18.秘密協定
パシュ! パシュ! と、気前のいいヘッドショットが連続する。
オレオレ詐欺グループのボス五人、総被害額四百億円の、まさにトップクラスだが、梶山会の会長の母(九十八歳)にオレオレをしたのが運の尽きだった。
知っててやったのなら命知らず、知らずにやったのならただのマヌケ。
彼らが集まったのは都心の古い神社で、そこが複雑に交差する高速道路網の底にある、年中日陰のひんやりとした場所だった。
四六時中自動車が走りまわる高速道路が弾避けになると思っていたようだが、それしきのことで「弊社で扱えません」と言っていてはグッド・キラーズは会社更生法適用である。おそらくマッド・マーダーズに救済を求め、唯一の株主である社長が損をかぶる。
アタルは失業保険を受け取りながら、再就職である。
「……(もし、そうなったら、何が何でもマッド・マーダーズ!)」
ソフィアの無言の野心はさておいて、今回の攻略法だが、複雑に走る高速道路の防壁には自動車の切れ目という隙がある。
だから、そこを狙う。
これはアタルにとって優しい狙撃である。
弾着から脳みそが飛び散る次の瞬間にはシロイヌヤマシロの宅急便のトラックが視界を塞いでくれるので泡を吹かずに済む。
オレオレ詐欺のCEOたちはこの立地の無敵性を信じているから、どこから弾が飛んでくるのか分からない。
見当違いの狛犬の裏に隠れて、後頭部が吹っ飛んだりする。
スコアはアタルが三人、ソフィアが二人。
「あなたの勝ちよ(たはー、負けちゃった)」
「じゃあ、約束通り、負けたほうは勝ったほうのお願いを何でもきくってことで」
「……覚悟はしている(お父さま、お母さま。ソフィアは今夜、女になります!)」
「いえ、そんな難しいことはお願いしませんよ。今度、レイジくんと組んで、かっこよく仕事をするところを見せてください」
「……は?(へ?)」
「ほら、今日、イツカくんと組んでる、今季覇権アニメで主役のディミトリを演じてる笹貫レイジです」
「……そう(あばばばば! コンビが解消するーっ!)」
「ふたりが一緒に仕事をしたら、かっこいいだろうなあって思うんですよ。ぜひ見たいんです!」
「……構わないわ(うっ、この少年のようなキラキラした大きな瞳に抗えない!)」
「やった。ありがとうございます! すいません、僕のわがままをきいてもらって!」
ちょうどグッド・キラーズにはおあつらえ向きの仕事があった。
内容はマフィア壊滅である。
三年前、日本に進出したイタリア系マフィア〈レゾッツォ・ファミリー〉が都心をカバーする宅配ピザ・チェーンを構築していた。
昨今のイタ飯ブームに乗っかって、資金洗浄でもしているのかと思ったが、実情はもっとひどかった。
このピザ屋の〈マンマのフレンチ・コネクション・スペシャル〉というメニューはチーズにヘロインが混ぜてあり、サラミの脂にエクスタシーが、そして、ピーマンのかわりにローストしたマリファナがちりばめてあって、サイドメニューのコーラにはもちろんコカインが溶けていた。トマトだけは普通のトマトのままだが、そこにはイタリア系マフィアのトマトに対する愛着があったとかなんとか。
ピザ業界全体を悪評のドツボにはめ込むであろう麻薬密売計画をきいて、日本じゅうのカタギのピザ屋が結託し、資金を集め、レゾッツォ・ファミリーの排除を依頼してきた。日本のピザ屋はそこそこ凶悪だった。
ちなみにこの仕事は、社長があるピザ屋のキャンペーン・ガールといちゃいちゃしたときに旦那が家に帰ってきて「おれの女房に何してやがる!」という典型的な美人局にまんまと引っかかって受けさせられたもので、報酬は相場の十分の一だった。
「うわあっ。社長、お願いですから、仕事の単価下げないでくださいよ」
「反省してるよ。しゅん」
「擬音語で反省を強調する前に、ブリトーから手を離してください」
そんな逆ザヤギリギリの仕事だが、アタルは、マフィアの豪邸での暗殺はシーズン3のエピソード10『シチリアより愛を込めて』のようだなあと思っていた。
