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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第1部・サレ公爵夫人、探偵になる!〜悪魔な恋愛カウンセラー殺人事件〜
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殺人事件編-4

 人間なんて天使じゃないのよ。


 マーシアの言葉が心の残っていた。マムを毅然と追い返したフローラだったが、心は普通に悪化していた。


 相変わらず夫はマムと密会していたし、公爵家に帰って来る事もなく、フローラはフィリスやアンジェラを捕まえて愚痴大会を開いていた。そんな自分の心はどう見ても天使ではなく、毒まみれの魔女。その証拠の様に夫は屋敷に帰って来ず、フローラのメンタルは悪化傾向だった。


 そんな折、マーシアが言っていた呪い会の日になった。エルという魔術師が、都の空き家で開くらしい。空き家は元々とある男爵の家だったが、大き金銭スキャンダルが発覚し没落後、空き家となっていた。もう長らく空き家となり、屋敷は老朽化し、庭は雑草だらけ。幽霊屋敷とも噂されている場所でもあった。


「本当に奥さん、呪い会に参加するんですかー?」


 フィリスにこの事を伝えると、明らかに顔を顰めていた。公爵家の衣装部屋で、呪い会への参加のために服を選んでいた。


 マーシアによると、ドレスコードがあり、全身真っ黒の服で、顔も仮面を付けて隠さないといけないらしい。


「まあ、奥さんはこの黒いドレスが合うんじゃないですか?」


 フィリスは半ば呆れてながらも、ドレスを選んでくれた。真っ黒でツヤがあり、まるで毒のようなドレス。その上、仮面と扇で顔を覆ったフローラの姿は、大きな黒バラに見える。


「この格好でいいと思う?」

「ドレスコードにはあってると思いますけどね。でも、呪いなんて。そこまでしますー?」


 フィリスが心底呆れているようだったが、彼女もついて来てくれるらしい。メイド服を仕立て直した黒いワンピースに、仮面。フィリスのこの姿は、まだ可愛いげがあったが、フローラは完全に毒花と化していた。


 こうして服装の準備が整うと馬車に乗り込む。もう夕方だ。うす暗い中で見る男爵家は、余計に不気味だった。幽霊屋敷と呼ばれる理由もよく分かってしまう。


「それにしても、案外人が多く来てますね」

「そうね……」


 受付を済ませると、屋敷の大ホールに案内されたが、フィリスの言う通り、人が多く集まっていた。薄暗い会場だったが、五十人ぐらいはいるだろうか。


 混み合っているぐらいだったが、皆同じような格好だ。誰か誰かは全く不明。てっきり女が多いと思っていたが、全身黒ずくめの男も多い。好奇心でここにいる者、フィリスのように付き添いで来ている者も多いだろうが、マムは相当恨まれているらしい。


 長らく空き家だった会場は、土埃やダニの臭いなども漂い 、それだけでも鼻につく。フィリスも下品なくしゃみをしていて恥ずかしい。とりあえず会場の後ろの方へ向かい、フィリスにハンカチを渡した。


「フィリス、行儀良くして。ハンカチで鼻を抑えて」

「奥さん、この会場埃っぽいですよ。涙もでそうで」

「もう、本当に田舎娘ね」


 フィリスを宥めながらも会場をざっと見回す。やはりこのドレスコードのせいで、誰か誰かが判断がつかない。マーシアらしき人物もいない。噂声は聞こえてきて、マムの悪口大会に興じているグループもいた。


 その声によると、マムは地元でも有名ないじめっ子で、学校の教師も自殺寸前まで追い込んでいたらしい。もはや予想できた事だったが、マムの極悪さにため息しか出ない。


「奥さん、やっぱり不倫する女って倫理観が壊れているんでしょうか?」

「フィリスの言う通りでしょうね。ここまで極悪だと、むしろ天晴れだわ」

「でも何で公爵さまは、そんな極悪マムと付き合えるんですかね?」

「そこを突かれると痛いわね。ブーメラン投げてこないで」


 フローラとフィリスは、マムの悪口大会に興じられない。マムを下げる事が同時にフローラを下げる事にもなってしまう。


 そもそもこんな呪い会なんて、どうなのか。周囲の者は、マムの悪口大会で盛り上がっていたが、フローラの心は冷えてきた。心の底では、こんな事をしても無意味だと気づいているのかもしれない。


「皆さん、時間になりました」


 会場の前方にあるステージの幕が上がった。同時に会場の明かりも落とされ、ステージのスポットライトだけが目立つ。


 スポットライトの下には、中年の男がいた。年齢は四十ぐらいだろうが、顔立ち自体は幼く、「とっちゃん坊や」と言いたくなる雰囲気だった。顔の皺や薄くなった頭だけが妙に浮いている。


「レディース、ジェントルマン! 私が王宮魔術師のエルでございます!」


 とっちゃん坊やは魔術師エルだ。意外だった。もっと大人っぽく真面目そうな男が魔術師になるものだと思っていたが、思い込みだったらしい。


 フローラは貴族で王宮とも繋がりがあったが、魔術師の知人はいない事を思い出す。実はよく知らない存在。貴族間に流れる噂レベル以上の情報は知らない。


 エルはずっとマムへの悪口を吐いていた。王宮魔術師としてもキャリア、人格否定的な発言をしたマムに、心の底から恨んでいるようだ。


 エルが悪口を言うたびに、会場は大盛り上がり。歓声や拍手がうるさいほどに響く。


「何あの魔術師は。ちょっとやり過ぎでは?」


 フィリスは小さな声で呟く。フローラも同意だった。


 確かにエルの言葉には共感する部分も多い。マムのような極悪女に面子を潰され、恨んでいた気持ちはよく理解できるが。


 悪口を吐くエルの顔は邪悪だった。エルは普通の歯をしているのに、牙が見えてきそう。目元も吊り上がり、鼻の穴は膨れ、とても良い顔に見えない。


 そんなエルに同調する会場の人も醜い。顔は隠されていたが、発する言葉は醜過ぎる。


 マーシアは人間の心は天使じゃないと言っていた。その通りかもしれない。むしろ心には毒まみれの魔女が住み着いている?


 エルや会場の様子を見ながら、フローラの心は沈んでいく。まるで自分の心を可視化され、見せつけられたようだ。


 確かにマムは嫌い。許せない。でも、こんな呪い会に参加している自分は、正しいのだろうか。マムより清い人間なのか。マムを批判しても許される立場なのか。


 自問自答していると、気分が悪くなってきた。醜い自分の心を見つめる行為は、どうしてこんなに苦しいのだろう。


「奥さん、どうしました? 気分悪いですか?」


 フィリスの毒気のない声も、さらにフローラの罪悪感を刺激してしまう。


 この心に住む魔女をどうすれば良い?


「ええ、フィリス。ちょっと具合が悪くなってきたわ」

「そうですか。帰りましょうか?」

「そうするわ。後、明日教会へ行って懺悔室にも行こうと思う」

「まあ、奥さま。悔い改めですかー?」


 フォリスは笑っていたが、今はそうするのが一番だと思っていた。


 確かにマムの行為は酷い。嫌われているのもよく分かったが、こんな風に一方的に呪われて良いものじゃない。例え呪いが成功したとしても、マムが自ら不貞行為の罪を実感しなければ意味がない。


 呪われて反省したとしても、意味は無い気がした。そういう意味では、マムには絶対呪いなんて下したくない。あの極悪女が、その罪を自ら認めるかは、分からないから。

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