サレ公爵夫人編-5
夫が合コンしていたという肉バルは、王都の北側にあった。
ラナから合コンの件を聞いたフローラはここに行かない選択肢などない。馬車を飛ばし、鬼の形相で向かった。
王都の北方面になると、中央部と比べてだいぶ庶民的。庶民向けの飲食店や雑貨屋などが立ち並び、奥の方には白警団の本部もあったが、今のフローラはそんな事はどうでもいい。
とにかく肉バルに直行し、夫の合コンの件について調べる事にした。フィリスはこんなフローラに完全に面白がってはいたが、その事も大事どうでもいい。
肉バルも準備中と看板が出ていたが、それも無視し、厨房にいる店長らしき男に声をかけた。今の夕方前の時間は休憩中なのか、この男は新聞を読みながら笑っている。新聞といってもギャンブル専門誌だったが。
「ちょ、お客様。困るよ。営業時間は十八時からだぜ」
店主の男は明らかに困惑していた。肉バルは木目調の小さな店だった。フローラのような貴族のオン女の対応は全く慣れていない様子だ。今は庶民風のメイクやファッションだったが、佇まい、姿勢、言葉遣い等どう見てもフローラは公爵夫人らしかった。
「奥さん、そんな無理矢理聞いても答えてくれませんよ。事情を話してちゃんとコミュニケーション取らなきゃ」
フィリスに呆れられたが、その言葉で冷静になった。まずは店主に謝罪し、事情を説明した。
「え!? あの『愛人探偵』の奥様なのかい! 俺、ファンだぜ。っていうか公爵さまにもサイン色紙貰ったから!」
てっきり店主には怒られると思ったらが、意外な展開だった。クシャリと皺っぽい笑顔を向けられ、サイン色紙が飾ってある店内も案内された。
そこには確かに夫の色紙が何枚か飾ってある。日付を見る限り、今週に三回も来ている事もわかった。既に常連かもしれない。
「フィリスはこの色紙の事や店主の話をメモしてして」
「オッケーです!」
耳元でフィリスに指示を出すと、フィリスは笑顔で従った。一方、フローラは店内を案内され、店の奥にある大きなテーブル席を見せられた。ゆうに六人は座れる席でここで合コンも可能だろう。ガーリックソースや肉の臭いが染み込んだ席で、フィリスはお腹を鳴らしていた。
「どういう事? 詳しくお話しを聞かせてください。うちにある夫のサイン本やサイン色紙も全部譲りますわ」
「そうか。だったら教えよう」
取り引き成立だ。店主から話を聞ける事になった。白衣姿の中年の店主だったが、なぜか「愛人探偵」だけは気に入ってしまい、愛読しているという。
「だから、作者の公爵さまがうちに食事に来た時は驚いたね。夢かと思ったよ」
店主は本当に夫のファンらしい。ラナの様に反転アンチ化しない事を祈るばかりだが、さらに合コンの詳しい様子を教えてくれた。
夫は編集者のネイト達と来ていたらしい。男は三人だったという。
「もう一人は誰?」
「編集者って言ってたけど、誰かわからん。眼鏡だったのは覚えてるが」
その特徴に当てはまる編集者はフローラは全く知らない。ネイトは眼鏡をかけていないし、その他の編集者達も全員裸眼だった。
「公爵さまは合コンとかって呆れますね」
フィリスはメモをとりながら呟く。言葉とは裏腹に目はかなり面白がっていた。
「まあ、編集者のことはどうでもいいわ。女はどんな感じだった?」
「そうだね」
店主は空を見上げつつ思い出してた。
「まあ、そんな美人とかじゃなかったよ。冴えない感じ」
そう言われても安心はできない。何しろ夫は女の趣味が限りなく悪かったから。
「一人はメイクアップアーティストとか言ってたかな。あと芋臭い女と、学校の先生みたいに硬そうな女」
メイクアップアーティストの知り合いは一人いた。悪役女優の代役をした時、マリオンという女に顔をやって貰ったが、陰気で性格も悪そうな女だった。
