蒟蒻ミルクティー1
「いつまで寝てんだよ」
「もう授業……終わった」
唐突に向けられた声と共にほっぺを摘まれる。なんだなんだとゆっくり顔を上げると机に前に久岐と小峰が立っていた。
快眠を邪魔してきたこの二人は春に知り合った友達。
わたしの頬を摘んできた少し口調の悪いのが久岐。
静かというか、落ち着いた佇まいをしているのが小峰。
二人とも優等生かどうかは知らないけど、授業にしっかり出ている分わたしよりは優等生だ。
久岐のほうが口が悪くて不良っぽいのになんでだろう。
久岐はポニーテールで耳の前に髪の毛が垂れ下がっている。もちろん髪なんて染めてない。多少口が悪いのは彼女の頭頂部から生えたアホ毛がそうさせているんだろうか。
小峰の方は肩にかからないくらいのショートカットで同じく髪は染めていない。落ち着いた見た目の通り問題行動なんて起こしそうにない。
「もう放課後かぁ〜」
んぬーっと声を出しながら体を伸ばす。肘やら背中からぱきぽきと軽い音が鳴った。
「もうもなにも午後しか学校きてねえじゃん」
「重役出勤ってやつだね」
「かえで社長だったの……? すごい」
「そうそう。重役出勤。私しゃちょーだから」
軽い冗談をなのに小峰が目を輝かせている。悪い大人に騙されそうで少し心配になる。
「卒業して……進路に困ったら頼らせてもらう」
「残業なし。年中全休のアットホームな職場です」
「給料なし。勤務時間もなし。会社もなしだろ。適当な冗談に騙されるなっての」
ていっと久岐が小峰の頭にチョップする。
「え、嘘なの……? 私の将来計画が……」
「わたしは小峰の将来が心配です」
勝手に小峰の将来設計図に組み込まれていたらしい。柔軟だなぁと思う。
横目でちらっと綾瀬の机を見ると、そこに人影はなくなっている。いつの間にか起きて帰ったみたいだ。
「それで、お二人さんはいったいわたしに何の用件で?」
「用件がなかったら話しかけちゃいけないのかよー」
聞き方が少し悪かったかもしれない。
でも、二人は友達ではあるけれど、用件がなかったら特に話すような仲でもない。と思う。
久岐と小峰は凄い仲が良いから、二人の世界は二人だけで完結しているように感じる。
わたしに話しかけてくるってことはやっぱりなんか用件があるのだろう。
「駅前に新しくタピオカ屋できたらしくてよ。あの有名なチェーン店のやつ。一緒に行かないかなって」
「タピオカ? なんでまた?」
なぜ今頃タピオカなのだろう。ブームみたいなのってとっくの昔にすぎてる気がするけど。
「かえで……飲んだ事ないって言ってたから」
そんなこと言ったことがあるような無いような。
でも家に帰っても特にやることのないし、せっかくの誘いに乗ってみようと思う。
「よく覚えてるねぇ。確かに専門店のやつは飲んだことないな。準備するから少し待ってて」
申し訳程度に開かれた空白のノートと教科書を鞄にしまう。
このノートが埋まる日は来るのだろうか。進級のためにもそろそろ勉強をやっておかないとまずいかもしれない。
それに進級といえば綾瀬のことも少し気になる。
綾瀬はどのくらい勉強ができるのだろう。
しかも学校にさらさらくる気がないなら、あの学生鞄に教科書は入っているのだろうか。
もしかして教科書なくて本当に暇だったから寝てたのかな。というか鞄に教科書入ってなかったら代わりになにを入れてるんだろう。
「えいっ」
いつの間にか私の動きが止まっていたようで、久岐にまた頬をつままれた。いひゃい。
学校からでて小道を行き、大通りに出て少し歩くとタピオカ屋の看板が出ていた。
難しいよくわからない漢字が並んでいて、とても初見じゃ読めない。久岐曰く、ちゃーかーしょうと読むらしい。
ここまでくる道のりも二人はわいのわいの喋り続けていた。
たくわんの周りのコリコリしているところだけ残すようにして食べるのが楽しいだとか、涼しくなってきた時に食べるアイスこそ美味しいだとか。
なんでそんなわけのわからない話題がポンポンと出てくるんだろう。
