プロローグ
「まさか、そんな……!」
フローラは絶叫していた。夫の不貞以外では滅多に動じないフローラだったが、死体は別かもしれない。
これはマリオンという女だ。夫は最近合コンを開き、そこで出会った女だ。夫も満更ではなく、マリオンにデレデレしていて、フローラは警戒していたが。
「でも、待って。まだ脈があるわ!」
死体かと思われたマリオンだったが、まだ脈があるのに気づく。慌ててフローラはこの楽屋から飛び出し、人を呼びに行く。
マリオンはメイクアップアーティストだった。舞台メイクもしていて、今日はとあるイベントに出ていた。フローラは夫を誘惑するマリオンを警戒し、このイベントの参加。
マリオンには、夫の元愛人・マムとそっくりなメイクをして貰った。別のマムの事もどうでも良かったが、なぜかあの女とそっくりなメイクをしてみたくなった。夫はどんな反応をするか気になる所だったが、まさかマリオンが死にかけていたなんて。
まだ死体になっていない事が救いだ。あの状況だと灰皿で頭を殴られたようだが、女の力でも充分危害を加えられるだろう。灰皿はガラス製でとても重そうだった……。
「どうか、マリオン助かって……」
救急隊員が来てあっという間にマリオンは運ばれていく。夫の周りをうろつく憎い女ではあったが、殺されて良い理由がない。どうか助かって欲しいと祈るような気持ちだ。
この騒ぎで楽屋の周辺は人だかりができていた。イベントの客達で溢れ、フローラもその波に飲み込まれていく。
中には事件性があると疑う客もいた。第一発見者のフローラに厳しい視線を向ける者もいて居た堪れない。予想通り白警団にも通報され、客達は楽屋周辺から動かないよう指示されたが。
「フ、フローラ?」
そんな騒ぎの中、夫とも再開した。このイベントに来ていたのか。
「ええ、私よ」
「ヒッ!」
夫は幽霊でも見たかたのように顔が真っ青だ。今、フローラはマムと全く同じメイクをしている。眉毛の形、アイシャドウや口紅の色が同じだと案外似てしまうものだ。悪役女優風のきつい顔立ちのフローラだったが、今はあのマムに見えない事もない。夫が驚いている理由もわかる。
「あああ、フローラ! そんなマムのメイクをして本人になろうとしていたなんて、何て病んでいたんだ! 君をメンヘラにさせてしまった事は悪かった!」
なぜか夫は泣きながら頭を下げていた。
あの夫が謝ってる?
こんな事は初めてで戸惑っていたが、白警団が到着。担当捜査員はよりによって天敵のコンラッド。
「またあんたか!」
夫の謝罪で忘れそうになっていたが、今は事件に巻き込まれていたんだ。
「そのメイクは何だよ、趣味が悪いねぇ」
あの性格が悪いコンラッドもフローラのマム風メイクにドン引きしたが。
「どうせあんたが犯人だろう。詳しく話を聞かせて貰う」
その上コンラッドに疑われた。
「あなた、という事でコンラッドに話をしてくるわ」
泣いている夫とは裏腹にフローラは薄ら笑いを浮かべ、コンラッドの後についていく。
どうやらまた事件に巻き込まれてしまったらしい。三回目だが、慣れてきたかもしれない。夫に不倫されるよりはマシだから、今回の事件も向き合うしかないらしい。




