殺人事件編-1
男はか弱い女が好きです。とにかく男の前では、ぷるっと震えたり、弱い女の子を演出しましょう。か弱いうさぎのキャラを作ると良いです。
でも、弱いだけじゃダメだから時々、仕事がんばってますアピールも忘れないでね。それに、何か男性に助けてもらったら大袈裟に喜びましょう。
弱いキャラ→たまに健気に頑張る→助けてもらう→大袈裟に喜ぶ。このルートをマスターすれば、あなたも悪魔のような恋愛マスターよ☆ さあ、頂きお嬢様になってオジさん達をたぶらかしましょうね!
(クリセンセサム著「悪魔な恋愛カウンセラーの極悪テクニック」より引用)。
ここは馬車の中だ。これから夫とともに貧困街の障害者施設へ向かっていた。公爵家は、こう言った慈善活動も仕事の一つだった。貴族の社会的責任でもあったりする。
あれから何日か経過したが、脅迫状は相変わらずだ。別にマムは占い通りになる事もなく、嫌な予感も杞憂だと判断していたが、夫の不貞も相変わらずで、慈善活動の日になり、こうして馬車に乗って移動中だ。
相変わらず夫は不機嫌で、馬車の中は冷蔵室より凍った空気だったが、急に揺れた。おそらく、道の石にでもぶつかったんだろう。都は道も整備されていたが、庶民のいる郊外はそうでもない。貧困街となると、もっと酷いだろう。馬車が大きく揺れるのも、想定の内だ。
ふと、フローラはマムが書いた恋愛テクニックを思い出した。自分も弱い女を演出し、助けて貰い、大袈裟に喜んだら、夫の気持ちも返ってくる?
浅知恵だったが、今の夫はマムに夢中らしい。別邸からはマムへの愛を綴ったポエムも見つかった。そうだ、この恋愛テクニックを使ってみよう。試してみる価値があるか?
見た目は悪女のようにキツく、中見もメンヘラで拗らせていたフローラだったが、夫に対しては健気だった。これで夫の気持ちが返ってくるなら、藁をも掴む思いだ。
「きゃ、きゃあああ。馬車が揺れたわ、こ、こわーい!」
フローラはわざとらしく怖がったが、馬車は普通に運行していた。なんか、妙にタイミングが悪かったような?
夫は当然の如く無視。馬車の窓の外を見ながら、舌打ちまでしている。悔しいが、美男子の夫が舌打ちをすると、そこそこ絵になってしまう。
一方、フローラの顔は真っ赤だ。必死に弱いキャラを作り、ぶりっ子をしたのに、反応はしらーっとしたもの。完全に滑った。寒いギャグを連発しているコメディアンになった気分だ。
失敗だと思ったが、また馬車が揺れた。今度はすぐに「こわーい!」とぶりっ子してみた。タイミングもバッチリだ。この作戦は上手くいくはず。
「お前、何やってるわけ?」
「え?」
「どうせ何か、恋愛もお勉強したんだろ? 恋愛テクニックもお勉強して実践すれば、俺の心も返ってくると思ってないか?」
鋭い。全くその通りだった。フローラの浅知恵は、とっくに見抜かれていた。その恋愛テクニックするフローラの動機も見抜かれているようで、居た堪れない。夫の目は冷ややかだった。それだけでフローラの体温も下がっていきそう。
「それに俺は、男だとか公爵というカテゴリーで判断されるのも嫌い。もし俺が無一文の弱者になったら見捨てられるんだろうしな。男は全員恋愛テクニックで誤魔化せると思ってる? そういうのって小手先って言うんだぜ?」
夫の言う事は、いちいち正論だった。ぐうの音も出ない。確かに小手先だった。藁をも掴む思いでした事が、全部裏目に出てしまったよう。自分が悪いのだが、フローラは胃がキリキリしてきた。
「でもあなた、マムからの恋愛テクニックはほいほい犬のように楽しんで受けているんでしょう?」
マムの名前を出したら、夫の顔は凍りついた。妻にマムの事がバレているとは、全く気づいていなかった模様。
「調べたんか。よくやるな。と言っても、不貞の決定的な証拠もないだろう」
「そうね」
「マムは作品の取材相手なだけだよ」
あくまでも無罪で通そうとする夫に、ため息しか出ない。
再び馬車が揺れた。ガタガタと大きめの音が響くが、フローラはしれっと無表情。
「おお、怖がったりしないのな?」
「ええ、こんな事では怖がりませんよ。だいたい道が悪いのよ。今度役所の人間にクレームでも入れようかしら」
「さすが公爵夫人だな」
なぜかいつも通りにしていた方が夫の評判が良かった。今はクスクス笑ってもいる。
何あの恋愛テクニック本!
恋愛成就どころか、逆効果だ。さすが不倫をしている女が書いただけある。「呪いの厄病恋愛テクニック本」というタイトルに変えた方がいいだろう。ある意味「悪魔の恋愛テクニック」というのは、間違いでは無い。
「さあ、ブラッドリー、着きましたよ。人前では、仲の良い夫婦を演じてくださいな」
「ああ、わかってる」
二人とも張り付いたような笑顔を浮かべ、馬車から降りていた。




