潜入調査編-2
フローラ達はあれからトイレ掃除をし続け、全て綺麗になった。寮のトイレを掃除した時はダリアと鉢合わせしそうになり冷や汗が出たが、ララのアシストもあり、どうにか山場も乗り越え、今は学生食堂で休憩中だ。
もう昼も過ぎていたので、生徒も教師もいなかった。学園の方もしんとしていて授業中だという事もわかる。
ここまでコンビを組んだララは趣味のダンスの練習があるとさっさと帰ってしまった。「フローラ、頑張りな。夫の濡れ衣を何とかできるのは奥さんだけだ」と励まされ、トイレ掃除で疲れているはずなのに、心は元気だった。
学生食堂で格安で買ったチーズのパンと豆のスープも美味しい。汗もかいたのでスープの塩気が身にしみた。後者夫人として家に引きこもっていたら、こんなスープは飲めなかっただろう。事件に巻き込まれ大変な今だったが、塩気の多いスープを飲んでいたら、元気が出てきた。
「奥さーん! 私もお昼ご飯食べますよ!」
フィリスもやってきて二人で座って食事した。フィリスは賄い飯のハンバーグ丼を食べていたが、これもなかなか美味しそう。少し交換して食べてみたが、美味しい。公爵家では高い肉や魚も食べていたはずだが、癖になりそう。貴族達が貧乏人のコスプレをし貧困街に潜入する遊びも流行っていたが、今はその気持ちも分かる。庶民のささやかな幸せは、どう逆立ちしても貴族には得られないという事か。
「奥さん、美味しそうに食べますねー。まあ、実際美味しいですけど」
「ええ。まさか労働した後の食事がこんなに美味しいとは知らなかった」
「すっごい笑顔。この笑顔みたら、公爵さまも惚れ直すんじゃないですか?」
フィリスは揶揄ってきた。その確率は限りなく低そうだが、フィリスなりに励ましてくれているのだろう。フローラは頷き、グラスの水を飲むと、今日得た情報について共有する事にした。
フィリスの方はダリアやモラーナの噂は手に入らなかったが、今、学園ではキョロルという子がマドンナ化され、下級生に憧れの的となっているという。昼も学生食堂でキャロルが人気者だったという。
「キャロル?」
その名前はトイレ掃除をそている時にも聞いた。確かダリアの小判鮫になっているとか。すぐにその事をフィリスにも報告。
「どう思う、フィリス? ダリアは生徒を脅している?」
「あり得ない話ではないですね。キャロルって子すっごい美人だったんですよ。あんな地味優等生タイプのダリアの言う事聞きます? 何か弱味を握られているのでは?」
フィリスの言う事は筋が通る。しかし、この事は事件と関係があるか不明だ。モラーナもマリオンやセシリーを脅していた疑惑があったが、何か関係があるのだろうか?
「分からないけど、ダリアもモラーナに脅された。で、同じ手口を使って生徒達も脅して手下にしてた。筋は通りません?」
「でも証拠はないわよ。そもそもダリアも脅されていたとすれば、そのネタは何?」
ダリアは見たところ隙のない優等生だ。確かに夫の小説のファンで変な所もあったが、脅されるような事でもない。単なる個性だ。だとしたら、人に言えないような秘密のはずだが、薬等をやるようなタイプにも見えない。
ダリアについて今まで知った情報を思い浮かべるが、ピースの方向が全部バラバラだ。一枚の絵を作ろうとしても、絶妙にハマらない。他の絵のピースが混じっているような気もしない。まだまだパズルのピースが足りない。決定的なピースの一つが抜けているような違和感がする。
「あ、ポリー! こっち来なよ!」
フローラは考え込んでいたが、フィリスはニコニコと手を振り、誰かを呼んでいた。ポリーという女で学生食堂で働いているらしい。
「こんにちは。フィリスから事情を聞いているわ」
ポリーはにこやかに笑う。地味な女性だったが、年齢は二十五ぐらいか。ちょうどマリオン達と同じぐらいかと思った時、ポリーもこの学園出身でマリオン達と同学年だと告白した。
「マリオン達ってどんな生徒だった?」
これは当時の事を知る貴重な人物だ。フローラは身を乗り出し質問してしまう。
「マリオン? ああ、あの子はセシリーっていう美人と仲良しだった。二人とも案外サバサバしたタイプだから気が合うみたい。容姿もいいしね」
「モラーナはどう?」
フローラがモラーナの名前を出しと、ポリーは苦笑していた。明らかにバカにしているような笑み。
「あの子はセシリーのストーカーね。害悪ファンと言っても良いかもしれない。セシリーに憧れて真似ばっかりしてた。当時から笑い者だったよ」
ポリーは笑いを噛み殺していた。地味な女だが、中身はそうでもなさそう。
「ダリアは?」
今度はフィリスが聞いた。
「うん、あの子は典型的な優等生。学年トップだった。だから何であの四人が仲良かったのか当時から疑問だったんだよね。どう見てもタイプバラバラ。セシリーとマリオンは分かるんだけど、他はね?」
同じ出身のポリーにも不思議がられていた四人。やはりこの四人に何かがありそうだ。フローラとフィリスは顔を見合わせて頷く。
「あの四人は演劇同好会っていう部活も作ってたな。単に劇を見て評論する部活だったみたいだけど、今でもあるのよ。ちょっと行ってみたら?」
フローラとフィリスはすぐに学園の部活塔へ出向き、演劇同好会の部室へ。もうすぐ授業が終わりそうなのでろくに見られなかったが、当時の同人誌や文芸冊子も見つけ、それだけ持って出てきた。
「まあ、これは後で確認しましょう。フィリス、公爵家の書斎へ置いといて」
「ええ、奥さんわかりました!」
こうして第一日目の潜入調査は終了し、アンジェラが待つ公爵家に帰ろうと裏門へ向かったが。
「ちょっと、奥さん。あっちの聖母像の方見てください。ダリアがいますよ」
フィリスが指差す方向にはダリアがいた。修道着姿のダリアは余計に固い優等生に見えたが、コインを聖母像に投げつけると、長々と祈っていた。
フローラたちは木に隠れてそんなダリアを見ていた。確かこの学園には聖母像にお祈りすると願いが叶うという噂があった。若い生徒達が信じるのは仕方ないが、寮長のダリアが祈る理由はなんだろうか。
聖母像に祈るダリアの顔は暗かった。まるで何かに追われているような顔。必死に祈り、藁をも掴む思いみたい。世界平和や隣国の終戦を願っているようにはとても見えない。病気、お金、人間関係のどれかを祈っているのだろうか。
「フィリス、ダリアは何を祈っているのかしら?」
「うーん『マリオンの件がバレませんように』じゃない? そうだったら面白いよね」
フィリスはダリアの横顔を見ながらニヤニヤしていたが、確かにそんな顔にも見える。
「ダリアがマリオンを襲った?」
分からないが、聖母像も元々は単なる石だ。一ミリも動かない。まるで必死に祈るダリアを小馬鹿にしているようにも見えてきた。




