ぶらんこ ゆよん。授業 呪文。3
「「あっ。」」
言うまでもないけれど、ぶらんこから手を離してバランスを崩した綾瀬はそのままお尻からずり落ちる。
ずでっと綾瀬の落ちた音と、ブランコが放物線の先でキシャキシャとうねる音が聞こえた。
そして元の位置に戻ってきたブランコは、床にへたり込んでいる綾瀬のおでこにぶつかって止まった。
うわぁ痛そう。
「ちょいちょい。大丈夫? 間抜けだなぁ、怪我してない?」
いったぁー! と悶えている綾瀬の隣にしゃがみ込んで、おでこ大丈夫かなーと前髪をすくう。
「うーん。わからん」
綾瀬のおでこは赤くなっていたけど、頬やら耳やら顔全体が赤くなっていて怪我してるのかどうかわからない。
分かるのは涙目を浮かべているから痛かったんだろうなってことだけだった。
「悪いことしちゃったねぇ。痛い?」
「痛いというかなんというか……いや痛いけど……セクハラ! あとジェスチャーが変態オヤジみたいでいやらしい!」
セクハラ? 変態オヤジ? 華の女子高生に向かってなんて失礼な。
「え、変なお兄さん達に見られる前に教えてあげたのに。わたし優しくない?」
「それは……そうなんだけど……そうなんだけどー!!」
うがぁーー! と叫び出しそうな勢いで綾瀬が悶々としだす。だれに見られたわけでもないのに何をそんなに恥じているのだろう。
「別にわたしも見てないよー。あとパンツより鳩のマネしてるほうが恥ずかしいって。たぶん」
「そんな気遣いはしなくていい! いや気遣い? バカにしてるよねぇ?」
綾瀬のパンツを見てないのは本当だけど。
「そんなこともあるかな。動画撮っておけばよかった」
「パンツの動画を!?」
「綾瀬の鳩動画を」
この子はいったい何を言ってるんだろう。
このまま放っておいても面白そうだけど、どんどん変な方向へ進んで面倒なことになりそうだ。
「ほら、立てる?」
綾瀬に手を差し伸べると、一瞬迷ったような仕草をして手のひらを見せてくる。落ちた時に地面とこすったのか血が少し滲んでいた。
「あー、擦りむいちゃってるねぇ」
ほっ、と綾瀬の手首を掴んで引っ張り上げる。立ち上がった拍子にバランスを崩した綾瀬はわたしにもたれかかってきた。
まさか綾瀬がよろけると思わなくて、わたしも少しバランスを崩したけどなんとか耐える。
「おっと。綾瀬って意外と運動音痴なの?」
「そんなこと……ない……こともない……?」
わたしにもたれかかって胸に顔をうずめている綾瀬の耳を見ると赤くなっていた。そんなに恥ずかしかったんだろうか。
客観的に見て女子が女子の胸にうずくまり赤面している様子はいろいろと誤解されそうなので綾瀬をひっぺがした。
わたしから剥がした綾瀬をみると、鼻から赤い液体が垂れている。
「ありゃ。鼻血でてるじゃん」
「おでこと一緒に鼻もぶつけちゃったから」
「それはそれは……」
なんともまぁ器用にぶつけるものだ。
「まってて、ティッシュと絆創膏あると思うから」
鞄の置いてあるベンチへ向かい、あったかなぁと鞄を探る。ついでにスマホで時間を確認する。
時刻は十二時過ぎ。今から学校に向かえばいい感じに五時間目になりそうだった。
「お、やっぱりどっちもあったよ」
「絆創膏も入ってるんだ。かえでは女子力高いんだね」
「女子力が高いというか、一度入れたものは入れっぱなしといういうか……」
一度鞄に物を入れると、どうせまた使うことあるんだろうなと思ってそのまんまにしてしまう。
鞄の中には、お馴染みの茶色い絆創膏が入った箱が見える。その隣の箱には、メルヘンなマスコットが描かれていた。
このキャラは今の小さい女の子達に売れているらしい。そう妹が言っていた。
以前、制服姿で妹と遊んだ時に妹が怪我したことがあって、その時に近くのコンビニで買ったやつだ。
「普通の絆創膏と可愛いやつ、どっちがいい?」
「か、可愛いやつ……?」
「意外。てっきり普通の方選ぶかと思ってた」
