番外編短編・新妻探偵はじめました
「まったくこの薄汚い娘は! 早く私の前から消えてちょうだい」
「そんな、有紗お嬢様!」
「うるさい!」
時は大正初期。納田花澄は有紗お嬢様に虐げられていた。
花澄も元々はお嬢様だったが、家が没落し、この華族の家に引き取られた。そうはいっても家族扱いはされず、お嬢様の有紗には虐げられ、使用人として扱われていた。
有紗は西洋風の豪華なワンピースを着ているが、花澄はボロい木綿の着物に頭巾。顔立ちが残念な有紗だが、馬子にも衣装だ。そこそこ様になっている。
一方、花澄はこんな粗末な服でも整った顔立ちは隠せず、清楚な霞草のような雰囲気の娘だった。だから余計に有紗はイライラし、花澄にキツく当たっているようだ。
「有紗お嬢様、どうして? どうして私にキツく当たるの?」
花澄は使用人の部屋に戻るが、その理由は全くわからない。
そんな時だった。花澄に縁談が舞い込んだ。正確には有紗に来た縁談だったが、条件が悪かったので、花澄に押し付けられた形になる。
相手は鬼の軍人として恐れられている川瀬護という男だった。数々の悪評があり、性格も女への態度も悪いらしい。妾も十人ほど居るらしい。
この時代に娘の人権はない。ほぼ強制的に花澄は川瀬家に行かされ、初顔合わせとなった。
豪華な二階建ての洋館でそれだけで緊張するが、さらに川瀬は花澄を睨みつけ、小動物のように震えてしまう。
確かに川瀬は美男子だった。ツヤのある黒髪に切れ長の大きな目、高い鼻、綺麗な歯並び。男だが、薔薇のよう派手なルックスで軍服姿もやけに似合う。日本人離れしている顔立ちも、今の時代ではよく目立つだろう。
「俺は妻などいらん」
「は?」
「結婚する気はない。既に離婚したい」
初っ端から宣言され、花澄はさらに震える。
この結婚、一体どうなる……?
不安で胸が押しつぶされそうな時だった。庭から女の悲鳴が響き、川瀬が走った。花澄も彼に続くが、庭には何と死体。
派手な着物の女だ。どう見ても夜の女だったが、彼女の死体を見ていたら、急に前世の記憶が蘇った。
前世ではフローラ・アガターという公爵夫人だった。夫に不倫されていたが、ひょんな事から事件に巻き込まれて、殺人事件を解決した映像が頭の中で瞬時に流れていた。
急に血が騒ぎはじめていた。この殺人事件も自分が解決してみせる???
「旦那さま、私、探偵しますわ」
「は? お前何を言っているんだよ?」
川瀬に呆れられたが、今は胸がドキドキしてたまらない。
そう、虐げられてた没落令嬢キャラは一旦お休みだ。今も毒まみれの妻探偵をやってみたくて仕方ない。
「まあ。やれるもんならやってみろ?」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
「この女は俺の妾の一人だ。あとで詳しい身の上を話そう」
警察も到着し、川瀬も花澄も現場から離れたが、今は新しい事件に胸が高鳴って仕方ない。




