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06 諦めたらそこで試合終了 If you give up then it all ends here


 ─────第3射撃訓練場


 ここLHC社の社屋内に3つ有る射撃訓練を行う施設。

今では対人訓練はVRが主流らしいが

やはり〈実践は生身〉と言う考えで社屋地下のワンフロアを

まるごと作り変えてしまったらしい。


 そこで今、俺は面倒臭い小娘……

いや…面倒見の良い先輩の相手をするハメになっていた。


「良ーい? ちゃんとやるのよ〜?

 安全の為にちゃんとアーマーは着るよのよ〜?」



 そう向こうの方から声を張り上げてくるアズサ先輩…

安全を考慮してくれるんだったらVRで十分だろう…

内心そう思いながら俺は軽装アーマーを着けていく。


 現在、月面防衛軍で採用されているアーマーは主に2種類

LHC社のフルプレートメイルの様な重装タイプの通称フルメイル…

セレネ・インダストリアル社の軽装タイプの通称ハーフメイル


 レベル1〜2の隊員はアシスト機能もある重装を着用するが

3〜4になると自前の義装の邪魔になると言う理由で

パーツ毎や通常の衣服の上からでも着用できるハーフを使う者が多い。

ちなみに俺にはフルメイルはあまり意味がなく、ただ邪魔になるそうだ。


 そんな事を思いながらフルメイルを余所に

ハーフメイルを手に取り着々と胸・腕・足と着けていく

最後にヘルメットを被りHUDを確認するが訓練用なのか通信機能しかない


(何だよ…これじゃただのヘルメットじゃねぇの…)


 アズサの方は各種アシストが付いているフルメイルを着ている。

いくらなんでも少しフェアじゃない気がするが

今更言ってもしょうがないのだろう…

俺は準備が完了した旨を伝えた。









「時間は10分間、センサーはついてないからペイント弾が

 当たってもそのまま続行だよ!

 ペイント弾の補充は遮蔽物の近くにあるからね〜」


 余程この訓練が得意なのか嬉々として語るアズサ。

気づけばガラスの向こうの待機室にギャラリーが集まっている。


 気乗りをしない俺を余所にアンが通信を入れてくる。


 《アタル…当たラなけレばどうという事はないのデス》


 激励のつもりなのだろう…

俺の記憶アーカイブから引用したであろう名言をかけてくる。


 《アン…気を使ってくれるのは嬉しいが普通でいいぞ…》


 《大丈夫でス、アタル…これガ私の通常運転でス…》


 そうかこれが通常か…だとすると

俺の支援AI様は大分ブっ飛んだ思考回路を持ってるようだ

正直突っ込みを入れたくもなるが気遣い自体には礼を言った。


 それが合図だったかのようにアズサの方から声がかかる


「訓練とは言えそれなりに本気で行くからね

 じゃぁ 始めるわよ〜!!」



 ─────スタート!!



