記憶の残滓
アリスと溶岩地帯を飛び越え、街を見て回った二日後。
今度は見渡す限りの海。
「海を越えたら和食の本場よ」
「へぇ〜! また飛ぶの?」
「それでもいいけど、もうのんびりしてもいいから、船に乗るわ」
「船…?」
「大きな港町があってね、そこから船が出ているのよ」
港町…船…?
「アリサ! 素敵な帆船よ。大きくて豪華なの」
帆船…。
「船は嫌い?」
「わ…かんない…」
頭が痛い…。何これ…。
「またなのね…本当に厄介だわ、それ…」
「アリス…?」
なんだか怖い顔をしたアリスにブラッドミストで包まれた。
”少しおとなしくしてなさい“
…アリス?
なんか怖いよ! ねぇ、アリス!
呼んでも返事もしてくれない。
怒らせることなんてした?
心配かけたから…?
怒られる…心配かけたら…?
うっ……。
”…怒ってないわ。頭痛は死にかけた怪我の後遺症よ。今はまだアタシの力で生きながらえてる状態なの。早くアリサ自身も力をつけて、真祖の吸血鬼として独り立ちしなさい”
はい…。ありがとうアリス。
ちゃんと独り立ちす…る…?
あ…れ…?
独り立ち…捕まる…買われて…?
「うあぁぁぁぁぁぁ……」
「チッ…それ本当に厄介だわ。しばらく寝てなさい!」
うっ…姉…。
〜〜〜〜〜〜
本当にもう!
ドラゴンの加護も切れてるし、記憶も薄れてるはずなのに!
いつまで抵抗するのよ。
アタシの力まで与えて、真祖として生まれ変わっても尚、記憶が邪魔をする!
…そういえば…魔王がなんか言ってたわね…。
記憶がどうとか。何なのよ全く!
このままアリサを本人が望んだ和食の本場へ連れて行ったら不味いのでは?
行きたがったのも、恐らく記憶の根底にある、願望というか欲望よね?
……どうする、考えろアタシ。
既に力尽くってのは意味をなさない。
文字通り一心同体なんだから、これ以上何かできることもないし…。
当然、本人が持っていた手荷物は復活させる時に全部預かっている。
持ち物なんて記憶を辿るための一番の手がかりになりかねないし。
ただ、大半が意味のない石や枝、草…毒キノコや食べられない実とかで、この子は一体何をしてたのか不安になるけど…。
それでも、あの子の持ち物だからって捨てられずにいるアタシは甘いのかも。
はぁ…。もういっそ、記憶を思い出すならそれに任せて、命の恩人としてアタシに執着させる?
血を分けたヴァンパイアである以上、アタシとの縁は強いんだから。
……というか、アタシはなんでこんな事で悩んでるのかしら。
今までの眷属なんて、魅了と眷属化の魔法で操っていただけだから、執着なんてなかった。
使い捨てのコマくらいでしかない。飽きたら捨ててたし。
今回だって城と一緒に置いてきたくらいだ。
じゃあアリサは…?
今の状況は正直面倒くさい。
この子の身内の事を考えたら厄介だし、トラブルの種でしかないのよね。
でも…だからって…。
ここへ捨てていく、別れるって選択肢は無いのよ。
なんなの?この感情は…。
…まぁいいわ。
一緒にいれば何かわかるかもしれないし。
記憶に関しては成り行きに任せるしかないわね。
もう何がトリガーなのかもわからないし、気を使うのも疲れたわ。
いざとなったら…。
まぁ最終手段だけど。
〜〜〜〜〜〜〜
「アリサ、起きなさい」
「……ん…」
「とっくに船は出てるわよ」
え?
溶岩地帯を越えて、街によって…あれ?
「怪我の後遺症で、頭痛になって倒れたのよ」
「…そうなんだ、また心配かけてごめん」
「いいのよ。後は目的地に着くまでのんびりしてればいいから」
「うん…」
そういえば、なんでそんな怪我をしたんだっけ?
…思い出せない。
「ドラゴンの手下共が攻めてきたのよ。まだ目覚めたばかりで力をつけて無かったアリサには強敵だったの」
「そうだったんだ…」
「だからこうして逃げてきたのよ。こちらには戦う意志はないからね」
「私、強くなる! アリスに迷惑かけないように」
「それがいいわ。アリサ自身の身を守るためにもね」
だよね…また一方的に攻めてきたら困るし。
船旅の間、アリスはヴァンパイアとしての戦い方や、力の使い方を教えてくれた。
霧になったり、姿を消したり…。
ブラッドボックスっていう便利な収納も教えてくれた。
「好きなものを入れるといいわ」
「うん! 今まで私の荷物も持っててくれてありがとう」
「大した量でもないからいいのよ。 そうだわ、船の中には色々な店もあるから買い物してみましょう?」
「そうなの? 行きたい!」
船の中なのにちょっとした街みたいなんだね。
ずっと勉強してて、部屋から出なかったし。
せいぜい小さな窓から見える海を見てたくらい。
食べ物とかはアリスが持ってきてくれてたから…。
部屋から出られるのは嬉しいかも。
部屋を出ると、狭い廊下。
「ちゃんとついてきなさいね」
「うん」
並んで歩くのは厳しいような幅だから、後ろをついていくしかない。
たまに人とすれ違うけど、壁によれば何とかすれ違う事もできる。
途中で少し廊下の幅も広くなった。
でも、でっかい獣人は無理! しかも団体とか!
あまり認識されないっていう、ヴァンパイアの特性が仇になるとは…。
話しながら進んでくる獣人の波に飲まれてアリスとはぐれた挙げ句、部屋への戻り方もわかんなくなった…。
いつもなら離れててもアリスから声をかけてくれるのに。
とりあえずウロウロと歩いてはみたけれど、初めて歩く船内の様子なんてわかるはずもなく…。
広いホールみたいな場所には出られたけど、どうしよう…。
誰かに道を聞く?
でもなんて聞けば? 部屋の場所もわからないのに…。
「お嬢さん、困り事?」
「えっ?」
話しかけてきたのは大きな耳とフサフサの尻尾が五つ…。
「気になるかい?これは僕たち妖狐の力の象徴だよ」
妖狐…?
「…はぐれてしまって。部屋もわからないんです」
「どのエリアかはわかるのかな?」
「わからないです…」
「そっか、結構な力を持ってるのに、おっちょこちょいだね」
「………」
「警戒しなくていいよ。僕も似たようなものだからね。声をかけたのがその証」
「……?」
「妖狐ってのは狐の獣人とはワケが違う。あやかしなのさ」
「はぁ…?」
何を言ってるのか全然わかんない。
「この船の行き先、和桜の国は妖狐の女王様、九尾の桜花様の治める国なんだ」
「和食の本場?」
「それは知ってるんだね」
というかそれしか知らない…。名前も初めて聞い…た…?
「痛っ…」
「大丈夫!? とりあえず落ち着く場所で休もう」
肩を貸してくれて、ホールから移動。
個室へ案内してくれて、寝かせてくれた。
「…やれやれ。警戒心も疑いもなくついてくるとか…キミ大丈夫?」
え…?




