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ぶらんこ ゆよん。授業 呪文。2

 入学してから半年とちょっと経つ。

 綾瀬はなかなか学校に来ない生徒だった。

 

 わたしも行かないことがよくある。

 だけど丸一日休むのはせいぜい週に一回くらいだったし、あとは午前中サボったりするくらいだ。綾瀬ほどじゃない。

 

 同じクラスメイトであるはずのわたし達が初めて話したのは夏休み明けの九月。

 真面目なクラスメイトですら憂鬱そうに学校に来ている学業始めの数日間のうち、いつの日かの出来事だった。

 彼らでさえ登校が憂鬱なのであれば、普段すら学校をサボり気味のわたしがまともに学校に行くはずもなく、家を出たはいいものの面倒になって学校付近をぷらぷらと歩いていた。

 

 九月ということもあって、まだ少し残る暑さをひしひしと感じながら公園のそばを歩いていると、中から子供達の賑やかな声が聞こえてきた。

 まだ暑いのに子供達は元気だな〜って思って、公園の中に目をやるとそこには見覚えのあるやつがいた。

 

 ブレザーを腰に結びつけ暑そうにシャツの一番上のボタンを開けながら足を組み、頬杖をつきながらベンチに座って子供達を眺めている女子高生。

 自分の足の上で頬杖をつくために背中が丸まっていて、手の上には綺麗な横顔がのっていた。どこか物憂げな表情とその佇まいはまるで猫のようだった。

 

 何を隠そうそこにいたのが綾瀬だった。

 

 綾瀬はわたし以上に学校に来ないからクラスメイトや先生にTHE・不良認定されている。

 彼らにとってわたしが高校生になって少し調子に乗ってしまった不良もどきなら、綾瀬は本物の不良という認識だ。クラスで誰かと喋ってるところは見たこともなかった。

 

 遠くからひと目見ると、引き込まれるような黒髪を持つ少女で、服装を除けばとても不良には見えない。

 だけど近くに行くと肩にかからないくらいの髪の内側にはオレンジ色のメッシュが申し訳程度に入っているのが分かるし、片耳には銀色の蝶々型ピアスが垂れ下がっている(この時はピアスだと思っていた。ピアスの方がヤンキー度高そうだし)。

 眉間に皺が寄っているわけではないけれど目つきはどことなく強く、顔が整っている。そこにすらっとしたスタイルが加わるものだから若干の威圧感のようなものが生まれている。

 

 そんな人間が学校をよくサボり、たまに来たかと思えば一言も言葉を発せずに帰っていく様子を見ていれば誰も関わろうとしないのは自然なことだった。

 

 それに比べ、わたしは遠目にみると綾瀬よりも不良だった。綾瀬みたいにイヤリングはしてないし、服も着崩してはいない。

 でも腰くらいまで伸びている長い髪はミルクティー色に染め上げられているから教師にはあまりいい顔をされていない。近くで見ようが遠くで見ようが不良だった。

 

 それでもわたしは、適度なコミュニケーションをクラスメイトと取れている、と思う。

 全員と仲良く喋れるかと言われればかなり難しくはあるけれど、綾瀬みたいに誰とも喋らないわけではない。

 逆にクラスの全員と楽しく話せる人間はそれはそれで浮いていると思う。

 それにはどこか、気持ちの悪いものを感じる。

 だから何事も、適度な距離が大事なのだ。

 

 学校をサボったその日のわたしは、公園を後にしてコンビニや他の場所に行く選択肢もあったけれど、なぜか子供達の遊んでいるその公園に惹かれるものがあった。

 だから仕方なく、綾瀬の座っているベンチに近づいていった。

 

 公園の外にいる時は綾瀬の縄張りに侵入する気分だったけど、いざ足を踏み入れるとピリピリとした緊張感はなくなっていた。

 

 綾瀬の座っている隣のベンチに腰掛ける。


 さすがにこれだけ近づくとわたしの存在にも気がついているようで訝しげな目で私を見てきた。

 

「おはよう。えっと、綾瀬さん……だったよね?」

「そうだけど……あなた誰?」

 

 それがわたし達の出会いだった。

 

 そんな不良さんは今、私の横でブランコに何か大きな期待でも乗せていたかのように漕いでいる。

 ブランコが振れるたびにぽろぽろと何かが落ちているような気がした。

 

