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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第3部・サレ公爵夫人の危険な日常〜お嬢様学園殺人事件〜

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新しい夫婦関係編-6

 結婚記念日当日、朝から大騒ぎだった。夫がこの日の為にケーキを焼きたいと騒ぎ、実際、キッチンもめちゃくちゃにしてしまった。夫が初めて作ったケーキはペシャンコでクリームもベタベタだった。一応食材は公爵家御用達の良いものを使っているはずだが。


 結局、メイドたちとキッチンを修復し、ケーキもフローラが焼き直した。栗のマフィンをアレンジしたケーキで、秋らしい一品になったが。


「なんでフローラはケーキ上手に焼けるんだ? 俺が作ったのは一体なんだったんだ?」


 夫は食堂でしょぼんとしている。食堂はいつもと違い、華やかに飾り付けられていた。今日は結婚記念日という事でフィリスが派手に飾ってくれた。「公爵さま&フローラ奥さん! 結婚十周年おめでとう!」と書かれたポスターまであり、内心少し恥ずかしい。


 食堂のテーブルの上にはご馳走が並ぶ。修復したキッチンでアンジェラが七面鳥も焼いてくれた。他にもサンドイッチや揚げ芋、ソーセージもあり派手だ。フローラが焼いたケーキもある。結婚記念日というより子供の誕生パーティーのよう。食堂のテーブルの端には夫の失敗ケーキも一応置いてあった。どう見ても汚いケーキだったが、フローラはナイフで切り分け、食べてみた。


「まあ、材料は良いものだから、味は悪くないわよ」

「そうか?」

「一応ケーキ焼いてくれてありがとうね」


 フローラは笑顔を見せる。この笑顔は嘘くさいものではなく、本心からの笑顔だった。失敗したとはいえ、ケーキを焼くなんてどういう風の吹き回しだろう。首を傾げたくなるが、失敗したケーキでも十分甘い。材料の分量は間違いてはいない模様だ。


 そもそも今年になって結婚記念日を祝うと言い出した事にも違和感しかない。何か裏があるような気もしてしまうが、ここは素直に笑顔でいよう。夫の左手の薬指にはちゃんと指輪もあり、毎日この家に帰って来てくれている。


 そうは言ってもこの場は全く持ち上がりはしない。部屋は派手に飾り付けられてはいたが、夫婦の会話は盛り上がらない。日常の延長のようなパーティーだった。


「まあ、ケーキ焼くのも難しいんだよなぁ。フローラ、今まで毒味しろとかって悪かった」

「あなた、どうしたの? まるで別人みたい。憑き物が取れたみたい」

「それは、こんな事件があったからね」


 夫は苦笑し、頭をかいていた。ますますこの場の空気は盛り下がっていくが、事件の事を思い出すと仕方ないのかもしれない。


 ダリアもモラーナも逮捕され、無事に事件は解決した。結果的にマリオンは自殺だったが、事件の経緯を見てモラーナのした事はほぼ殺人に該当すると世間では言われていた。


 ゴシップ誌ではさほど騒ぎにならなかった。セシリーの家がストップをかけたからだろう。一方、一般の新聞ではきちんと報道され、マリオンの自殺のついては白警団の責任も追及されていた。コネと汚職組織だった白警団もこれで少しは浄化されそうだ。


「もう合コンなんてしない。こんな変な女達の事件に巻き込まれるとは思わなかった」

「合コンだけ?」


 フローラは夫の失敗ケーキを食べながら目を光らせる。


「い、や……」


 夫はそう言って無言になる。妙な間を作ったが、姿勢を正し、フローラと向き合う。青空のようなブルーの目でフローラを見つめていた。この目は真剣だった。これでも長年夫婦をやっていたので分かる。


「もう不貞もしないよ。約束す、る……」

「変な間を作って言わないでくれる?」


 フローラの口調はきついが、表情は穏やかだった。


「結婚記念日も毎年祝おう。結婚した時約束したじゃないか」

「え、あれって夢じゃなかったの?」


 その約束は夢だとずっと思い込んでいたが。


「夢じゃないよ。だからこうして一緒に祝ってるんじゃないか」

「そうね……」


 ふと、「約束を守るのが愛」という言葉が頭に浮かぶ。もうフローラも感情的な愛情は廃れてしまったが、この約束は守る事が出来そうだ。同時に年老いた時も夫と一緒に結婚記念日を祝っている姿も頭に浮かぶ。幻のような、単なる空想のような映像だったが、不思議と腑に落ちた。


「そうね、約束しましょう。来年も再来年も一緒に結婚記念日を祝いましょう」

「ああ、フローラ。これからもよろしく」


 二人で指切りもした。今日からは新しい夫婦関係になれそうだ。もう感情的なものに囚われなくもいい。意思で約束を守る事が一番大事。その事に気づくと、気持ちも楽になった。現在も夫とは寝室は別々だ。子供が生まれる気配も全くないがそれで良いのかもしれない。ちゃんと約束を守れるのなら。


「という事で私の探偵業もこれで廃業かしらね。三回も楽しませて貰ってあなた、ありがとう」

「いや、なんか嫌味っぽいなー。って言うか、探偵を辞めなくても良くないか?」

「え?」

「変装したり、潜入したり、こんなワクワクする事ないじゃんか。それに俺の作品のネタにもなるぞ!」


 夫が明るく言った時だった。フィリスが慌てて食堂に入ってきた。女王が来客で来たという。


 女王とはマムの事件以来親しくなった。国王も不倫しているので、時々相談に乗ったり、時にはSPと一緒に不倫相手を探す事を手伝ったりもしていた。


 こんな風にアポなしで突然公爵家に来るのは玉に瑕だが、女王の立場的には仕方が無い。お忍びのためか地味なドレスの女王だったが、気品は全く隠せていなかった。


 それに今日の女王はメンタルがかなり悪化中で、国王の不倫について泣きながら訴えている。女王の訴えを聞きながら夫もさすがに同情的だった。


「どうだ、フローラ。女王様の為に探偵続けたらどうだ?」

「あなた、いいの?」

「まあ、籠の中みたいな公爵家にいても退屈だろう。俺の作品にもいい影響がありそうだしな」


 夫の言葉にフローラは深く頷く。


「そうね、あなた。女王様、国王の不倫相手の特徴についてできるだけ詳しく教えてください。私が調べます。極悪不倫女を絶対に捕まえるからね!」


 フローラの明るい声が響き、女王の涙も止まりかけていた。


「ありがとう、フローラ。夫の不倫相手は隣国のスパイの女でね。ハニートラップの疑惑もあって、もしかしたら国家転覆を狙っているのかもしれないの」


 女王の爆弾発言にフローラも夫も言葉を失っていた。単なる不倫かと思ったが、国王レベルになるとスケールが違いすぎる。


 フローラは事の重大さに心臓がドキドキしてきたが、同時にワクワクもしてきた。


「ええ、分かった。協力するわ」


 フローラは笑顔で頷き、女王を励まし続けていた。


 このおかげで結婚記念日パーティーは中断されてしまったが、夫は笑いながら、フローラと女王の様子を見守っていた。


 フローラにとって退屈な日常は遠いのかも知れない。これから始まる危険な日常を想像すると、フローラも笑ってしまっていた。


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