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19.こたえはピサ

 イタリア製の高級スーツに髪をテカテカのオールバックにしたちょい悪――いや、激悪オヤジたちが二十人。


 レゾッツォ・ファミリーの幹部たちは暖炉のある食堂に集まっていて、ドン・ドナテロの前妻の等身大肖像画が見守るなか、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ、はやい話がTボーン・ステーキが供されていく。イタリアではTボーン・ステーキだって、結構な名前をもらっているのだ。


 テーブル中央の一番大きな皿に乗ったケーキには金箔で『ボス、誕生日おめでとう!』と書いた板チョコが乗っていて、そのまわりに蝋燭が九十本刺さっていた。


 ドン・ドナテロは骨と皮だけの老人であり、彼が作り出したヘロイン患者たちよりも痩せ衰えていた。

 移動は車椅子で点滴パックがふたつ鋳鉄装飾のスタンドから常にぶら下がっていて、この老人が低血糖で生死を彷徨わないよう、ブドウ糖を血管にぶち込んでいる。

 それに彼が十四歳で初めて人を殺したときに使ったドイツ製のワルサーと北欧ルートで手に入るハードコア・ポルノが二冊、肘置きの下に隠されていたが、これは相談役しか知らないことだった。


 九十回目の誕生日が命日になることを定められたドン・ドナテロはその最期の言葉もまた定められている――『ピッツァ』。


 まず、ソフィアが正面玄関のドアを派手に吹き飛ばした。

 隠密行動を捨てたのはアタルをそばで感じるためである。

 自分の立場が厄介であればあるほど、アタルの援護射撃も頻繁なのだ。


 アタルの狙撃は綿密な下調べの上に構築される。


 ミグルミハガシ・パチンコ店のチラシの裏に書き殴った地図といつだってサラリーマン・スナイパーを悩ませる風向きを考慮しながら、必殺の一発をお見舞いするのだ。


「アタル先輩。美少女くノ一、千秋イツカ、ただいま帰還っス」

「え? どこか行ってたの?」

「学校のなかをうろついてたッス。サボってたんじゃないッスよ? 中学生たちが学校のなかをうろついてたッス。肝試しッスね」

「青春だね」

「バンプみたいッス。それでこのまま屋上に来られたら、マズいことになると思って忍者の幻術で妖怪を見せて追っ払ったッス。いまのわたしは八番目の学校七不思議ッス」

「音楽室のベートーヴェンの絵。白骨模型。二宮金次郎の銅像。……あと、何があったっけ?」

「テストで赤点を取るたび、どうして自分はまだ生きていられるんだろうって不思議に思うッス」

「それ、七つじゃ足りないんじゃないの?」

「むっ、馬鹿にしてるッスか?」

「まあ、そうだね」――パシュ!――「うん。馬鹿にしてるよ」

 サイレンサーで銃声を絞られたアタルの狙撃は放り投げられた椅子を叩き落した。そのままにしていれば、ソフィアの後頭部をぶつかったことだろう。

「僕は赤点とは無縁の学生生活を営んできたんだ」

「そんな感じっス。勉強しかできなさそうッス」

「失敬な。学生時代の僕はモテモテだった」

「アタル先輩、世田谷に行くときにツチノコを見たことがあるって嘘をついたの覚えてるッスか?」

「覚えてるよ」

「いま、アタル先輩がついてる嘘はあのときと同じ、悲しい嘘ッス。誰も幸せになれないッス」

「だから、嘘なんか」――パシュ!――「ついてないよ、失敬だね、ちみは」

「ソフィアっちがアタル先輩を見るときの視線、知ってるッスか」

「何を言いたいかはだいたいわかるよ。でも、いいかい、イツカくん。彼女と僕とでは支払っている所得税の桁の数が最低三桁は違う。低収入男子の宿命については僕もサラリーマン・スナイパーなりに理解しているさ」

