悪魔な恋愛カウンセラー編-6
公爵家の庭は、紅茶の良い香りが漂っていた。
フローラ、フィリス、アンジェラの三人は、庭に椅子とテーブルを出し、呑気に茶会を楽しんでいた。庭には豪華な薔薇も咲き乱れ、景観だけは美しいが。
テーブルの上は、ケーキスタンドに載せられたサンドイッチやスコーンがあった。紅茶はフルーツティーで、ガラスポットの中には林檎やオレンジが見える。このフルーツは商業地区でフローラ達が買ったもので、さっそくフルーツティーにしてみた。買ったばかりのフルーツは新鮮だ。紅茶と溶け合い、甘酸っぱい香りも発している。実に良い香りだが、テーブルについている三人の顔は暗い。
公爵家に届けられた手紙、いや、脅迫状を見ながら、三人とも俯いていた。中身は、フローラ宛で、今すぐ公爵と別れなければ、命が無いと脅されていた。
「ねえ、二人とも。この犯人誰だと思う? 悪趣味な手紙よねぇ」
脅迫状に送り主の名前は無い。それは当たり前だ
が、フローラは、二人の意見を聞く事にした。
もうフローラは庶民のボロから着替え、いつものドレスに身を包み、背筋を伸ばしていた。やはりこの姿の方が落ち着く。フィリスもメイド服に着替えていたが、こっちの方が似合ってる。メイド職も板についてきたのかもしれない。
「私はマムが犯人だと思う。たぶん、公爵さまに本気になって」
フィリスの声を聞きながら、頭を抱えそうになる。美味しいフルーツティーもスコーンもサンドイッチも、美しい庭も何の慰めにならない。もし、これが公になったら?
フローラが一人傷つくだけなら良いが、公爵家も貴族という立場がある。公然の秘密であったが、スキャンダルになり、夫まで笑い者になるかと思うと、背筋がどんどん冷えていく。
この調子だとゴシップ紙にマムが訴えに行く事もあり得そう。また、マムは確か年齢は三十一歳と聞いた。子供だって出来る可能性があり、もし隠し子が生まれたら?
「しかし、酷い女だね。そのマムって女。脅迫状を書いていたとしても、不思議ではないよ」
詳細を知ったアンジェラもため息をついていた。いつもは冷静なアンジェラだったが、マムの事は良い印象は無いだろう。
「本当に嫌なやつっぽいですよ。障害者をいじめてたっていうのも、最低ですよ。もし公爵さまが障害者になったら速攻で捨てそう。その上、顧客は売春婦ばっかりだって」
フィリスは完全にマムのアンチのなっていた。女同士というのは、不思議なもので、同じ敵うぃ持つと、団結しやすい。普段は特に親しく無い三人だったが、マムの悪口で盛り上がり、愛人ノートに書く事も増えた。悪口大会を開きながらも、フローラはせっせと愛人ノートに今日の調査結果を書き込んでいた。
「こんな脅迫状送ってくる女です。一体、何を企んでいるんだか。奥さん、これは白警団に訴えた方がいいです」
「そうは言ってもね……」
フィリスのアドバイスはもっともだ。治安維持目的とて結成された白警団に訴えれば、この手の犯罪はすぐ解決するだろう。元々聖騎士団の血筋の子息で結成されている白警団だったが、評判は賛否両論。基本的に縁故組織で悪い噂も多いが、下っ端は生真面目な者も多く、庶民からは信頼されているよう。
ただ、白警団に頼むと、その事件の経緯や結果が市民に公開され、時には王宮で審議される事もある。新しく法律を作る為だ。そうなったら、公爵家が恥をかく事は免れない。ゴシップ紙のネタにされるだろう。この状態で白警団に訴えるのは、どうしても避けたい。
夫はなんでマムのような女に引っかかってしまったのだろう。どう見ても地雷女だ。地雷レベルではフローラと同等かも知れないが。こんなか明らかな地雷は回避できないか。
