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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第3部・サレ公爵夫人の危険な日常〜お嬢様学園殺人事件〜

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殺人事件編-2

「わあ、『愛人探偵』のポスターが貼ってあるわ」


 フローラは劇場のロビーにいた。あれから、夫の合コン相手を調べようと思い、久々に劇場に来ていた。フィリスも一緒に調査をしたいと連れてきたが、彼女は劇場スタッフ達の聞き込みを頼んだ。今朝作った栗のマフィンも持たせたので、それでスタッフ達の口も軽くなるかもしれない。


 一時期、フローラもこの劇場に通い詰めていた。うっかり悪役女優の代役をやったり、一時期は忙しかったが、今はそんな依頼もないらしい。フローラはロビーにある「愛人探偵」のポスターを見つめた。夫の作品が舞台化され、今年の秋〜冬に公演も決定していた。脚本も演出も夫が口出しし、かなり原作に忠実になる予定と聞いていた。プレ公演も数回行っていたが、連日好評だった。


「あら、フローラ。何をしてるの? 今日の公演は夕方からよ」


 そこに劇場の主であるクララがやってきた。クララは伯爵夫人だ。元々貴族界隈で交流もあった夫人だが、芸術に造詣も深く、劇場も建ててしまうほどだった。パティの事件では味方になってくれ調査も協力してくれた恩人でもあった。「愛人探偵」の舞台化にも尽力してくれた。


「ごきげんよう、クララ。実は……」


 フローラは事実を話し、ここで働いているメイクアップアーティストのマリオンについて聞いてみた。


「まあ、公爵さまはまた不倫中なの?」


 クララは呆れると言うより、好奇心いっぱいの顔を見せてきた。さすが長年貴族界隈にいる女だ。これぐらいの話題ではかえって面白がるのだろう。


「そうなんです。何かマリオンについてご存知ではないですか?」


 フローラは栗のマフィンが入ったボックスを渡しつつ聞いてみた。


「そうね。だったら直接マリオンにあったら?」

「え?」

「今ちょうど楽屋にいるはずよ。まあ、この栗のマフィンは美味しそうないい匂いね。ふふ、賄賂は受け取ったわよ」


 成り行きでマリオンと会う事になってしまった。昨日はモラーナ。今日はマリオン。意図しているわけでもないが、二日連続で夫の合コン相手と会う事になるとは。


 マリオンには何回か舞台メイクをして貰った事があった。悪役女優の代役をやっていた時だが、仕事ぶりは正確だったが、あまり良い印象はなかった。どことなく不機嫌で愛想のカケラもない女だった。


