番外編短編・悪役女優フローラ
「泥棒猫ちゃん、あんたに王子は相応しく無いわ。妃になるのは、この私! オホホホ!」
舞台上にフローラの高笑いが響く。もちろん、素のフローラではない。今は悪役女優として舞台に立っていた。
ヒロイン役はケイシーだ。パティの事件解決後、すっかり人気女優となり、たくさんの舞台に引っ張りダコだ。
フローラもそんなケイシーの舞台を客として楽しむつもりだったが、悪役女優が急遽体調不良となり、また代役をする事になってしまった。
舞台でのフローラは悪役女優がハマりすぎていた。背も高く、ツンとキツい目つきや黒髪はさらに悪役女優らしさを演出し、客席からは歓声の上がるほどだ。
舞台メイクも濃く、ドレスも派手なものなので、誰も公爵夫人のフローラである事に気づかれていたのが救いだろう。こんな事をしている公爵夫人はかなり珍しい。殺人事件を調査する事もそうだが。
「ふふふ、薄汚いメス豚ね! 私の前に現れないでちょうだい!」
「そんなお姉様! 私を虐げないでください!」
「だまらっしゃい!」
劇は順調続き、フローラの出番も無事終了した。楽屋に戻ると、濃い舞台メイを落としたい。メイク係のマリオンは手つきが雑で、あの極悪恋愛カウンセラーのマムのファンだという変わり者の女。おかげで印象が悪い。
「公爵夫人ー、頬にシミがありますよ!」
しかもメイクを落とす時にマリオンはいちいち肌へツッコミを入れてきて、微妙にイライラとする。
メイクを完全に落とし、マリオンを楽屋から追い払い、一人になると、笑顔になってしまう。
すっぴんの顔を鏡で見ながら、舞台にいる時は夫や事件の事もすっかり忘れる。
舞台監督や脚本家のアーロン、劇場の主であるクララからは悪役女優になる事も勧められていたし、こんな副業をするのも面白いかもしれない。
そんな事を考えていたせいか。楽屋にクララとアーロンが尋ねにきた。
予想通りというべきか、悪役女優としてもオファーもしてきた。しかも夫の『愛人探偵』を舞台化する時、被害者のマム役をやって貰いたいとまで言ってきた。
「えー、私がマム役? あの極悪女の役です?」
「ピッタリよ、フローラ!」
「おお、舞台の悪役にこれ以上ピッタリの存在はないぞ!」
クララにもアーロンにも押されてしまい、極悪女の役をする事になってしまった……。
「まあ、良いじゃないの。これで少しは事件や旦那の事も忘れて気晴らしになるでしょ?」
確かにクララの言う通りだ。実は舞台で悪役するのは、そこまで嫌いでもない。
「そうね、これも使命かもね。やって見るわ!」
その後、フローラの悪役が板につき、さらに評判になる事は、まだ知らなかった。