二人は中学からの知り合いらしくて、よく一緒にいるところを見かける。
それだけ長い時間一緒にいるのによく話題に尽きないなぁと思う。
わたしと綾瀬なんてすでにネタが尽きかけている。
ネタがなくても二人みたいにバカなことを言い合えればいいんだろうけど、一つ一つの言葉の意味を必要のないくらい考えて、考える割には適当なところで落としどころをつけて相槌を打つわたしのような人間にそれは難しい。
綾瀬もそんなおちゃめなやつじゃないと思う。
「タピオカミルクティーとジャスミンティー、あとパッションパインフルーツティーください。あ、全部Lサイズで。ミルクティーの氷と甘さは普通でお願いします」
店に入ったら久岐が勝手に注文をする。普段口調が悪いのに、こういうときはしっかり喋るのなんなんだろうか。
「小峰はこれでかえではこっちな」
はい、とタピオカミルクティーを渡される。
ふたりの飲み物は透き通っているのにわたしの飲み物だけ濁っていて、黒い物体がふよふよと沈んでいた。
「なんで二人のやつはタピオカ入ってないの?」
「タピオカってデンプンの塊らしいからな」
「でんぷん?」
「でんぷんは植物の光合成で作られる多糖類。唾液に含まれるアミラーゼがでんぷんを加水分解して――」
さすが小峰。言ってることが半分。いや三分の一? くらいしか分からない。
「つまり超絶カロリー高くて食べたら太るっていうことでいい?」
「ま、そういうことだな」
それを分かっていながらわたしだけに飲ませようとしてるのか。しかもラージサイズ。
「まぁいいから飲んでみろよ。美味いから」
ほら、と。ぐいぐいっ、と。勧められるがままストローを口に咥えて吸い込む。
まず口の中にミルクティーが広がっていく。
これはだいぶ甘めかもしれない。次もし来ることがあれば甘さは控えめにしよう。
ミルクティーを吸おうとすると、感覚の途中途中に引っかかりがあって、これがタピオカかと思う。少し飲むのが大変だ。
口の中に数個転がりこんできたタピオカを噛んでみると、とてつもなく甘い。
黒糖でコーティングされているらしくて、ミルクティーと同じくらい甘かった。
噛めばもっちゃもっちゃ音がなって甘ったるい何かが歯にしつこくまとわりついてくる。
専門店のタピオカと、わたしが飲んだことのあるタピオカはどうも違うらしい。
「タピオカって、こんなお餅みたいなものだっけ?」
「あれ、飲んだことあったのか?」
「いや、専門店は今日が初めて。わたしが飲んだことあるのはコンビニとかスーパーで買えるやつ」
「それ……タピオカじゃなくて……こんにゃく」
ぶぼっ。
小峰に言われたことが衝撃的すぎてストローを強く吸い込みすぎてしまった。
まるで弾丸のように発射されたタピオカがわたしの喉に体当たりしてくる。
「けほっ、けほ……あれ、こんにゃくなの?」
「そう……原材料表にもしっかりと書かれている……ほら」
そういって小峰が携帯の画面を見せてくる。そこには確かに「ブラックタピオカ(こんにゃく粉)」と書かれていた。
あの寒天みたいに噛みきれて、ぷちぷちとした食感のタピオカは比較的好きだったのに。どうやらあれは偽物らしい。
「まぁ私はどっちも好きだけどな。美味けりゃいいんだよ。美味けりゃ」
そう言う久岐に、うんうんと頷く小峰。そんな二人はジャスミンティーとフルーツティーを飲んでいる。
「でも二人のってタピオカ入ってないよね。なんで?」
「タピオカ屋はタピオカだけが売りって分けじゃないんだよ。普通のお茶も充分美味い」
それ、タピオカ屋にくる必要ないよねと思ったけれど、口には出さずにしまっておく。
話を聞くと、二人はどうやらタピオカ屋にはよく来るらしい。けれどタピオカは頼まずに、こうやってお茶を頼んでは飲んでいるみたいだった。
「んで、今日はかえでどうしたんだ?」
「どうって?」
「綾瀬さんと昼に……」
「あー」
どうやら二人にはしっかり見られていたらしい。