「は? なんでサレ公爵夫人がここにいるの?」


 楽屋に行くと、マリオンが不快感を全く隠していなかった。


 化粧品類も多い楽屋は、香料の匂いが充満していた。フローラはカバンからハンカチをとり、鼻を覆った。


 マリオンは栗毛のショートカット。服装も革のパンツルックだった。そのせいか、女性らしさは薄い。今は不機嫌なのも相まって薔薇の棘のような女に見えた。


「ごきげんよう、マリオン。久々ね。夫との合コンは楽しんでおります?」


 フローラはわざと公爵夫人らしい笑顔や言葉遣いをし、軽く会釈もした。おそらくマリオンは庶民階級の人間だろう。フローラのこの態度は攻撃になると思ったが。


「ふん。上品ぶった貴族が何を言ってるんだが」


 マリオンは脚を組み直し、ふてぶてしく座っていた。薔薇の棘はさらに鋭くなってきた模様だ。一ミリもマリオンは笑っていない。


「ふふ、これは栗のマフィン。今朝焼いてきたんだけど、食べる?」


 フローラはマリオンの目の前に座ると、マフィンの入った紙箱を渡した。


 マリオンは大きな目で箱を一瞥したが、手をつけなかった。


「要らない。ダイエット中なんだよ」

「へえ」


 マリオンはかなりの痩せ型だった。首筋や手首も骨っぽい。余計に女性らしさが見えない女だった。


「何しに来たんだよ。私はあんたみたいな貴族の女が嫌いなんだよ。さっさと帰ってくれないか?」

「用が済んだら帰るわ。ねえ。あなた、モラーナのような極悪女と友達なんて大変ね」

「っち!」


 マリオンは舌打ちした。マリオンの弱みはモラーナなのだろうか。


「学園にいた頃から友達なんだよ。悪いかよ」

「いえ、別に悪くはないけど……」


 マリオンとモラーナの雰囲気は正反対だ。友達というのが信じられない。一方、マリオンとセシリーは何となく気が合いそうだ。二人とも現実的な思考をするタイプに見える。それに二人とも容姿は良い方だ。


「元々セシリーとマリオンは仲が良かったんじゃない?」

「え、まあ、そうだけど」


 そのフローラの憶測は当たったが、これ以上マリオンはモラーナの事は口を閉ざしてしまった。よっぽどモラーナに酷い目にあっているのだろうか。「モ」という言葉を言うだけで、マリオンは眉間の皺を深めた。


「あんた、何をコソコソしてるんだよ。いい加減にしてくれ」

「別にコソコソなんてしてないわ。堂々と夫の合コン相手を調べてるわ」

「うるさいな!」


 マリオンは栗のマフィンの紙箱を床に落とし、踏みつけた。これにはフローラも驚く。別にマリオンに嫌われても全く気にしないが、この憎悪は何だろう?


「私は恋愛カウンセラーのマムの大ファンだったんだよ」

「えっ、あの悪魔のような?」


 マムはフローラも巻き込まれた事件の被害者だった。かつ夫の不倫相手でもあり、フローラも苦労させられた女だが、こんなファンがいたとは驚きだ。


「あんたが余計な事をしたからマムは殺されたんだよ!」

「いや、あの女の場合は自業自得というか。むしろ犯人を捕まえた私に感謝してくれても良くない?」

「うるさーい!」


 マリオンは目を釣り上げ吠えた。牙が見えそうな怖い顔だった。


「サレ公爵夫人のせいだ、出てけ! この劇場から出ていけー! 


 無理矢理追い出されてしまった。マリオンに好かれていない事は薄々気づいていたが、最後にこんな事も言ってきた。


「さもないとお前の旦那を略奪するからな! 絶対にお前から旦那を奪ってやる!」


 これにはフローラの肝も冷えた。また略奪宣言されりとは。


「奥さーん、大丈夫ですか!」


 そこのフィリスとも合流。スタッフ達に聞き込んだが、マリオンは仕事の出来は優秀で、意外と評判が良かったという。


「あと、来週、この劇場で秋の収穫フェスがあるんですって。これがチラシです。面白そう、アンジェラも誘っていきません?」


 フィリスからチラシを受け取った。来週、この劇場と隣接する広場で祭りがあるらしい。劇だけでなく、ダンス、マジックショー、占い、抽選会、肉や菓子の屋台なども出店するフェスらしい。主催はクララだった。確かにあのクララが思いつきそうな賑やかなイベントだった。


「え、マリオンもイベントに出るのね。そっくりさんメイクイベント?」


 即興でメイクをするイベントらしいが、舞台女優や有名人とそっくりなメイクに変身できるという。


「そっくりさん? 何か嫌だな、他人と同じメイクをするなんて」


 フィリスは顔を顰めていたが、フローラはチラシを見つめていた。


 もしかしたら、夫の元愛人とそっくりなメイクをしたら、どうなるか。夫の心もまた戻ってくるだろうか。そんな考えが浮かんでしまう。こうして二件も事件を解決し、探偵の真似事をしていたが、想像以上に自分の心は傷ついていたのだろうか。


「ええ、このイベントに行きましょう」

「わーい!」


 無邪気に喜ぶフィリスの声を聞いていたが、フローラは上手く笑えなかった。


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