「まさかマリオンっていう女だった?」
「マリオン! そうそうそういう女だったよ」
女のカンはよく当たると店主は震えていた。確かに夫の不貞に関するカンは嫌という程よく当たるが。
「今日も来るとか言ってたしな。どうだい、お二人さん。お客さんとして潜入調査してみるか? 上手く仕切りを作ってやるから、合コン席の様子がこっそり見えるんじゃないか?」
店主は明らかに面白がり、そんな提案もしてきた。さすが「愛人探偵」が好きなだけあるが、フィリスも「肉食べたいい!」と乗り気。結局、店主達に言い切るめられ、提案を受ける事にした。
店主がパーティーションも置いてくれ、確かに調査がしやすくなったが。
営業時間になり、客も少しずつやってくる。フローラとフィリスは天板の上で焼かれる肉を食べつつ、夫が来るのを待ち構えていた。
肉は公爵家では出ないようなワイルドなものだった。ナイフで切り分けるだけでも力が必要で、汗も流れる。
「奥さん、そんなお上品に食べなくてもオッケーですよ! もっとワイルドに! しかしこの肉美味しいわぁ〜!」
フィリスの目は溶けかけていた。今にも昇天しそうなほど、目がトロンとしてる。確かにこの肉はジューシーで、ガーリックソースも濃厚で美味しい。夫の合コン調査をしている事など忘れそうになる。店もほぼ満席になっていたが、その理由はよく分かる。できれば潜入調査などでは来たくなかったが。
「お、奥さん! 公爵さま一行が来ましたよ!」
店の扉の方に確かに夫がいた。念の為、パーティーションを壁にしつつ、夫を見ていた。さっきのフィリス以上に顔が溶けていた。夫に両サイドには女が三人もいる。確かに芋くさく美女ではないが、夫が好きそうな面白い感じの女かもしれない。それに編集者のネイトもいて、この男が合コンを企画したのだろう。腹立たしく、フローラはテーブルに上の水をかぶ飲みしてしまった。
案の定、女の一人はメイクアップアーティストのマリオンだった。フローラは自分のカンの的中率の高さにも呆れてくる。
夫達は合コン席につくと、飲んだり食べたり大騒ぎだった。
「やっぱりつまねー日常なんかよりも、こうして女の子達と遊ぶと楽しいわ!」
夫の声がフローラの席まで聞こえてきた。さすがのフィリスも気の毒そうな表情を見せていて、余計に居た堪れない。
それでも判明した事があった。合コン参加者の声を聞きながら、参加者の女の素性が判明した。一人はメイクアップアーティストのマリオン。二人目は学校職員のダリア。三人目は恋愛小説家にモラーナだった。ラナが推しているあの作家で、これにはフローラもフィリスも驚いてはいたが。
しかモラーナが一番夫に近づき、イチャイチャしていた。モラーナのカン高い声を聞きながら、フローラの中でアラームが鳴る。この中で一番夫の愛人に近いタイプに見え、嫌な予感しかしない。夫と同業者というのも引っかかる。一方ダリアはちょっと引いていたのは救いではあったが。
「奥さん、どうしますか?」
「もちろん女達を調べるのに決まってるでしょ」
フローラ達は限りなく小さな声で話し、残りの肉を食べていた。もいフローラはテーブルマナーなどどうでも良くなり、ガツガツとフォークを動かす。
「私も協力しますよ。うん、奥さん、こんな女達に負けちゃいけないわ。きっちり調べて、何か起こる前に芽を潰しておきましょう」
「ええ、もちろん」
合コンの様子では、夫はまだ誰とも深い関係ではなさそう。ただ女性と飲み食いする事を楽しんでいるだけだが、不貞に走らないとも言い切れない。
「それにしても、ここのお肉美味しいわね」
「ええ、奥さん。今度アンジェラ達とも一緒に来ましょう」
肉が美味しいのは唯一の救いだ。店主も良い人だろう。出来ればこんな理由では来たくなかった。




