ぶらんこ ゆよん。授業 呪文。 1
「ブランコやってみたい」
一緒に学校をサボっている綾瀬がそう言い出したのをきっかけに、わたし達はブランコに乗っていた。
ブランコを漕ぐと公園全体がよく見渡せる。
シーソー、滑り台、パンダの形をしたよくわからない遊具。普段は子供たちがひっきりなしに遊んでいるのに、今日は子供を見かけない。
いつもなら子供たちは遊具だけでなく、フェンスとネットに囲まれたスペースでサッカーしたり、公園に植えられた翌桧の木々の中で鬼ごっこをやっている。
その子供たちをベンチに座りながらぼーっと眺める。それが普段のわたし達だった。
よく子供たちは公園に来ただけであんなに楽しくはしゃげるなぁと感心してしまう。子供ってすごい。
思い返せばわたしも小さい頃はよく公園で遊んでいた。毎日飽きもせずに友達と遊びまわって、公園に友達がいなくても知らない子に話しかけて一緒に遊んでいたものだ。
いつからわたしは公園で遊ばなくなってしまったのだろう。
中学の時はもう遊んでいなくて、ということは小学校六年生とかだろうか。最後に遊んだ場所も一緒にいた友達も覚えていない。
けれど、当時のわたしを垣間見るに、公園で遊ばなくなるというのはかなり大きな変化だったように思う。
きっと最後に遊んだ日は今日が最後だという自覚は全くなくて、その次の日も、また次の日も同じように繰り返されていくと信じていたのかもしれない。
だけど記憶に残っていないあの日を境に、わたしは公園で遊ばなくなったのだ。大きな変化にはそれに見合う大きな理由が必ずしも用意されているわけではないらしい。
公園に子供がいないのをきっかけに、昔大人に言われたことを思いだした。
「家にいないで外で遊んできなさい」「子供は家に引きこもらないで公園で遊ぶべきだ」とか大人は言っていた。
彼らの言い分によれば、公園で同じ年頃の人間と出会って遊ぶことで社交性や思考力、想像力が身につくという。かといって言われたままに公園で毎日遊んでいると、遊びすぎだの家の手伝いをしなさいだの怒られる。理不尽にもほどがある。
それでもわたし達は親に逆らってまでそこであそびつ続けた。
それはきっと、公園で遊んでいる子供は親に小言を言われずに自由に走り回れる場所を求めて、家に籠っている子供は家でしかできない表現を求めて。公園で遊ぶ子供も家で遊ぶ子供も、その場所こそが本当に自由でいられる場所。だからそこに依存するのだ。
それに、子供の頭の中には楽しいとつまらないくらいの感情しかなくて、疲れや思慮なんて言葉は存在しない。無意識のうちに楽しいの方向に全力で走っていって、つまづいたり転んでひざを擦りむいても、明日には傷が治っている。それが私の抱いている子供像だった。
子供はいつでも身勝手で、わがままで、どうしようもないくらい自由なのだ。
公園で遊んでいる子供達の瞳にはポイ捨てされたタバコや空き缶なんかは見えなくて、公園の端から端まで全てが輝いて見えている。
わたしからしてみれば、公園に足を踏み入れる前から「なんだか汚れてるなぁ」とか思うものだ。
やっぱり、いくら子供の時に輝かしく見えたものでも、歳を重ねてしまうと輝きを失ってしまうのだろう。輝きが残っていても、いざ童心に帰ってやってみると「あぁ。こんなものか」となって、途端に光が失われて白色だけが残る。
そのことがこれといって悲しいわけでもないけれど、いきなり心の一部を何者かに食べられて、穴がすぽっと出来上がり風通しが良くなる。
だから久しぶりに、もしかしたら幼稚園ぶりにブランコを漕いだわたしの気分はこれといって高揚しなかったし、ベンチに座っているのと特に変わりはなかった。
ブランコに乗りたいだなんて言い出す綾瀬は子供にでも戻りたいのだろうか。わざわざ理由を聞いたりはしないけど。どうせなんとなくだろうし。
ゆあーん ゆよーん
ゆあーん ゆよーん
どことなくやる気のなさげな音がブランコからなっている。
「ブランコ。久しぶりに乗ったけどあんま楽しくないね」
期待でも外れたかのような顔をしながら綾瀬がぼやく。
「小さい頃はもっと風とか感じて、ぶわぁ〜って感じで楽しかった気がするんだけど……」
「大人になったんじゃない? ほら、私たち女子高生だし」
とは言いつつも、大人からすればわたし達女子高生はまだまだ子供なのだろう。けれど、あんな自由な子供にはもう戻れないしなろうとも思わない。
