面白い女編-5
夫と二人、王都の北部にある商業地区へ向かっていた。ここでキャロルが万引きしている確率が高く、まずは文房具屋へ行ってみる事にした。
「お、この辺りは肉バルも近いな」
今日の商業地区ではセールをたっている為か人も多く、夫の派手な見目もさほど目立っていなかった。背丈はフローラも高く、頭一つ飛び出てしまったが。
「あなた、また合コンなんてする気では無いでしょうね?」
「ひぇ! そのマム風のメイクで睨まないでくれません? しませんって、もう合コンなんて。こりごりだよ」
それは事実上、もう不貞や不貞に繋がるような事をしないという言葉なのだろうか。
「つまり、もう家に帰って来てくれるの?」
夫はそれには答えず、目も泳いでいた。一応浅く頷いてはいたが。
「ところでフローラ。もうすぐ……」
「え、何? あ、見て! あそこにキャロルがいたわ。文房具屋に入って行くじゃない」
夫が何か言いかけたが、今はとにかくキャロルを捕まえるのが先だ。フローラ達は人混みに紛れつつ、文具店に入った。商品の棚に隠れながら、こっそりとキャロルの背中を見つめていた。
「いや、フローラずるく無いか?」
「何がずるいのよ?」
「こんな楽しい事件調査していたなんてさ。俺もやりてーよ」
夫の目は子供のように輝いていた。事件調査が面白くて仕方ないらしい。
「俺も変装とかしたいよ。こんな楽しい事やってたんか。ずるいってフローラ」
「そんな楽しい?」
「おお、人の跡つけるとかワクワクするな」
こんな楽しそうに笑う夫は久しぶりに見た。フローラは言葉も出なかった。惚れ直しそうとは決して言葉にしないが、夫はこんな無邪気な人だったのだろうか。
まだまだフローラは夫について何も知らないのかもしれない。いや、深く知ろうともしなかったのだ。無関心だったのかもしれない。フローラは今、サレ妻になってしまった理由を悟ってしまう。同時に何か大切な事を忘れているような気がしたが、うまく思い出せなかった。
「フローラ、何、考えてるんだよ」
「い、いえ、別に」
「よし、この体験も作品のネタにするから。そう思うと余計に楽しいよな。今の我々は自由さ」
「自由?」
その言葉はフローラにとっては縁のないものだと思っていた。貴族として色々な縛りがあるのは当然だと思い込んでいた。
「ああ、自由だよ。もう籠の中にいなくて良いのかもな」
「そう……」
隣で笑う夫の目を見ながら、この人も貴族のしがらみに縛られているのだろうと察した。そしてその気持ちを理解出来るのも、フローラしかいないのかもしれない。感情的な愛情はすっかり廃れていたが、理性や意志だったら夫の事も理解できそう。ふと、そんな希望が胸に湧いてきた時だった。
「あ、あなた見て。キャロルが鉛筆をカバンに入れた!」
「俺も見たぞ」
夫が大きめな声を出したせいだろうか。振り返ったキャロルはフローラ達とバッチリと目が合った。
「な、何でここに公爵夫婦がいるのよ」
キャロルはそう呟くと同時、人混みをかきわけ、あっという間に逃げていく。
「待ちなさい!」
フローラも走る。
「待てよ!」
夫も走り、フローラを追い抜いていく。キャロルも足が早かったが、夫も全く負けていなかった。キャロルは商業地区を抜け、学園の方まで走ったが息絶えていた。結局、夫にあっさりと捕まってしまった。
「何なのよ、この人達……」
キャロルは学園に目の前でうずくまり、もう何も言えないようだった。
「お前、万引き犯だな。俺は見たぞ!」
夫は無邪気に笑っていたが、フローラは全く笑えない。こうして万引き犯を捕まえられたのは良いが、これからどうしよう?
「あらま、あんた達何してるの?」
ちょうどそこの学園の掃除婦・ララが通りかかった。いつものように作業着で片手には箒を持っていたが、この状況を見て色々と察したらしい。箒の先でうずくまっているキャロルをつっつくと、ケラケラ笑っていた。
「こいつは万引き犯だね。よし、まずはうちのスタッフルームに連行して吐かせようじゃないか。ひひひ!」
これには夫も引いていた。まさかララがこんなゲスい目をするとは、フローラも予想外だったが。
「もう、何この人達。何なのよ。一体何が目的なのよ……」
キャロルの弱々しい声が響いていたが、ララは一切無視し、彼女をスタッフルームまで連行して行った。
フローラも夫もララの後に続くが、この場はララが活躍するだろう。そんな予感がしていた。




