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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第3部・サレ公爵夫人の危険な日常〜お嬢様学園殺人事件〜

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殺人事件編-5

 秋の収穫フェスの日がやってきた。空は綺麗な秋晴れだ。祭りとピッタリな天気だろう。


 夫は相変わらず合コン三昧だったが、フローラ、フィリス、アンジェラもフェスにでかけていた。一応はモラーナやマリオンの聞き込みもする予定だったが、会場につくと気が変わる。


 会場は肉やパン、菓子などの屋台が溢れ、特設ステージの方からはダンスや歌が響く。人も溢れ、活気に満ちた場所だった。祭りの客はコスプレをしているものも多く、貴族達も普段の鬱憤ばらしをしているようだ。


 これにはフィリスもアンジェラも大興奮で仮想ブースに行き、着替えていた。フィリスはゴスロリ、アンジェラはゾンビにコスプレをし、もはや誰が誰だか全く分からない。


「奥さんはコスプレしないんですか?」

「しませんよ」


 フィリスにはコスプレするように勧められたが、こういった仮装パーティーは貴族界隈で良い噂は聞いた事がなかった。いつも通りの地味なドレス、髪を纏めただけのシンプルな服装で会場を見て回る事にした。


 興奮気味のフィリスやアンジェラとは別行動に決めた。いつもは冷静なアンジェラも大声で解く説ステージに声援を送っている。祭りの魔力にみんな操られているようにも見えたが。


 この騒ぎの中、モラーナ達の聞き込みをするのは難しい。一応劇場周辺で何人か声をかけたが、吸血鬼やゴスロリに変身している人達になかなか声がかけづらい。


 先日行った、聖マリーローズ学園の職員達のダンスグループもステージに立っていた。全員妙齢の女性達だったが、キレキレのダンスに会場は興奮状態になり、祭りの魔力にみんなが狂ってしまったようだ。


「ああ、疲れたわ……」


 この人だかりにいるだけでもフローラは疲れてきた。ジュースだけ屋台で買い、休憩所のベンチに腰掛ける。ジュースを口に含むと、少しは落ち着いてきたが、ふと顔を上げると人混みの中で知った顔を見つけた。セシリーとアドルフ夫婦だった。二人ともコスプレはせずステージに熱中していたが、すぐに人混みにかき消されて見えなくなってしまった。


「まあ、当初の目的を果たしましょうか。メイクアップアーティストのマリオンの所へ行きましょう」


 ジュースを飲み干すと、フード系の屋台とは反対方向に足を進めた。こちらも人混みで歩くだけで息が上がるが、雑貨や衣装販売、占いや人生相談のブースが並ぶ。その隣にマリオンのそっくりメイクのブースがあった。人気のようでコスプレ目的の客で行列ができていた。


 フローラも最終尾につき並んだ。このフェスでは貴族も一般庶民も平等に楽しもうというコンセプトがある。ここで貴族特権を使って列を無視する事は難しいだろう。フローラの性格的にも無理だったが、占いのブースの方でモラーナが入っていくのが見えた。


 モラーナは頭にツノ、差し歯をつけ吸血鬼のコスプレをしていたが、あの芋臭さは隠せない。


 モラーナを追うか、このままマリオンに会うか。悩んだが、列はもうすぐだ。結局マリオンのブースに行くことにした。


 ブースに入ると絵の具箱のような色とどりの化粧品や大きな鏡が目立つ。かつらや帽子も置いてあり「憧れの人物にそっくりになれる!」というポスターも貼ってあった。


「ごきげんよう、マリオン」

「げ、何しに来たんだよ」


 最初は笑顔だったマリオンだが、短い髪をかきむしり、フローラを睨みつけていた。


「メイクして下さいよ。お代は上乗せして支払いますわ」


 一方フローラは貴族らしく薄っすと微笑んでみせた。


「あなたのメイクの腕は素晴らしいと聞いたわ。ぜひそのテクニックを見せてちょうだい」


 全くそんな事は思っていなかったが、腹の底と言葉が一致しない事は貴族ではよくある事だ。


 フローラはマリオンの許可なども得ず、椅子に腰掛けた。目の前には大きな鏡もあり、フローラの嘘くさい笑顔を映していた。


「っち。わかったよ。サレ公爵夫人はどんなメイクをお望みか?」


 マリオンは観念し、フローラに肩にケープを被せた。


「そうねぇ」


 鏡を見つめていたら、なぜか夫の暴言の数々を思い出す。


「フローラは顔だけの女!」

「顔だけのつまんねー女!」

「辛気臭い顔見せるな!」


 どれもマムの事件も前に言われた言葉だったが、鏡を見ていたら思い出してしまった。隣にいるマリオンが怖い顔を見せているのにも関わらず。


「私の顔、本当に悪役女優みたいね」

「性格も悪いだろ? いっそ、悪役女優に転向したらどうだ?」

「そう言われてるけど、さすがに公爵夫人では無理ね。あ、あなたマムのファンだったじゃない? マムそっくりさんのメイクって出来る?」


 マリオンは顎が外れそうなほど驚いていた。


「あんた、マムは死んだ女だぞ? しかも旦那の愛人だった女だぞ? どういうつもりだよ、何企んでる?」

「何も企んでないわ。ああ、マムみたいなメイクしたら夫の心も返ってくるかしら?」


 鏡の中のフローラは相変わらず穏やかに微笑んでいた。


「ねえ、マリオン。マムのメイクをしてくれない? 私も一度極悪な愛人のようなメイクをしてみたいわぁ」

「うるさいな。わかったよ、マムそっくりメイクすればいいんだろ?」


 その後のマリオンの手つきは素早かった。ベースを整えると、手際良く下地を塗り、粉を叩く。


 次に眉毛やアイシャドウ。眉毛は全くマムと同じ形だった。これだけでも似てしまう。悪役女優顔の影がだんだんと薄くなっていく。チークや口紅の色も全く同じで鏡の中は、フローラの影が消えてしまった。確かに顔の輪郭、目の形は別人だったが、メイクだけでもそっくりになってしまう。眉毛は顔の印象をだいぶ左右するらしい。


「あら不思議。死人が蘇ったみたい」

「悪趣味だな!」


 マリオンは吐き捨てた。マリオンも性格が悪そうだが、メイクの腕は確からしい。時々手つきは雑で粉をよく床に落としてはいたが。


「これで夫は家に帰ってくると思う?」

「うるさいな。メンヘラみたいな事するなよ、気持ち悪い! もう気分悪いからしばらく休むわ」


 マリオンはさらに不貞腐れ、フローラを無理矢理追い出した。そっくりさんメイクのブースも「休憩中」という看板を出し、閉じてしまった。


 追い出されたフローラはバックから手鏡を取り出し、再び自分の顔を眺めた。


 そこには憎い愛人風の顔がある。


「はは、帰ってきてよ、ブラッドリー……」


 鏡を見つめていたら、夫の不在をなぜかくっきりと感じてしまう。


「ねえ、あなた。これで帰って来てくれる?」


 フローラのその声はステージの歌声や音楽の音にかき消されていた。

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