「世の中はお金が全てなんスかね?」

「お金で買えないものはないと言ってしまう人たちはあんまり高い買い物をしたことがないから、そう言うんだ。お金で買えないものは確かに存在する。若さとか健康とか」

「意外と月並みッス」

「きみはまだ十代だからね。ぎっくり腰の癖がついていない腰のありがたみがまだ分かっていない」


 そのとき、ピーピーと何かが鳴った。


「いまの音は?」

「ポケベル改造してつくったトラップセンサーッス。さっきの中学生たちが戻ってきたッス。その根性に敬意を表して、こっちも全力の幻術で応戦するッス」

「参考までにきくけど」――パシュ! パシュ!――「幻術の妖怪ってどんな姿なの?」

「焼け焦げたフランス人形が全身から生えた化け物が四つん這いで走って追ってくるッス」

「それはもう妖怪の範疇を越えてるよ、イツカくん」――パシュ!――「怖すぎるよ」

「現在進行形で人殺してるアタル先輩に怖いと言われても困るッス」

「トラウマになってなければいいけど――あっ」


 そのころ、マフィアたちは食堂のすぐ外にいるソフィアを待ち構えていた。

 だから、天窓を破って、レイジが舞い降りたとき、数人のマフィアが鋼の鉤爪の犠牲となって切り裂かれたのだが、それはまさしく血みどろゲロゲロだった。

 が、アタルの頭脳はそれを〈死の舞踏〉にカウントしたので、泡を噴かずに済んだ。


「アタル先輩」

「いま、いいとこ!」

「もしかしてスコープの十字線、レイジっちにあわせられてるッスか?」

「うん」

「うっかり撃ったらレイジっちに当たるッスよ?」

「スナイパーのジレンマだね」

「素直に双眼鏡とか使ったらどうッスか?」

「やだよ。そんな覗きみたいなこと」

「いやいや。アタル先輩がいましてるのは間違いなく覗きッス」

「違うって。僕は援護射撃をしているのさ」

「でも、一発も撃ってないッス」

「撃ったら、レイジくんに当たるからね」

「じゃあ、十字線をレイジっちから外せばいいッス」

「それじゃレイジくんを観劇できない。観察じゃなくて観劇だよ。もう、これは芸術だよ、芸術」

「じゃあ、双眼鏡で見ればいいッス」

「やだよ。僕は覗き屋じゃない」

「ん?」

「あ、レイジくんが橘さんの至近距離発砲をアシストした。やっぱり絵になるなあ。リアル・スナドリだよ」

「そのリアル・スナドリでアタル先輩の役割は?」

「援護射撃だよ」

「じゃあ、撃たなきゃダメッス」

「撃ったらレイジくんに当たるじゃないか」

「じゃあ、狙いを外すッス」

「そうしたらレイジくんを観劇できない」

「じゃあ、双眼鏡で見るッス」

「僕は覗き屋じゃない。サラリーマン・スナイパーだ」

「じゃあ、撃つッス」

「レイジくんに当たる」

「狙いを外すッス」

「観劇できない」

「じゃあ、双眼鏡で見るッス」

「僕は覗き屋じゃない」

「じゃあ、撃つッス」

「レイジくんに当たる」

「狙いを外すッス」

「観劇できない」

「双眼鏡で見るッス」

「僕は覗き屋じゃない――あ、あ、あ! いま、見せ場だ! ほら、イツカくん。きみも見たまえ!」


 イツカはいつぞや社長からもらった銃に反応する狙撃スコープで覗いてみた。

 すると、マフィアたちは皆殺しにされた食堂が目に映った。

 最後に残った車椅子のボスの頭にレイジとソフィアが至近距離で九ミリのベレッタを突きつけている。


「レイジっちたちが何か言ってるみたいッス」

「きっと『父と子と聖霊の御名において、お前を処刑する』って言ってるんだ」

「中二みたいッスね。それにわたしたちはトミノピザとピザバットとチェーキーズの依頼で処刑してるッス。それも相場の十分の一、ご奉仕価格ッス」

「ああ、ふたりはなんて言ってるんだろう。きっとスナドリ的な何か、かっこいい台詞なんだろうな。イツカくん。読唇術とかできないの?」

「できるッスよ。レイジっちたちは『イツカ先輩は優秀なくノ一だから、アタル先輩は高級ようかんを買ってあげるべきッス』って言ってるッス」

「ついて二秒でバレる嘘をありがとう、――あっ」


 スコープのなかの視界。

 レイジとソフィアはマフィアのドンの頭を、弾倉が空になるまで撃った。


 ちなみにふたりは本当はこう言っていた。


レイジ「ピザと十回言ってみろ」

マフィアのボス「何?(ケ・コーザ?) なんと言っている?(コザイ・デット?)

ソフィア「ピザって十回ディレ・ピッザ・言いなさいディエチ・ヴォルテ

マフィアのボス「何?(ペルケ?)


 ふたりとも撃鉄を上げる。


マフィアのボス「……ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ、ピッツァ。これが何だっケ・カッツォ・て言うんだ?(エ・クエスト?)

ソフィア「斜塔がドヴェ・チェ・ウナ・あるのは?(トッレ・ペンデンテ?)

マフィアのボス「ピッツァ」


 バンバンバンバンバン!

次回更新は 2023/3/19 七時過ぎの予定です。

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