サレ公爵夫人編-3
フローラとフィリスは馬車に揺られていた。二人とも庶民風メイクやファッションに身を包んでいたが、フィリスは古臭い花柄のワンピースに着替えただけで、いつもと大差ない。
一方、フローラは眉毛を太く描き、アイシャドウも田舎風に塗り、そばかすも描いた。いつもの悪役女優風の雰囲気が薄くなり、田舎の主婦風の女性が出来上がっていた。服もソースや土がついたワンピースで、これはアンジェラに用意して貰った。庶民の古着屋で入手したものだという。
「奥さん、メイクやファッション変えるだけでだいぶ別人ですね!」
「あなたはいつも通りの田舎風の娘ね」
「ありがとうございます!」
「褒めて無いわよ?」
下らない会話をしつつも、久々の調査で二人ともワクワクしていた。雑談中もフローラも胸がドキドキとし、馬車の窓から見える景色も新鮮だ。
派手街並みの王都から郊外へ移ってくると、庶民風の可愛らしい家が目立ってきた。これから行くキリー地方は全く特徴もない庶民向けの郊外だったが、大きな災害や犯罪もなく、平和そうだった。最近は不況もあり、庶民は王都へ出稼ぎに来る者も多いらしい。王都の使用人はキリー地方の者も多かった。
馬車から降り立つと、商業地域を通り抜け、庶民の住宅街へ歩く。二人の変装も全く違和感なく溶け込んでいたが、フローラは気づいたら事があった。
商業地区は本屋やパン屋、カフェなど賑やかなだったが、多くの店の万引き防止のポスターが貼ってある。どれも白警団が作成したポスターらしい。白警団のマスコットキャラクター・白ウサちゃんのイラストもデザインされていた。
「フィリス、ここ、万引き防止のポスター多いわね?」
「そうですねー。まあ、田舎では珍しく無いです」
商業地区は人が多く、歩き辛かったがフィリスは大股でズンズン歩いていた。ファションやメイクは上手く擬態できていたが、細かい所作は難しい。フローラもフィリスの真似をしながら、大股で雑に歩く。
「珍しく無いの?」
「田舎はこういう軽犯罪多いです。まあ、軽犯罪といっても潰れる店も珍しくなく、私の田舎では本屋さんが首吊ってました」
「そ、そんな……」
「だからダメですね、犯罪って。軽く見えても人の心を壊しますよ」
フィリスの言葉に深く頷く。実際、フローラも夫に不倫され、心が壊れた。今は夫も不倫を辞めていたが、犯罪被害者の気持ちが分かってしまう。
「やっぱり犯罪者は許せないわ。犯罪の火種は早めの対処しましょう!」
「ええ、奥さんの言う通りです! 行きますよ!」
そんな会話をしつつ、住宅街へ着いた。手紙に書かれた住所を見ながら、夫のアンチのラナの家へ向かった。
庶民風の家だった。この辺りでは典型的な小さな平家建てだったが、小さな庭はよく手入れされ、ハーブや季節の花が綺麗だった。庶民だったが、普段の生活を楽しんでいるようだ。
そんな庭を横目で見つつ、呼び鈴を押すと、すぐに人が出てきた。
「ひぇ! サレ公爵夫人のフローラ!」
出てきたのは若い女だった。フローラを知っているようで、逃げる素振りも見せた。これが夫のアンチのラナに違いない。
「待ちなさーい! 逃げるな!」
フィリスはすぐにラナの腕を掴み、彼女の逃亡は阻止できた。フィリスは田舎娘だったが、こういう時は頼りになるものだ。
「ラナね? そうね、私がサレ公爵夫人のフローラよ。今日は一応調査なので、こんなメイクとファッションだけど」
フローラはわざと穏やかに微笑んだ。今はメイクもファッションも田舎風だが、背筋を伸ばし、堂々とした態度はどう見ても貴族の女だった。しかも目は全く笑っていない事もあり、ラナは「ひぇっ!」と小さな悲鳴もあげていた。フィリスに腕を掴まれているせいか、顔も真っ青になっている。
「わ、わかったよ。全部話せばいいんだろ」
ラナは不貞腐れていたが、自分のした事に自覚はあるようだった。フローラ達が訪ねに来た理由もラナが一番自覚しているのだろう。
「サレ公爵夫人もお付きの田舎娘も家に上がったら?」
「私は田舎娘じゃないですよ!」
「どう見ても田舎娘でしょうよ……」
大きな声を出し、鼻の穴を膨らませて怒っているフィリスを見て頭が痛い。シスター・マリーの教育のおかげで少しは所作も落ち着いてきたが、人間の性分はそう変われないらしい。
「な、何この人達……」
とはいえ、こんなフィリスにもラナは引いているよいだった。
「っていうかサレ公爵夫人なめんなよ。この奥さんは凄いんだからね!」
フィリスの台詞にこっちまで恥ずかしくなって来たが、今は調査だ。ラナの続いて家に上がった。




