26.捨てがまり作戦
安全装置を外して、フロアに踏み込む。
四十三階オフィスフロアでは㈱キャピオンの社員たちがドローンの出現にパニックを起こし、取締役にかかってきた怪しげな投資会社の電話を片っ端からつないでいた。
そんなことすれば、賞与査定にひびくのは間違いない。
それほどの混乱が㈱キャピオンの第七総務課を支配していたのだ。
そんな第七総務課のコントロールをアタルとイツカが七・六二弾六発と手裏剣十三枚で取り戻す。
「これは減額間違いなしになったおれのボーナスの分だ、クソッタレ」
課長と思しきハゲ頭が倒れているチャンバラ・ドローンの顔を思い切り蹴飛ばした。
「助かったよ。あんたたち、警備の人?」
「まあ、そういう感じの部署の人です」
「下はもっとひどいみたいだな。まったく! 会社がこんなのを飼ってるなんて知らなかったよ」
「エレベーターは止まってるようです。階段は?」
「ここを出て、右に曲がってまっすぐのとこだ。ところで、それ、本物の銃?」
四十二階。
オフィス。社員たちの逃げた跡。
最新の超薄型デスクトップ・パソコンはひよこちゃんスクリーンセーバーで鍵をかけていて、イージーリスニングが流れてくる高い天井にはマイナスイオン絡みの福利厚生なのか高山植物が逆さまに垂れ下がっていた。奥のガラス張りのお客さま室では中国茶がしゅうしゅう湯気を立てている。
「おかしいな。キャピオン㈱から見たときはここにもドローンがいたはず。確か、武士みたいなのが」
「いるッスよ。武士みたいなの」
奥のガラス部屋の浪人型ドローンが動き出した。コート掛けに垂れたビニールシートと思っていたものは実は社内で帯刀を許された稀有な機械人形だったのだ。
「ここは天才美少女くノ一の出番ッス」
そう言って、イツカはジャージの袖から大ぶりの苦無を二本、手に滑り込ませ、逆手持ちにしての臨戦態勢。
浪人ドローンも静かに刀を抜き、正眼に構える。
どちらも構えを崩さない。
打ちかかる隙をうかがうのだが、空気に満ちた双方の気迫がそれを許さないのだ。
緊張でイツカの額から汗が一滴滴り、浪人ドローンの頭部パーツを冷却水が滑り落ちた。
睨み合ってから十分。
ついに動いた。
バン!
アタルが。
鋼鉄被膜ホローポイント弾は装甲菅笠に守られたメモリとCPUその他集積回路の群れを三万三千三百三十三の破片に変えた。
「あーっ! 何するッスか!」
「だって、長いよ。どんだけ引っぱるの」
「剣士にしか見えない気合のやり取りがあったッス!」
「そういうのは有給取ってやってよ。ほら、行くよ」
「見せ場を取られたッス! 後輩いびりッス!」
「ハイハイ。何でもいいから、ほら行くよ」
「はー、アタル先輩は分かってないッス。武道ってものをこれっぽっちも分かってないッス」
四十一階に降りて、四十階に降りようとしたところ、ガトリング砲の超高速射撃に細切れにされかけた。誰かがガトリングポッドを置いたのだ。
「こうなったら仕方がないッス。アタル先輩がオトリになるんで、わたしは逃げてくださいッス」
「よし、任せた――ん? ちょっと待って」
アタル先輩、とレイジより通信。
『見取り図がダウンロードできました。アタル先輩たちがいる階段の踊り場にケーブルなどの点検用の通路があります』
件の扉の鍵を撃ち抜き、少しかがまないと進めない点検通路をレイジのナビでもぞもぞ歩き、ドアを蹴り開けると、ガトリングポッドの背後が取れた。
「イツカくん、やっちゃって!」
「御意ッス!」
イツカがささっと飛び降りると、鍵が差しっぱなしになっていたポッドのカバーを開け、なかのケーブルを手当たり次第にぶちぶち引っこ抜く。
すると、三千発入り巨大弾倉が外れて落ちて、六本の銃身も外れて、点検待ち時間用のイージーリスニングが流れ出し、いまやガトリングポッドは『イッツ・ア・スモールワールド』の人形ほどに無害な存在になった。
「よし。この調子でフロアもクリアしていこう」
「GOGOッス!」
ガラスで囲まれた各オフィスには園芸用の左のアームが大きなシャベルになったドローンが嫌がらせのように配置されていて、イツカがドアを開き、アタルが二発ずつぶち込むというルーチンワークを頑張った。
廊下側では既にレイジのリモート狙撃で、頭に配線をぴりつかせているドローンが二体倒れている。
おかしい。
簡単過ぎる。
「冥次郎がいるのは次の階なのに、配置がちょっといいかげん過ぎないかい?」
「これ、捨てがまりっぽいッスね」
「捨てがまり?」
「追っかけてくる敵の道に忍者をひとりずつ捨てていくッス。それでひとりひとり相手して時間稼ぎをして、追っ手の足が遅くなってるあいだにこっそり背後にまわり込んで、一気にワッて奇襲をかけるッス」
「レイジくん。ひょっとして、僕らの上の階……」
『イツカ先輩の言う通りです。すぐ上にドローンが集まっています。浪人三、園芸五、飛行型が――二十七います!』
「どうってことはないさ。お得意先で、名刺を部長より先に平社員に渡すよりも事態は深刻じゃない」
アタルは階段室とエレベーターの両方を見張れる絶妙なポジションで膝をつき、スコープの下の照準で階段室のドアを狙った。
ドアの蝶番がショットガンで吹き飛ばされた。小さなローターでちょこまか飛ぶハチドリのようなドローンーー絶縁ベルトで吊るしたレーザーポインターで獲物を探す。プロ野球の試合なんかでピッチャーの目に照射したら怒られるやつだが、このレーザーはショットガンの銃身に付属している。
古い猟銃みたいに二本の銃身――片方の銃口は硝煙を引いている。
未発射銃身にアタルの狙撃弾が飛び込み、発射を待つダブル・オー・バック弾が破裂した。
パチンコ玉よりもひと回り小さな散弾が飛び散り、ハチドリ・ドローンが四体、巻き添えを食らう。
園芸業者のキャップをかぶった人型ドローン――手には九ミリ・オートマティック。パン! アタルのすぐ横にある給茶機。タッチパネルが爆発し、白いキノコ雲。ビシビシビシ! ガラスに穴。レイジのリモート狙撃がたて続けに花柄エプロンにくるまれた胴体に飛び込む。アタルはその首の接合部分に一発撃ち込み、飛んだ頭が壁で跳ね返って、アタル目がけて飛んでくるが、無音のライフル弾がそれを叩き落した。
「なんだか、アタル先輩、手厚い援護射撃をもらってるッス」
「これがレイジくんならリアル・ディミトリなんだけど、高速で飛んでくるバレーボール大の鉄の塊を撃ち落とせるとなると……橘さん?」
「……ええ(ハーイ! あなたのソフィアです!)」
「援護ありがとうございます」
「……ただの仕事よ(仕事という名の求婚です)」
ビシッ!
アタルへ突っ込んできたハチドリ・ドローンが撃ち落とされ、ガラスには兵庫県の形をした穴が開いた。