わたしが大人じゃないのなら、子供ではなくなってしまっているわたしは一体なんなのだろう。大人ということにしておいてほしかった。
数回漕いだ後、わたし達のブランコは止まる。
「女子高生かぁ。女子高生ってなんかもっとこう、華やかなものだと思ってたけど、実際なってみると味気ないよね。かえでは女子高生になってなにか変わったことある?」
そう綾瀬がわたしの方を向いて聞いてくる。女子高生、何も変わってないなぁと思いつつ、分かりやすいところを答えることにした。
「なんとわたし、髪を染めました」
「中学の時は染めてなかったんだ。意外」
「なにをー。綾瀬こそメッシュにピアス開けちゃって、高校デビュー?」
「これピアスじゃなくてイヤリングだよ。怖くて穴は開けてない。それに中三の時に髪はもう染めてたかな」
「綾瀬は中学の時から不良さんだったわけだ。ふぅん。まぁなんにせよ良く似合ってるよ」
私は高校デビューとして髪の全体を雑に染めてみただけだけれど、綾瀬の髪に入っているオレンジ色のメッシュはどこか洗練されたものを感じる。やりなれてるんだろうな。
「ふふっ。嬉しい。こんどかえでにもイヤリングかピアス選んであげるよ」
「えー。わたしはいいかなぁ……そういうのは綾瀬みたいな子がするから映えるんだよ。わたしがつけるとイキっちゃった女子高生みたいになって、なんかイタくなりそうだし」
「そんなことはないと思うんだけどな。にしても女子高生……。女子高生かぁ……」
うーん。と綾瀬は首を傾げて何かを考えだした。女子高生になんの期待をしているんだろう。
「かえではまだしも、私は女子高生やってるのかな」
そう綾瀬は言うと、ぽけ〜っとした顔つきで空を眺め始めた。うちの歳の離れた妹も、似たような表情で何かに耽っている姿を度々見かける。
「急にどうしたの?」
「ほら、私はかえでと違ってそんなに登校してないから。女子高生らしいこと、してないなって」
女子高生らしいこと? なんだろう。綾瀬から見たわたしは女子高生らしいことしてるんだろうか。
「確かに登校はしてないよね。でもまぁ、その制服着てれば女子高生ってことでいいんだよ」
制服を着ていれば、街ですれ違う人もその子も、自他ともに女子高生なのだと確立される。いちいちすれ違う人に自己紹介をしなくても、わたしという人間を勝手に認識して、理解されてしまう。
平日の昼間から制服姿で公園にいるわたし達は、わかりやすい。
「かえで」
綾瀬はわたしの名を口にすると、子供が空想から帰ったみたいに真剣な眼差しでわたしを見つめてくる。なんだなんだ。
「あんまり言いたくはないんだけど……コスプレイヤーと私の違いってなんかある?」
「ぶふっ」
綾瀬が真面目な顔で変なことを言うものだから吹き出してしまう。綾瀬は少しバカなのかもしれない。
「変なこというね。そうだなぁ。綾瀬がどう思ってるかは分からないけど、少なくともわたし的には綾瀬はちゃんと女子高生してるよ。だから、きっと綾瀬は女子高生なんだってことにしよう。そうしておこう。それに本物の女子高生の友達がここにいますし」
目を丸くした綾瀬が固まった。口が半開きになっていて、普段のキリッとした顔が台無しになっている。
「え、なにその顔。もしかしてわたし達友達じゃなかった? 残念」
「いや違う! ちゃんと友達! 急にそんなこと言うからビックリしただけで……私は! 友達、だと思ってる!」
まるで何か言い訳をするように、綾瀬は慌てながら答える。
「ふぅむ。そうかそうか。まぁあとはあれだよね。ピアス怖くてイヤリングってところが子供らしくてかわいいと思うよ。女子高生っぽい」
「かわっ、……適当言って遊んでるよね!?」
「そんなことないよー。かわいいかわいい」
「ぜったい馬鹿にしてる……もうっ」
綾瀬がふんっとそっぽを向いてしまう。髪の合間から蝶々型のイヤリングが光って見えた。
これは少しからかいすぎたかもしれない。綾瀬の横顔がほのかに赤く染まっている。
こうして綾瀬の横顔を見るたびに、わたしは綾瀬と出会った時のことをたまに思い出す。あの時は顔は赤くなかったし、暑そうな今と違って冷たい印象の顔だったけど。
あれは桜の舞う季節ではない。だから、わたしの運命を変えてしまう。不確かながらもそう朧げに感じた、暑さの残る気怠い日だった。
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