面白い女編-3
フローラは王都の西の外れの道を歩いていた。この辺りは貧困街も近く、庶民の家もボロボロなのが多い。
あれから夫はモラーナのゴーストライター疑惑を調べる為、出版社へ向かっていた。一方、フローラはモラーナの自宅周辺の聞き込みをする為、バスケットに栗のマフィンをつめてここにやってきた。夫とは昼過ぎぐらいに出版社に落ち合う予定だった。
今日もフローラは庶民風のワンピースを着込み、メイクはマム風にしてみた。マムのメイクは夫は嫌がったが、「フローラ様の言う事は何でも聞きます!」と言い、出版社に行ってしまった。冗談だろうが、夫はこのメイクは急所らしい。
「しかし、モラーナの家はボロいわね。本当に作家の家?」
フローラはモラーナの家を見上げた。二階建ての木造のアパートメントだった。築半世紀以上経っていそうだ。壁や屋根のペンキは禿げ、天候が荒れている時は、確実に雨漏りしそう。
今は出版業界が花盛りだ。小説はもちろん、図鑑やゴシップ記事の出版物も多く、印税もなかなか良いらしい。打ち切りとなれば作家業も難しくなるが、モラーナの小説の売れ行きだったら、もう少し良い場所に住んでも良さそうだが。
モラーナはセシリー、マリオン、ダリアを脅していたと思ったが、それで得ている金品はなさそうだ。ここまでボロい家に住んでいるとなると、少なくとも脅しで金は得ていないだろう。
「だとしたらモラーナは何を得ているんかしら?」
脅しなどしていない可能性もあるが、まずは聞き込みだ。フローラはアパートメントの管理室に出向いた。
フローラはゴシップ誌の記者と言い、管理人からモラーナの評判を聞いてみた。管理室は狭く、初老の管理人も最初は嫌がっていたが、栗のマフィンを渡すと、コロっと態度を変えた。
「うまそうなマフィンだな。良い臭いだ」
管理人はシワっぽく笑い、マフィンに齧り付く。この男も庶民だろう。マフィンの食べ方は綺麗ではなかったが、フローラは優しげな表情を見守った。
管理人室の壁にはカレンダーも飾ってある。カレンダーを見ていたら、何か思い出しそうになったが、ピンとこない。何か今月にありそうな記憶があったが……。
「それでモラーナの事を調べてるんか?」
「あ、ええ。実は人気恋愛小説家として記事にしようと思っているんです。良い評判をできれば知りたいのですが」
フローラはさらに優しげに笑顔を作った。元々悪役女優顔だったが、マム風のメイクのおかげでだいぶ表情が柔和に見せられる。
「いや、あの子に良い評判は、別に」
栗のマフィンを食べている時と違い、管理人は歯切れが悪そうだった。
「困りますわ。良い評判を書きたいんです」
「いや、あの子はな。俺は昔からあの子を知っているが、芋臭い見た目で虐められた」
「まあ」
「それだけだったら良いが、あいつはプライドが高い。美人な子や頭が良い子を逆恨みし、先生に告げ口とかしてたよな。正直、友達がいないのもさもありなんというか……」
他にも管理人に聞いてみたが、モラーナの評判は著しく悪かった。家賃も滞納する事が多く、決して金持ちではないらしい。服装やメイクはセシリーの真似をしている為、お金が無いと言っていたらしいが。
「誰かの真似したって無駄なのにな。結局は、ありのままの自分を認めないと、誰にも愛されないと思うんだ」
「そうね……」
マム顔の今は管理人の言葉が痛い。
「誰もモラーナの代わりなんてできないよな。本当は世界で一人しかいない人間だ。誰かの真似なんてしなくて良いのにな」
「そうね……」
管理人の言葉はさらに耳が痛い。やはりもうマム風のメイクは辞める事に決めた。
「ありがとう、管理人さん。モラーナの記事は書けそうにないわね」
「いや、良いんだよ。記者さん、頑張ってな」
その後、モラーナの家の周辺を聞き込したが、子供の頃からいじめられっ子。その癖プライドが高く、人の足を引っ張るような事もするので、友達もゼロという評判しか聞かなかった。
気づけば時間になり、フローラは馬車に乗り込み、夫と待ち合わせしている出版社に向かう。
馬車に揺られながら考える。結局、モラーナが脅しをしていた証拠は見つけられなかった。その代わり、友達がいない事とプライドだけは高い事が判明した。それはフローラの予想通りではあったが、そこから導き出せる答えは?
「そうか。モラーナは脅しでお金は得ていない。おそらく友達と名誉を代わりの得ていたんだ……」
セシリーやマリオンへの脅しで友達、ダリアへの脅しで名誉を得た。
「それでマリオンと揉め、襲った……。マリオンもモラーナを恐れて庇った。自分だけでなくセシリーやダリアの秘密が漏れる可能性もあるもの」
筋は通る。確かに物的証拠は何一つないが、マリオンを襲った犯人はモラーナと見て間違いないはず。
「モラーナが夫を奪おうとしたのも名誉欲か……。そんな理由で夫は絶対に渡さないから」
一人馬車の中で呟き、フローラは拳を強く握っていた。




