潜入調査編-1
翌日、フローラは聖マリーローズ学園の裏門の前にいた。
表門と違い、全く派手ではなく、職員や業者が出入りしているのも見える。職員といっても教師は事務職は表門から入るようで、清掃や学生食堂、庭師などの職員専用の門らしい。当然ここからは派手な聖母像も見えず、生徒も一人もいない。
「奥さん、潜入調査なんてドキドキします!」
フローラの隣にいるフィリスは、興奮が抑えられないようで、目を子供のようにキラキラさせていた。いつものメイド服ではなく、作業着姿。念の為、フィリスもメガネをかけて変装していたが、ものの見事に野暮ったい田舎娘らしい。
一方フローラも変装している。この学園の寮長であるダリアには顔が知られているので、そこは慎重に行くべきだった。眉毛を太めに描き、アイラインも太く濃くし、チークも濃い赤を選び、赤毛のカツラもつけた。フィリスと姉妹のような田舎風の女に化けたが、背筋はピンとはり、公爵夫人らしい仕草は隠せない。前にもフィリスと聞き込みをした時、変装をしたが、そこは上手く隠せなかった。
「奥さん、もう少し猫背にしてみましょ。あとは、言葉遣いも少し雑にすれば完璧では?」
「そうかしら?」
「それにしても潜入調査なんてワクワク!」
フィリスはフローラい以上に楽しんでいるようだった。他人事だから余計にそうなのだろう。そうは言ってもフローラも薄笑いを浮かべている。本心からも笑みでもある。貴族の女の子としては、庶民のフリをするのも一種の楽しみかもしれない。
数年前、貴族界隈で貧乏人のコスプレをし、貧困街に潜入する遊びが流行っていた。当時は何と言う悪趣味かと思ったが、気持ちは分かる。貴族は恵まれてはいるが、日常は平坦でもある。そこにちょっとした刺激を追い求めてしまうのだろう。
そこへ潜入調査で世話になるララという女が門から出てきた。ララはシスター・マリーの知り合いでもあり、事情を相談するとあっさり受け入れてくれた。この学園で掃除を担当する大ベテランの女で、年齢も五十五歳と聞いていたが、もっと若く見える。作業着姿もよく似合い、足腰もどっしりと逞しい。金髪のショートカットは野生味も感じさせる程で、目も大きく、逞しい雑草のような雰囲気。実際、この学園の職員達でダンスグループを作り、プライベートでも精力的に活動しているという。
「フローラ、フィリスかい。じゃあさっそく潜入調査とやらをしようじゃないか」
ララは少々ゲスっぽい目を見せながら、テキパキと指示を出す。フィリスは学生食堂へ潜入調査へ。一回フィリスは学生食堂でも聞き込みをし、その職員とも仲良くなっていたので、その方が良いだろう。フィリスは腕まくりをしながら、ドタバタと走って学生食堂の方へ行ってしまった。
一方、フローラはララと一緒に仕事をしながら、潜入調査をする事に。
まずは学園の内部に出向き、一年の女子トイレから掃除していく事になった。
潜入調査だからといって仕事の手を抜くつもりはない。フローラは掃除用の手袋をつけると、汗をかきながら便器や床を磨いていった。
「おお、フローラ。お前さん、本当に貴族かい? 手つきがプロだよ。よく綺麗に磨かれてるじゃないか」
これにはララも驚き褒めてくれた。こんな汗だくになる公爵夫人がどこにいようか。これも夫の濡れ着を晴らす為だと思うと腕や腰にも力が入ってしまう。確か匂いや汚物の処理はしんどかったが、思えば公爵家でも家事をやっていた。ブラック公爵家として人手が足りなかた声せいではあったが、まさかこんな所で活きるとは。貴族としては汚点のように思っていた事だが、人生何が役に立つかわからない。
「フローラ、大丈夫かい。貴族の奥さんが無理するんじゃないぞ」
「ええ、大丈夫よ」
「よし、それならどんどん仕事しましょ!」
ララに励まされ二年生や三年生のトイレも磨き上げていく。
三年生のトイレ清掃も夢中でやっていたが、休憩時間の為、生徒が何人かやってきた。
「フローラ、こっちにお入り!」
「え、ララ何?」
急にララに手を引かれ、トイレの掃除用具を置いてある小部屋に連れていかれた。モップや箒、洗剤のストックもあり、二人入るとギュウギュウ詰めだ。
ここでララは声のボリュームを落として言った。
「トイレは女の花園だよ。必ず良い噂話が聞ける。しばらくここに隠れて生徒達の噂話を聞こうじゃないか」
すぐ側にいるララはいつも以上に目が細くなり、ゲスい。ほうれい線あたりもピクピクとし、笑いを堪えているようだった。
「そ、そうなの?」
これにはフローラも引いたが、確かに女達のトイレは悪口や噂溢れる環境だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「そうだよ、フローラ。私だってトイレでカンニングした事を話している生徒を見つけて学年主任に突き出した事があるぞ」
「まあ、そこまでするのね」
「とにかく耳をすまそう」
こうしてララと二人で生徒達の会話をコッソリと聞いていた。
最初は生徒達も他愛のない話をしていた。体育の授業が面倒とか、マナー講座で食べる高級料理が楽しみとか、家庭科の授業で作る刺繍のデザインとか。
しかし鏡を見ながらメイク直しをしている生徒達は悪口を始めた。
「寮長のダリア先生ってウザくね?」
「わっかるー! ウザいよね」
どうやらダリアは生徒に嫌われている模様。見た目は清楚なお嬢様だが、中見は決してそうでもなさそうだ。前にこの学園に来た時もダリアはあまり好かれては無さそうだったが。
「でもキャロルはダリア先生の小判鮫になってるよね。何でダリア先生って小判鮫を顎で使ってるの?」
「さあ。キャロルもダリアに脅されてるんじゃね?」
「あの噂ってマジなん?」
「さあ、でもダリア先生は敵に回したくなーい!」
ここでちょうど予鈴がなった。
生徒達はキャッキャとはしゃぎながらトイレから出ていく。
フローラやダリアも一旦外に出て掃除を再開したが。
「ララ、ダリアって良い噂ないの?」
「まあ、正直嫌われてはいるね」
ララは苦笑していた。
「あの生徒達が言うように、小判鮫みたいな生徒がいるんだよ」
「本当?
前に来た時も似たような噂を聞いたが。
「ああ。ダリアは一見優等生タイプなのにな。だからダリアは生徒達を脅して手下の生徒がいるんじゃないかっという噂がある」
ララは相変わらず目を細めながら教えてくれた。
ダリアに悪い噂がある。これはマリオンの事件に関係があるのだろうか。分からないがダリアも臭う。無視する事はできなかった。




