き声が響くだけだ。その問いには、誰も答える事はなかった。




