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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第1部・サレ公爵夫人、探偵になる!〜悪魔な恋愛カウンセラー殺人事件〜

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疑惑編-1

「へえ、あのマムは奥さんの旦那の不倫相手だったんだな。で、死んでせいせいしたと」


 白警団の男はそう呟いた。


 あれからフローラは、乗って来た馬車に移され、白警団の連中の事情を聞かれていた。最初は制服を来た下っ端レベルの白警団が来たが、最終的には凶悪犯罪課の長、コンラッドという男がやって来た。


 この男は一般庶民のような汚いスーツ姿。他に凶悪事件の内偵をやってきたらしい。その服装に反し、目は鋭く、鼻もツンと高く、切れ味の良いハサミのような印象の男だ。年齢は三十歳ぐらいだったが、その歳で課長というのもよっぽど実力があったのだろう。もっとも白警団は元々王宮に仕える聖騎士団だった。血筋がものを言うコネ組織であるので、コンラッドもどこかの貴族の関係者かも知れない。


「奥さん、今、俺がコネで出世したタイプって思っただろ?」

「は、いえ?」


 考えていた事を言い当てられた。動揺する。フローラの目は泳いでいたが、コンラッドは鋭くフローラを見つめていた。この男に嘘を言ったら、全部暴かれそう。


 フローラは観念し、全部事情を話した。夫の不倫やフィリスとの調査についても。


「そうよ。本当憎い女が死んでせいせいした」


 馬車にフローラの声が響く。その声は、全く幸せそうではなかった。苦い声だった。全くすっきりもしていない事は、コンラッドにも伝わったようで、咳払いもしていた。


 何で「せいせいした」なんて言ってしまったのだろう。この発言は、どう考えても良くない。マムが何者かによって殺されたのだとしたら、疑いは自分に向くのも当然だろう。動機は確実にあった。


 それは夫も同様だ。愛人と何らかの事情で口論となり、カッとなって殴って殺した。筋は通ってしまう。


「でも私はマムが死んだ時は、馬車にいたわ」

「ぜいぶんと言い訳がましいですね?」


 さらにコンラッドは睨むようにフローラを見ていた。口元は嫌味っぽく歪んでいるし、もしかしたら、フローラを見下している可能性も高い。


「残念ながらあなたの旦那さんは、アリバイが無いんですよねぇ」

「え?」


 夫からも事情を聞いたそうだが、アリバイの裏は取れなかった。その事を知った夫は泡を吹いて倒れ、病院に運ばれたという。


「ああ、情け無い男……」


 猜疑心の強い夫だ。猜疑心が強いという事は、小心者とも言い換えられる。白警団に疑われ、パニックになっている状況は、すぐ想像がついた。


 そういえば夫は虫一匹すら殺せない。妻は罪悪感なく裏切っていたが、虫や動物については同情深い。障害者施設への慈善活動も最初は夫が提案し、一番やる気を見せていた事も思い出す。


「夫は虫も殺せないわ。マムの事なんて殺せないでしょ? それに貴族の公爵よ。世間体を考えたら、そんな、殺人なんて無理」


 そう言いつつも、フローラの発言は言い訳がましい。


「夫は小説のネタに不倫もしてますからね。たぶん、今回も筆がノリに乗っていた事でしょう。マムを殺しても何の得もないわ」

「奥さんは、得しますね? 憎い女が死んでせいせいした、と」


 コンラッドの鋭い目で睨まれた。何を言っても無駄そうだ。何か言うたびに自分達への疑いを色濃く感じてしまう。これを覆すのは、かなり難しいだろう。


 もう何の言葉も浮かばず、フローラが下唇を噛んでいた。


「良かったですね。愚かな不倫女が死んで。せいせいしましたか? では、もうあなたは帰ってもいいです。また事情を伺いますけどね?」


 さらにキツくコンラッドに睨まれ、フローラは頷くしかなかった。


 ぜいぶんと時間が経過したようで、馬車の窓から見える空は、オレンジ色に染まっていた。


 公爵家に帰る道、馬車に揺られながら、考えていた。


 多くは碌でもない事だ。これはスキャンダルになるだろう。夫もフローラも貴族社会での笑い者化は避けられない。今だって公然の秘密となっている夫の不貞も、より面白おかしくゴシップ誌に書かれるだろう。


 それよりももっと最悪なのは、夫やフローラが無実の罪で逮捕される事だ。


「ああ、何でせいせいしたなんて言ったんだろう」


 揺れる馬車の中でも、頭を抱えたくなった。


 思った以上にマムが死んでも嬉しくはないのに。今は泣きたいぐらいだ。これでもうマムは、自らの罪に向き合い、悔い改めるチャンスを永遠に失ってしまった。もちろん、フローラに謝罪する機会も絶対に訪れない。


 泣きたくなってきた。愛人が殺されるのが、こんなに辛い事だとは、知らなかった。楽に死に逃げされただけだ。本当は全くせいせいとしない。むしろ、悔しくて下唇を噛み続けていた。


 そうこうしているうちに、公爵家の屋敷に到着した。公爵家の近くは人が集まり、白警団の男達も出入りしていた。


「まさか」


 フローラは馬車を飛び降り、公爵家の使用の館に直行。


「アンジェラ、フィリス!」


 館の前では、二人とも呆然と立ち尽くしていた。館にも白警団の男達が出入りして入れない。


「奥さま! どういう事ですか? 白警団が家宅捜査するって勝手に入って来たんです!」

「どういう事ですかー、奥さん!」


 アンジェラやフィリスに詰められた。今夜は我が家に帰れそうにない。確実にコンラッドは疑っているのだろう。かなり不味い。


「あ、愛人ノートは?」


 あれが一番コンラッドに見られたくないものだった。


「大丈夫ですよ。エリスが見たいっていうから貸してたんです」


 フィリスが耳元で呟いた。洗濯婦のエリスにあれを見られるのも恥だったが、とりあえず避難できているようだ。ホッとして膝から崩れ落ちそう。


「ありがとう、フィリスもアンジェラも。さあ、ここに居ても仕方ないわ」

「奥さん、どこに行くんです?」

「決まってるでしょ。都のホテルへ行くわよ」


 これにはアンジェラもフィリスも大喜びで、拍手していた。毒気のない使用人達を見ながら、ようやくフローラも笑顔を見せていた。

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