それに愛人が極悪女というにも悔しいものだ。試合に勝ったはずなのに、勝負では負けた気分。もしこの国の女王のような気品を備えた女が愛人だったら、諦めはつくかも知れない。
よりによって愛人は、極悪女。悪魔な恋愛カウンセラー。そんな女にも負けたかと思うと、悲しみというより、呆れてくる。
おそらく夫は作品のネタとしてマムと不倫を始めたのだろうが、自分ってそんな女なのか。作品のネタにもならない「つまんねー女」なのか。メンタルがゴリゴリ削られる。きっと夫にとっては、マムのような極悪女も「おもしれー女」なのだろう。
理不尽だが、これは認めるしか無い……。
公爵家の娘としてずっと優等生だったフローラ。働いた事もない。恋愛経験もない。修道院で躾された。一方、マムは経験が豊富だろう。客層が悪そうとはいえ、恋愛カウンセラーとなり、本まで出してるマムは、貴族の女には無い魅力があるはず。悔しいが、そこは認める必要がありそうだ。
「あれ、アンジェラ達、ここで何やってるの? お茶会かい?」
そこにエリサが近づいてきた。エリサは洗濯婦で色んな公爵家を渡り歩いていた。今日も汚れた下着やタオルなどを回収して洗って貰う予定だったと思い出した。年齢は七十過ぎの老婆だったが、背筋も曲がらず、やけに元気な人だった。ゴシップも好きでアンジェラとも一緒になってニヤニヤ笑っている事が多い。
「そういえばエリサって王宮でも洗濯婦やってたわね。マムって女知らない?」
フローラは、エリサの経歴を思い出し、ちょっと聞いてみた。すると、彼女はお化けでも見たかのような顔を見せた。
「マム! 知ってるよ、とんでもない極悪女だ。王宮ではあちこちで男を作り、魔術師まで誘惑してたからな」
王宮でもマムの評判は悪いらしいが、三人とも全く驚いていなかった。
「特に魔術師に恨まれていたよ。あの女は、人のプライドを折る事を平気で言うんだ。魔術師のエルって男にも無能、使えない、誰でも出来きる仕事で王宮ニートやってるなって暴言吐いていたのを見たんだから!」
エリサはマムへの悪口は止まらない。まだ時間に余裕があるというので、エリサも椅子に座らせ、詳しく話を聞いてみた。
「とにかく男好きな女よ。でも男をたぶらかす能力は高かった。良い男の前ではか弱いぶりっ子に変身するから、いや、本当に怖い女だよ」
「そうなのね」
エリサの話を聞きながら、勝手にマムに敗北感を持っていたフローラだったが、仕方ないような気もしてきた。世の中には魔性の女もいる。おそらくマムもそのタイプだろう。そんなに男にモテるになら、夫に執着するのは辞めて欲しいが、人のものだと余計に欲しいのだろう。相手が公爵夫人ならなおさらだ。一見、フローラは何でも持っている女に見える。そこから大事なものを奪う快感?
「あんなに恨まれていたら、ろくな死に方しないだろ。お、紅茶占いやってみるかね」
頼んでもいないのに、エリサは勝手に紅茶占いを初めていた。
紅茶を飲み干し、カップに残った茶葉を見ながら、ぶつぶつ呟いていたが、フローラとアンジェラは戸惑うばかり。エリサは若い時、魔術師志望で、魔女に弟子入りした事もあったらしいが。
「エリサ、結果はどう?」
フィリスは好奇心いっぱいに聞く。やはり、田舎娘らしく、何でも興味があるらしい。
「これはヤバい!」
エリサは、再びお化けにでも会ったような顔を見せた。
「マムは死ぬ。そう遠くないうちにマムは死ぬでしょう」
どういう事?
フローラは占いの結果に何も言えない。他の面々も固まっていた。その言葉はまるで呪いのよう。その言葉だけでも人を殺せそうな力がありそうで……。
嫌な予感しかしなかった。マムが本当に死ぬかは不明だが、何か恐ろしい事が起きそう。




