殺人事件編-3
王都の北部にある聖マリーローズ学園は、門を入るとすぐに大きな聖母像があった。
「奥さん、あれは聖母像です? あんあのは田舎では見たことないよ!」
フィリスは若干興奮気味だった。モラーナよりはマシとはいえ、典型的な田舎娘だ。都にあるお嬢様学園にも好奇心いっぱいなのだろう。
劇場を後にしたフローラ達は、この学園へ。合コン女の一人であるダリアが寮長として務めている場所だ。この学園はシスター・マリーとも関係が深く、そのコネで潜入する事ができた。劇場の時と同じく、今回も二手に分かれるつもりだ。
フィリスは清掃や食堂のスタッフに聞き込み、フローラは寮長室へ行くことが決まっていた。驚いた事に、ダリアから直接寮長室へ来て欲しいと頼まれていた。連絡を取り継いだマリーは不思議そうだったが、行くしかない。
時間はちょうど昼過ぎ。校舎の方から生徒達が出てきた。紺色のセーラー服状の可愛い制服で、目立つ生徒もいるようだ。取り巻きができているのも見える。もしかしたらセシリーも目立つ生徒で、モラーナが取り巻き。モラーナが勝手に友達認定していた可能性も高そうだ。
そんな生徒達も聖母像の前につくと、願い事を呟き、コインを投げていた。
フィリスはそんな生徒達を見て首を傾げていた。
「ねえ、あなた達何してるの?」
田舎娘らしく単刀直入に聞いていたが、生徒達は意外にもフレンドリーだった。
「聖母像に願い事すると叶うんです。キャハハ!」
生徒達はそう笑うと、走って校庭の方へ遊びに行ってしまった。確かに聖母像の足元にはコインが何枚も散らばっていた。
「聖母像にそんなパワーあるんですかね? 奥さんもコイン投げてみたらいいんじゃないですか?」
「何を願うのよ?」
「あ、私は食堂やトイレに行って色々聞き込んできます!」
フィリスは慌ただしく校舎の裏側の方へ行ってしまった。
「馬鹿馬鹿しいわ。そんな願い事なんてあるわけない」
かくいうフローラも夫に不倫されていた新婚当初、魔術師の呪いや祈祷も頼んだ事があったが、全く効果はなかった。むしろ夫の不貞は度重なる一方だった。マムの事件もあり、非科学的な事は余計に嫌いになっていたが。
フローラは聖母像から離れると、学生寮の方へ向かった。学園は校舎が東西南北に四つブロックがあったが、寮はすぐに見つかった。広い校舎とは裏腹に寮自体はこじんまりとしたものだった。全寮制ではなく、親元から通っている生徒も多いそうので、そんなものだろう。
寮はしんと静か。校舎から離れていないはずだが、今は生徒もいないので、そんなものだろう。公爵家のように調度品や絵画などもんなく、シンプルな木造の寮だった。まだまだ新しい建物なので綺麗だったが、すぐに寮長室が見つかり、ノックした。
「どうぞ」
中からダリアの声がした。静かな寮ではやたらと目立つ声だ。大きく女性の割に低め。
「ごきげんよう、寮長のダリア」
フローラは再びわざとらしく公爵夫人風の笑顔を作り、挨拶をした。
「ええ、ごきげんよう」
ダリアは修道着だった。髪は全部隠され、全身白づくめ。メガネをかけている事もあり、固い優等生的な印象だ。セシリーはともかく、モラーナやマリオンは劣等生的タイプなので意外だ。もっとふざけた感じの女をイメージしていた。なんせあの夫と面識がある女など、普通の優等生タイプは少ないはず。
そうはいっても、フローラも修道院で躾された過去がある。フローラも若い頃は優等生タイプではあった。ダリアには親近感はもてた。
「栗のマフィンを焼いてきたんです」
「ま、嬉しい。隣の応接室へどうぞ。ゆっくり話しましょう」
ダリアに案内され、テーブルとソファにある応接室へ。といってもパーティションの仕切りあるので、寮長室の一部という感じだった。寮長室は本棚が多く、その中見はファイルされた資料も多い。おそらく仕事で使っているものだろう。
ダリアはお茶も持ってきて、栗のマフィンも皿に乗せていた。モラーナの所の扱いに比べると、丁寧すぎた。もっともダリアは一切口をつけなかったが。
「ふふ、私は寮長ですけど、食事のマナーなども教えてるんです。ガツガツお菓子を食べるような真似はできませんわ」
おっとりと笑うダリア品がいい。あの下品なモラーナや薔薇の棘のようなマリオンと親しいのが信じられない。おそらく貴族の血筋の娘だろうが、なぜあんな連中と付き合っているのだろう。
「ダリア、モラーナから脅されたりしていません?」
そんな憶測もしれしまう。セシリーが脅されているとしたら、ダリアもあり得るだろうか。フローラは出された紅茶を飲み込むと、わざとダリアを心配しているような表情を作った。腹の底とは全く違う表情だったが。
「いえ、モラーナはいい子よ。脅されてなんていませんから」
ダリアはおとっとりと微笑む。まるでフローラがよくする公爵夫人風の笑みで、腹の底が全く読めない。おそらくダリアも似たような事を考えているのだろうが。
校舎の方から生徒の笑い声が響く。静かな寮ではやたらと目立つ音だった。
「それにしても、奥さんは良いわね」
「え?」
「私も公爵様と不倫して作品のネタにして貰いたいんだけどな」
ダリアは子供のように口を尖らせていた。
「私、公爵さまのファンなの」
顔を赤らめて告白するダリアは、鼻息もハアハアと荒い。いかに夫の作品が素晴らしいか熱弁していた。延々と十分。聞かされているフローラは目が死んでいく。ダリアが興奮気味に語っていたが、その内幕をよく知っているフローラは、少しも同意できない。「その作品はサレ妻の犠牲の上に出来ているんですけどね?」と言ってやりたいぐらいだったが、奥歯を噛み締めて我慢した。
「私も公爵様と深い関係になりたいわ。きっと小説のように素敵な方なんでしょう」
「いえいえ、何度も不倫を重ねている男ですよ?」
「いいえ、そんなのいいんです。きっと私が彼を理解してくれるわ」
「その自信は一体どこから来るの?」
フローラは頭が痛い。額を抑えてしまう。一見地味な優等生タイプに見えたが、夫と合コン出来るような女だ。一筋縄では行かない模様。
「公爵さまは私が奪うから」
「妻の前でよく堂々と言えるわね」
モラーナと気が合うのも、何となく理解出来てきた。ダリアが脅されているかどうかはグレーだろうが。
これで三人の女から略奪宣言された。三人とも癖が強い。女の趣味が悪い夫には何か刺さるものがあるかもしれない。
「あなたの好きなようにはさせないから。いい加減にしてよ、泥棒猫ちゃん」
「さすが悪役女優顔の毒妻ね。ふふ、私だって負けないから」
二人とも表面的には穏やかな笑顔だ。その目は炎が燃え、バチバチと火花が散っていた。




