悪魔な恋愛カウンセラー編-5
フローラとフィリスは、別邸から出ると、近くにある商業地区に向かった。
石畳の商業地区で、パン屋、書店、仕立て屋、酒屋、穀物屋、豆屋、菓子屋などが連なり、客も多い。ここだったら愛人・マムの噂も聞けるかも知れない。
公爵夫人という立場のフローラは、商業地区の賑やかさに圧倒される。店員が大声で商品の説明をし、ちょっとしたエンターティメント風な賑やかさもある。ここにいる庶民達仕事や買い物を楽しんでいるのを見ると、貴族社会は檻の中みたいと思ってしまう。貴族は誰も庶民のように自由に仕事や買い物も楽しめない。一言でいえばお高く止まっているのだ。
しかし今日はマムの調査が優先だ。フローラも精一杯庶民の女に擬態し、フィリスと共に聞き込みを始めた。
まずは果実店へ。店といっても屋台のような形の店で、路面にも色とりどりの果実が並べられていた。果実はどれも大きく、形は歪だが、美味しそう。太陽の光を感じる。貴族の食卓ではまず見ない果実で、マムの件など忘れて買い物したくなる。
「こも林檎をいくつかくださいな」
フローラはフィリスに教えてもらった通り、庶民っぽい言葉のイントネーションを使い、店員に話しかけた。
「どの林檎も美味しそう。素敵なお店ね」
フローラが微笑むと、まだ若い娘の店員ははにかみ、林檎を包んでくれた。怪しまれてはないようだ。
「ところで店員さん、恋愛カウンセラーのマムって女知ってる?」
フィリスがつかさず質問。この流れはスムーズだったが、店員の顔が引き攣った。
「まさか、マムのところに相談に行くの? やめなよ、本当にあの女は詐欺師みたいだから」
「え?」
詐欺師?
まるでこの店員は、マムの元顧客だったような口ぶりだ。フローラは追加でオレンジをもう一個購入し、詳しく聞く。
「そうよ、あの女に相談に行った。パン屋のトニーに片想いしてたからね。でもあの女、私の顔がブス、努力不足、自己責任、誰でもできる仕事を腰掛けでやってるんだろって蔑まれて……」
店員は今にも泣きそう。フローラはハンカチを指すだす。このハンカチは公爵夫人らしい派手なレースつきのものだったが、仕方ない。小物まで庶民風にできなかったのは、詰めが甘かったが、ハンカチはあげた。かえって喜ばれてしまった。
「他にマムの事は知らない?」
フローラはおっとりと微笑む。この時は公爵夫人風スマイルの方が良いと思った。
「さあ。悪魔な恋愛カウンセラーて人気ですけど、私はもうあの人には頼りたくない。確かにエロい格好すればモテるけど、一生幸せになれるわけでもないし。おばさんになってもそんな事してたら痛いじゃん。結婚した後もずっと幸せになれなきゃ意味ないし。それに不倫してるって噂もあるし、そんな人に恋愛相談しても、ね?」
店員が言う事は最もだった。
「ありがとう」
フローラとフィリスは店員に頭を下げ、他の店も見て回る。
パン屋、豆屋、酒屋などでも同じように聞き込みをしてみたが、マムの噂は最低なものだった。中には障害者をいじめているという噂も聞いた。マムは助成金目当て障害者の作業所を作り、中抜きやいじめもしているとか。
「ああ、マムは最低だよ」
「マムとは関わらない方がいいよ」
「マムの得意客は娼婦だけ」
「私もマムは嫌い、下品な人」
商業地区の店員は、みな口を揃えてそう発言すていた。
愛人が聖女でなかった事は嬉しい。その一方、こんな女と付き合っている夫って? その夫不倫されているフローラって一体……。
マムの悪評を聞くたびに、どんどん落ち込んでいくのだが。
過去の愛人達は、ここまで酷い女はいなかった。もちろん、ローズも酷かったが、仕事はできたし、こんな派手に悪評はたっていなかった。
今回の愛人はなかなか手強そう。別宅に数々の不貞の証拠を残しているのも、挑発されているような。あの不快感も同時に思い出してしまう。
「奥さん、でも良かったじゃないですか。マムがいい人だったら、複雑ですって」
「そうかしら」
帰りの場車の中で、聞き込みで知り得た情報を纏め、整理していたが、フローラは複雑だった。フィリスは「マムってなんて酷い人!」と憤慨していたが、素直にそうは思えない。
「でも、障害者施設での悪行、恋愛相談での顧客とのトラブル。嫌な予感しかしない。マムってトラブルメーカーなんじゃないかしら?」
「そうですかね。私は単に嫌な女にしか思えませんよ」
フィリスは子供っぽく頬を膨らませていた。いかにも田舎娘っぽいが、今は注意する気にもなれない。
「そうね、でも……」
聞き込みでは、マムは元々王宮でも雑用係として働いていて、魔術師ともトラブルがあったという噂も聞いた。王宮には専属の魔術師がいて、敵国の御子を呪ったり、裏の情報収集をしているという噂があったが。
そんな魔術師にまで恨みを買っていたら、マムは呪いでもかけられている可能性もある。
王宮魔術師は特殊職で、呪い殺すのも簡単だという噂を聞いた事がある。マムの事も含めて全部証拠のない噂だが。
「奥さん、これからどうしますか?」
「そうね。とりあえず屋敷に帰って今日知った事を愛ノートに記録していきましょう」
そうこうしているうちに馬車はあっという間に都に戻り、公爵家に着いた。
裏口から入ろうとした時だ。アンジェラが血相を変えて走ってきた。
「奥さん、大変ですよ! 脅迫状が届いています!」
アンジェラの右手には、確かに手紙があった。