そういえばわたしと綾瀬が教室で話しているのは初めてだったかもしれない。
だから勿論、会話しているわたし達を見たことがあるクラスメイトなんていなさそうだ。
「友達だったっけ? 不良仲間ってやつ?」
「友達は友達かな。不良かどうかは――うーん。まぁたぶんそう? 部分的にそうかも」
学校をサボる以上のことはしてないけれど、傍から見れば不良には違いないのかもしれない。
「綾瀬さん……大丈夫そう……?」
何かを確かめたいのか知りたいのか。小峰がふわふわした質問を投げかけてくる。
大丈夫ってなにがだろう。
ガチ不良と思われてる綾瀬とつるんでいるわたしが大丈夫か聞いてるんだろうか。
それとも綾瀬自身が大丈夫か聞いてるんだろうか。
こういう返答に困る質問はなるべく避けて欲しい。
「大丈夫なんじゃないかな。なんで?」
「変なことに巻き込まれてないのかなって。少し心配」
「鞄……持たされてた」
「パシられてんの?」
パシリ? いやいやそれはないよと笑って返す。
綾瀬の方が立場が上で、わたしはその子分だとでも思われているのだろうか。
綾瀬は人をパシれるような人じゃないと思うし、顎の先で人を使う姿を想像するのは難しい。
たしかに綾瀬の方が不良だと思われてるし、最近のわたしは休みがちだけれど……。
子分が親分の鞄を持って登校した。そう思われても仕方ないのかも。
「いやー。実は私と小峰って綾瀬と同じ小学校でさ。昔はあんなやつじゃなかったんだよな」
「みんなの前に立つ……とまでは言わないけど、真面目で、気配りができて、周りに好かれてる良い子って感じだった……」
「ふーん」
あんなやつ。良い子。ねぇ。
その言葉に少しとっかかりを覚える。
まぁわたしは今の綾瀬しか知らないし、正直どうでも良い。綾瀬はわたしと一緒に学校をサボる仲間。それだけ。
「まぁ。そういうのじゃないよ。今日のだってわたしが勝手にやったことだし。それ、ひと口もらうね」
「あっこら、勝手に」
「うん、こっちの方がわたしは好きかな。美味しいよ」
久岐の言葉を遮るように、ジャスミンティーを手に取って飲んだ。こっちの方が美味しい。
「まぁいいけどよ……何かあったら、私達に言えよ。友達なんだから」
「何もないよ」
久岐が善意を持って、優しさで言ってくれているのはわかる。興味本位とか、好奇心とか、そんなもので小馬鹿にしてくるようなやつじゃない。
だから、これを少しウザく感じてしまうのは私の問題だ。
けど、何もないことをなんと言えというのだろう。本当に何もないのだから。それを証明する手立てもないけれど。悪魔の証明みたいだ。
「綾瀬はわたしよりも授業サボってるくらいで、他には特に――うーん。なにも思いつかないかな」
「そう……」
「へー。てっきり万引きとか色々やる事やってんのかと」
「ないないない。そんな度胸のあるやつじゃないよ」
わたしも綾瀬も、そんな度胸があるならきっと学校に通ってる。
「もうこんな時間か。バイトに遅れるといけないからもう帰るね。お先にしつれー」
これ以上面倒なことになる前に、鞄から携帯をとりだして電源をつけた。
まだふた口ほどしか飲んでいないタピオカを片手に席を立つ。
「あっ、そっか。じゃあな」
「また……」
二人に手を小さく振られながらわたしは店を出る。
あ、そういえばお金渡してないや……また今度でいいか。
歩きながらタピオカを見つめる。結露した水滴が容器にへばりついていて、持っているわたしの手が少し濡れてしまっている。
相変わらず、黒い球体はふよふよしてはいるけれど、ミルクティーに隠れて、出たりひっこんだりしていた。
「これ、どーしよう」
もちろん今日は、バイトなんて入っていなかった。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
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また、蒟蒻ミルクティーは2までの予定です