ディミトリはこのミッションでマフィアに幼いころから殺人術と狙撃を教え込まれた美女ルシアと共闘をするのだが、まさにこのシチュエーションはレイジとソフィアがビジュアル的にドンピシャだった。
山の手の外交官街には裕福な外国人たちが建てた豪邸がいくつかあり、レゾッツォ・ファミリーのボス、ドン・ドナテロ・レゾッツォの屋敷もそこにある。奇しくも明治時代、日本にピザの作り方を教えに来たお雇い外国人が建築したもので、それがピザを世界最強クラスに侮辱するマフィアのものになっていた。
そんなピザ御殿から通り一本挟んだ私立中学校の屋上で伏せ撃ちの姿勢で待機しているアタルが、やはりうつ伏せになっているイツカに、こう頼んだ。
「イツカくん。きみのスマホを貸してもらえないかな?」
「いいっすけど、何に使うッスか?」
「レイジくんたちの死の舞踏を撮影するんだ。ほら、僕の携帯はガラケーだし」
「嫌っス。何が悲しくて、自分のスマホにスナッフフィルムを保存するのか分からないッス。そもそも、今回の仕事、アタル先輩は狙撃の援護っス」
「そうだよ」
「それでどうやってレイジっちたちを間近に撮影するッスか?」
「何を言ってるんだい? きみが撮影するんだよ」
「却下ッス」
「えー。じゃあ、僕が行くしかないか。まあ、レイジくんたちの流血なら我慢できる。むしろ、浴びたいくらいだよ」
「エリーザベト・バートリみたいに?」
「え? 誰だって?」
「ハンガリー人ッス。処女をさらって殺して血をしぼって、その血でお風呂に入ったッス」
「なんで、そんなことしたの?」
「美容と健康のためッス」
「考えたら泡吹いちゃうよ。お風呂から上がったら血が乾いてガビガビになりそう。もちろん、レイジくんたちの流血ならOKだけど」
「アタル先輩、ときどき殺人鬼になるから困りものっス」
「ところで、イツカくん、ハンガリーはどこにあるか知ってるかい?」
「高知県っス」
「きみの受けた教育はどうしてそんなに偏りがあるのかなあ」
「そりゃあ忍者の学校っス。忍術に偏るのは仕方がないッス」
「そうじゃないんだよなあ」
そのころ、標的の屋敷のそばでは隠密戦闘用のスーツに着替えたレイジとソフィアが、それぞれの得物――社長が選んだ三枚刃の鉤爪とドイツ製の九ミリ・サブマシンガンの再確認をしている。
ああ、尊いなあ、とアタルが思っていたところ、突然、ソフィアがナイフで切りかかった。
レイジはそれを鉤爪の峰で受ける。
ふたりの顔はすぐそこまで近づいたが、ふ、とソフィアの警戒が溶け、ふたりは握手をする。
「すごい! ほんとにシーズン3のエピソード10のディミトリとルシアみたいだ! 命を取り合うふたりがお互いを相棒と認めるみたいに!」
「それって東西狙撃合戦のやつッスか?」
「それはシーズン2のエピソード10。残念だよ、イツカくん。どうも再教育が必要みたいだね」
「ひええっ」
実際、アタルが感動したシーズン3のエピソード10なシーンはレイジのこんな言葉から始まった。
「ソフィアさん。あなたがアタル先輩のことを好きなことは知っています」
ここでナイフと鉤爪がぶつかりあった。
「勘違いしないでください。おれはアタル先輩を尊敬しています。アタル先輩があなたのようなスナイパーと結ばれたらいいなと思っているんです」
「あのくノ一の子は?(あぶな。反射で殺しそうになっちゃった)」
「彼女は渋いおじさまが好みだと言っていました。アタル先輩は童顔すぎると」
「……そう(わかってない。そこがいいのに。まあ、ライバルが減るのはいいことだ)」
「おれはあなたの味方です。それは覚えておいてください。できれば、あなたとアタル先輩が結婚して、子どもが生まれて、ときどき甘やかしにやってくる優しいおじさんのポジションにいたいと思ってます」
「……(アアア、アタルさまとわたしの子ども! おいおい、まったく、気が早すぎるだろう! たはー、でも、子どもかあ、子どもねえ。うん、なかなかいい目をしているぞ、ちみは)」
そうして、レイジとソフィアが握手した。
次回更新は 2023/3/12 七時過ぎの予定です。