 アズサと俺の距離はだいたい50m程

その間にはカバー用の柱が16個、

その間にいくつかの土嚢と水が入った

クッションドラムがちらほら…

ここは慎重に遮蔽物の後ろから伺いながら

距離を詰めていくのがセオリーだろう…


 軍務経験は無いがこちらは20年近いキャリアがある

そう簡単にやられる訳にはいかない


 1つ目の柱………クリア


 2つ目の柱………これもクリア



 向こうは照準アシストにパワーアシスト付き

こちらはアンとリンクしてないので

あくまで五感がずば抜けた人間レベル……

この戦力差を埋めるには経験がものを言うはずだろう



 しかし経験と言うのは固定概念を

生み出すと言う事を俺は忘れていた



 2つ目の柱の後ろから次のカバーポイントを

伺っていたその時、視界の端に何かが動いた。


 とっさに身を翻すと次の瞬間には

足元にペイント弾が爆ぜる。



「あちゃ〜…惜しいぃぃ〜」



 声の方を見ると壁に張り付き天井近くから

こちらを狙っているアズサが居た。


「───っ!! 何すか! それありですか!?」


 思わず声をあげる俺を余所にもう一発

ペイント弾をお見舞いしてくるアズサ


「何言ってんの〜 自分の兵装と頭をフルに使って

 出来る事で戦うってのが兵士でしょ?」


 アズサはそう言ってもう一発撃ってくる。


「ほらほら〜手も足も出ないのかなぁ

 このままだとペイント塗れにしちゃうぞ〜

 ザーコ! ザーコぉぉ!!」


 なるほど…言ってる事はしごくマトモだ…

固定概念に囚われていた事も認めよう…

だが今の見た目はともかく親子程歳の離れた小娘に

いいようにやられるのは癪に障る…


 適当にやって良い勝負で終わるつもりだったが

ここまで煽られたのだ、こっちも本気でやるしかない…

そう思い俺も撃ち返すがアズサはその場から跳躍して

後方の柱の影に隠れてしまう。


 アーマーのパワーアシスト機能を活かした動きと

照準アシストによる正確な射撃…

でかい口を叩くだけあってなかなかだった。

正攻法では分が少々悪い……



()()()()… 自分の兵装で頭を使って

 出来る事で戦うってのが兵士っすよね?」


「そうだよ〜 ヒノモリも頑張んな〜

 自分のスペックだけに頼ってたら痛い目見るぞ〜」



 なるほど……気さくに指導してくれているつもりなのだろうが

本質的にはこの小娘は前日のルドルフと大して変りはないと

俺は気づいた、こういうお嬢ちゃんには

ちょっとしたお仕置きが必要だろう……

そう思い俺は近くの土嚢を蹴り上げた





 舞い上がった土煙の中、アズサの笑い声が聞こえる。


「おっ! 目くらましかぁ? やるなぁヒノモリ〜

 だがそれじゃぁ…まだまだだぞ〜」


 この間に死角になる位置取りを……

だがカバーポイントから出ようとした瞬間、

鼻先をペイント弾がかすめる。


(チッ…これでも見えてるのか…)


 思わず悪態をつきつつ、横の土嚢の影へ移動する。

おそらくサーモはないが動体センサーはあるのだろう

土煙の中でも問題ないのならかなりの感度だ…



 ─────さて…どうするか……



 気がついたら追い込まれていつの間にか

開始地点まで後退させられている。

そんな時、ふと使わなかったアーマーが目につく

そこで俺はひとつ閃きアンに通信を送る



 《アン…少し手を貸してくれ……》


 《しかシ、リンクはしないノでは?》


 《リンクはしない…ただ情報が欲しい…》


 《判りマしタ…それデ…何の情報ですカ?》


 《アーマーの仕様と設計図だ…》



 アンはいまひとつ意図が理解できないのか

少し不満そうにしながらもデータを送ってきた。


 《これデ…全てデス…一体何をすルのですカ?》


 《反撃だよ……》


 そう言って俺はアーマーに手をかけた。

















「どうしたぁ? ヒノモリ〜 手も足も出ないかぁ」


 次の瞬間、アズサの動体センサーが

カバーポイントから出る影を捉える


「そこだ!!」


 言うが早いかペイント弾が弾ける音が聞こえる

それと同時にアタルの呻く声が聞こえる。


「やりますね…先輩…」


「ふっふ〜ん…この訓練では私はかなりの戦績だからなぁ」


 得意げに話すアズサ、通信機越しだが

アタルの荒い息遣いが聞こえる、ちなみにこの通信は

ガラス向こうの待機室にも聞こえていて

土煙で戦況がよく見えないギャラリー達にも

アズサが優先なのは伝わっていた。


 先程撃った場所の近くを再びセンサーが捉える。


「ほら!! 見えてるぞ!」


 再びペイント弾の弾ける音とアタルの呻く声

残り5分……アズサは追撃をしようと駆け出した。


 その時、横にあるクッションボトルが爆ぜた。


「─────っな!?」


 クッションボトルの中に入っていた大量の水が

アズサを覆う、土煙で視界不良となっていせいか

アズサはびしょ濡れとなった。体制を立て直そうと

後退するアズサ、しかし後ろのクションボトルも爆ぜ

アズサも含め辺りは水浸しとなる


「なんだ…コレ…?」


 そう呟いた瞬間、アズサの体に全身を伝う衝撃が走る。


「あ”ァァっ!!」


 思わず悲鳴をあげるアズサ、衝撃はほんの一瞬。

しかしその痛みは壮絶で思わず膝から崩れ落ちる


「ヒノモリぃ!!」


 何をされたか判らない、しかしアタルが仕掛けて来たと

判断したアズサはすぐに立ち上がろうとする、しかし…


 ────立て…ない…?