絆創膏を一枚取り出して、綾瀬の方を見る。綾瀬は依然としてそこに立っていた。
「何でずっと立ってるの? その傷、今のまま貼るとバイ菌が入っちゃうから先に水道で洗ってきなよ。そこに水飲み場あるし。これで手を拭いていいから」
「かえでが待っててっていったから……」
綾瀬はどこか頬を膨らませながらわたしの差し出したポケットティッシュを受け取りに来た。
そのあとはとてとてと水飲み場に歩いて行く。
その後ろ姿を見ていると犬みたいだなと思った。出会った時は猫みたいだなと思っていたけれど、待て、が通じるあたり犬っぽいのかもしれない。
手に持った絆創膏を見た。そういえば怪我した時って、傷の乾燥を防ぐためにワセリンつけてから絆創膏のほうが良かった気がする。万が一傷が残ったら悪いし。
「保健室ついでに今日は綾瀬も一緒に学校行く? あ、もし行くなら途中でお昼ご飯食べて行くけど」
そう綾瀬に聞いてみた。
おそらく優等生が不良ちゃんを学校に誘う時はとてつもない勇気と決意が必要なんだろう。だけど、わたしにはそんなものいらなかった。不良が不良を誘うことに大きな意味なんてない。
わたしは綾瀬が学校をサボる理由なんて知らないし、わたしがサボる理由も綾瀬は知らない。
たがいに一線を引いて、踏み込まない。踏み越えさせない。だからこそ言えることがあるし、続けられる関係もあるのだ。
人間関係とは近ければいいってものでもない。それの一例がわたし達だと思っている。
だからこそ、気負いなく綾瀬を学校に誘える。綾瀬が「行かない」と答えればいつも通りわたしだけ午後の授業に出て、「行く」というなら一緒に行けばいい。ただそれだけの話だった。
いつもなら誘わないのに今日だけ誘ったのは、今日は保健室という目的があるから。
そして、私の想像する綾瀬が、今日は学校に行くという方向に少し針がふれている気がしたからだ。
「学校……かぁ。かえでは……その、私に――」
なにやら俯いて目線を斜め下に向けながらボソボソ喋っている。うまく聞き取れない。
「んー? ごめん、よく聞こえなかったからもう一回言ってー?」
水飲み場のそばに立っている綾瀬の声は、わずか数メートルのベンチまで届いてこなかったようだ。
「いや、なんでもない。行きます。行く」
「そっか。んじゃもう行っちゃおう」
ベンチからわたしと綾瀬の鞄を持ち上げて、綾瀬の元へと向かう。
洗った手のひらを見せてもらうと、幸いにも傷は浅そうだ。痛くないように、丁寧に絆創膏を貼ってあげた。
「あ、このキャラクター知ってるかも。最近街中で見かけたことある」
「やっぱり有名なんだ。妹が最近ハマってるらしくてね」
「だからそんな可愛いの持ってたんだ」
「うん。それにしても女子高生がその絆創膏をつけてると少し面白いね」
妹につけたあげた時はなんとも思わなかったけれど、クールに見える不良さんが女児向けアニメの絆創膏をつけているギャップがすごい。
「そう? ありがとう」
少しからかったのもお構いなしに、綾瀬がお礼を言ってくる。
んっ、と返事をして、わたしの肩に掛けていた綾瀬の鞄を肩に掛けてあげた。
だけど鞄から手を離すとズルズルと肩から落ちていく。綾瀬はかなりなで肩のようだ。
怪我した手のひらで鞄を支えるのも痛そうだから、財布とスマホだけ綾瀬のポケットに突っ込んでもらって鞄は私が持つことにした。
「それじゃあ。行こっか」
公園から足を踏み出した時、急に強い風が吹いた。翌桧の葉が擦れ合って、さわさわと音が鳴っている。
早く行けと背中を押されているようで、少し居心地が悪かった。
読んでくださってありがとうございます!
とりあえず第一話である「ぶらんこ ゆよん。授業 呪文。」は次回で終わります!
そのあとは第二話である「蒟蒻ミルクティー」が始まりますので楽しみにしてくださると嬉しいです!
お手数ではありますが感想評価をいただけると大変喜びますので是非よろしくお願いします!