 ブランコの振り幅がだんだんと小さくなっていく。一緒に抱えて漕いでいたものが全て落ちきったのか、ついにブランコはゆっくりと止まった。

 そろそろ飽きた頃だろうなと思っていると、綾瀬がいきなりブランコの上に立ちだす。

 

「立ち漕ぎするの? お行儀悪いな〜。女の子なのに、はしたなくってよ」

「私、立ち漕ぎやったことないんだよね。立ち漕ぎなら新鮮な気持ちで楽しめるかなって」

 

 幼稚園児がいつも楽しそうだったし。今日はいないし、と綾瀬が言う。

 軽くボケしたのにスルーされてちょっぴり恥ずかしい。少しくらい拾ってくれても良いのに。

 

「さすがに子供が遊んでるところを奪うわけにはいかないし、今日がチャンスだと思って」

 

 それもそうだねぇ。と適当に相槌を打つ。

 綾瀬はいくら学校をサボる不良とはいえ、子どもを押し退けてブランコを奪い取るほどの不良ではないらしい。

 いやわたしもしないけど、そんなことをしたら普通に良心が痛むし。ていうか子どもを押し除けてまでブランコに乗りたい不良ってなんだろう。想像できない。

 

「それじゃあやってみようと思います」

 

 ほっ。と間抜けな掛け声と共に綾瀬が漕ぎ出す。わたしは座ったまま一緒に漕ぎ出す。

 

 ゆあーん ゆよーん

 

 ぎっ ぎこっ ごごご

 

 相変わらずふたつのブランコがやる気のなさそうな音を奏でる。ただ、さっきとは音色が少し異なっていた。

 綾瀬はブランコを漕ぐために足を前に動かして、そして後ろに、前に、後ろにと繰り返している。

 リズムがおかしくて勢いが全然つかない。やる気とは裏腹に空回りしているようだった。

 

 一方のわたしは座っていることもあり順調に漕げている。

 だけど、やっぱりブランコはやる気のなさそうな音を出していた。

 わたしの気のせいだろうか。それともこのブランコはわたしの心と同期しているとでもいうのだろうか。

 

 アホみたいなことをぼんやりと考えている横では必死に漕ぎ出そうとしている綾瀬がいる。

 かれこれそのまま5分くらいは頑張っているんじゃないだろうか。なにがそこまで綾瀬を必死にさせるんだろう。意外と綾瀬は向上心の塊のようなやつなのかな。

 

「鳩みたいだね」

 

 へっぴり腰になりながら首を前後に動かし、足を前後にせわしなく動かしている綾瀬は公園を闊歩している鳩とどことなく似ていた。

 

 綾瀬はむっ、とした表情を浮かべながらジタバタするのをやめてすっとブランコの上に立ち直した。

 

「ならかえでもやってみてよ。意外と難しいんだからね。これ」

「立ち漕ぎかぁ。あんまり気が乗らないなぁ」

「私だけ変な格好になってバカみたいじゃん。かえでも少しやってみてよ」

 

 バカみたいも何も、言い出したのは綾瀬なのに。

 

「わたしは立ち漕ぎやったことあるから、この公園で鳩の真似することになるのは綾瀬1人だけだよ?」

「えっ、かえで立ち漕ぎできるんだ。意外」

 

 失礼なやつだな。

 

「小さい子の遊びなら大抵なんでもできるかな。あー、でもやらないよ? この格好だし」

「この格好? ただの制服じゃない?」

「制服だからだよ」

 

 地面に足の裏を掠らせた。

 ずざざざーっというなんとも靴の裏がすり減っていそうな音と共にわたしのブランコは止まる。

 

「いやぁ。ほら。ね?」

 

 綾瀬さんも女の子でしょー? もっと気をつけてーと思いながら、手のひらをぱんっと叩いた後にピースサインをして、okサインを作り、手のひらを水平にしておでこに当てる。

 何をやっているのかと、きょとんとした顔でわたしを見てくる。まじか、伝わらないのかよ綾瀬さん。

 

「ほら、えっとー。ぱんっ ツー 丸 見え〜 的な?」

 

「へ?」という声と共に綾瀬が一瞬フリーズしたと思ったらみるみるうちに顔が赤くなっていく。

 

 おー。見事に真っ赤だなぁとか思った時には綾瀬は慌ててスカートを押さえていた。

 手を離されたブランコは綾瀬を置いて前へ前へと振れていく。

 

「「あっ。」」


 キコギッ、とブランコの。鎖の鳴る音が公園に響いた。

読んでくださってありがとうございます!


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