 正確には立てないと言うわけではない…

先程まで自分の体のように動いていたアーマーが

枷の様に重いのだ、気づけばHUDの表示も消えている


 かろうじて動く首を回しながら辺りを確認すると

少し晴れてきた視界からアタルが姿を現した


 しかしその場所はアズサが撃っていた場所とは

まったく違う場所だった、


「お前…何でそんな所に…」



 驚いた様子のアズサに満足そうな

笑みを浮かべながら種明かしを始めた。


「先輩が撃ってたのはアレですよ…」


 そう言ってアタルは首で方向を差した。

そこにはペイントで汚れたフルメイルが一着あった

そしてその腰から数本の紐……いや触手のようなものが出ており

アタルの右手の指へとつながっている


「───っ!?…揺動!!…」


「アンとのリンクは駄目と言われましたけど…

 俺自身については何も制限は受けませんでしたからね…」


「じゃぁ…クッションボトルやこの状態も…」


 アズサが言い終わる前に再び首で方向を指し示すアタル

そこには触手に握られ、うっすらと放電している

アーマーのパワーパックがあった。


「なるほどねぇ…ボトルの場所まで誘導し水浸しにした後に

 ショートさせてアーマーをシャットダウンか……

 射撃とは関係ないけど対人訓練でもあるから

 今回は私の負けかなぁ…」


 そう言ってアズサは重い右手を差し出した。

それはまるで名試合を行った後のアスリートのような仕草…

アタルもそれに応えるように指を元の形に戻しその手を握った、そして



 ──────左手でカービンを撃った。



「───っ!?…痛っ!! ちょっ! 何やってるの!?」


 思わず特大の声をあげるアズサ

いくらアーマーを着てるとは言っても至近距離で撃たれれば

少しは痛い、それに今はアーマーの

ショックアブソーバー機能も落ちているのだ

ゼロ距離からのペイント弾はまぁまぁ痛い。


「いや()()()()…あと3分半あります…

 諦めたらそこで試合終了ですよ?」


 そう言ってアタルは構う事なくアズサの頭にもう一発撃つ


「───いったぁぁっ!! もう良いから! もう負けでいいっての!!」


 その場から逃げようにもパワーアシストを失ったアーマーは

アズサの膂力でまともには動かせる重さではない

さらに右手をアタルにしっかりと握られている為

退路などあるはずもない。


「いやいや…先程センパイも言われてたように

 訓練とは言え本気でやらないと……それに射撃訓練ですしネ…」


 そう言って満面の笑みを浮かべるアタルは

カービンの射撃モードを3点バーストに切り替え、


 そしてアズサの腹部めがけて再び撃つ


「───痛ったったた!!」


 悲鳴に似た声をあげながるアズサは

ペイント弾の衝撃で浜辺に打ち上がった魚のように

ビチビチと震えながらアタルのなすがままになっている。


「痛っ! 痛いって! もう私の負けだからぁ…

 ほんとゴメンだからぁ……

 あっ!? ちょっとそんなトコロ撃たないでぇぇ!!」


 もはや半べそのアズサの声、その悲鳴は待機室に木霊する。

すでに土嚢の土煙も晴れギャラリー達からも

アタルがアズサを蹂躙する光景は見えている。


 その訓練とは思えない光景にある者は言葉を失い

ある者は居た堪れなくなったのか退室する。


 翌日、アタルがクリス軍曹とラウル博士に

ひどく怒られている姿が目撃されるであった。

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