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10.耳を傾けよ! 心の声に

 テロリストのうち、ひとりは死亡。残り十人は逮捕である。


「まあ、内閣は倒れるだろう。そういうもんだ」


〈公安もどき〉は割とサバサバとしていた。


「申し訳ありません。ただ、不殺プランを続けた場合、人質が死亡しそうだったので」

「人質に死なれるほうがずっとマズい。気にするな。さて――これから政府ヘリを使って、ディズニーランドへとんぼ返りする予定だが、乗っていくか?」

「お気遣いありがとうございます。ただ、うちの社員を見舞わないといけないので」

「そうか。なあ、これはお世辞ってわけじゃないんだが、きみの腕、相当なものだな」

「ありがとうございます。グッド・キラーズではワンショット、ワンキル、迅速正確な暗殺の提供をモットーとしております」

「きみの名前は覚えておくよ。また何か頼むことがあるかもしれない」

「ご利用ありがとうございます。これからもご贔屓によろしくお願いいたします――できれば、休日以外で」

「それはわたしも望むところだよ」


 人質たちは警察が規制線を張ったそばの公園で毛布を肩からかけてもらって、温かいココアを出してもらっていた。

 もちろん、ゴディバである。そのココアは何らかの事故や事件に巻き込まれた人たちが飲むためにゴディバが材料と製法を追求した門外不出の元気の出るココアだ。


「アタル先輩、このココア、めちゃうまッス!」

「きみが元気でよかったよ。それと……」


 と、例の髪の長い男に向き直る。


「弊社の社員を助けていただいてありがとうございます」

「いえ。おれのほうが助けてもらったから……あの、さっきの狙撃は――」

「こっちのアタル先輩の狙撃ッス」

「そうですか。かっこいいですね。憧れます」


 かっこいい。憧れる。

 サラリーマン・スナイパー冥利に尽きる言葉である。

 感動したアタルはここぞと営業をかけるときに渡しているグッド・キラーズのオプション盛りたい放題の半額チケットを渡し、何かご用がありましたら、ぜひ、鵜手羽アタルをご指名ください、と言った。


「鵜手羽アタル、さん。……はいっ、いつか伺います」

「殺したいほど憎い人が?」

「いえ、いないですけど……でも、言ってはダメですか?」

「いえいえ、ぜひぜひ見学にいらしてください」


 イツカは事情聴取があるので、アタルはとっとと先に帰ることにした。

 時刻は午後六時。まだ日は高い。

 明日は月曜日だから、徹夜でスナドリ見放題とはいかない。見たいエピソードに絞っておかねば。


 パチパチパチ。


 休日出勤の症状でラップ現象の音がきこえてくる。

 それがラップ現象ではなく、物凄く美人の白魚のごとき手から鳴る拍手だと気がつくまで、三分かかった。スナドリのエピソード選定作業から自分を現実世界へと引き戻すのに、かかる平均時間は二分四十七秒である。


 どこかで会ったことがあるのかな。どこでこんな美人とあっただろうか?


「さすが、グッド・キラーズのエースさんね。あなたの仕事、見させてもらったわ(近距離で見るアタルさま、キャーッ! ちっちゃい! かわいーっ!)」

「えーと、申し訳ありません。どこかでお会いしたことがございましたっけ?」

「こんな近い距離ではないわね(もっと近くでクンカクンカしたい!)」

「あ、ひょっとしてマッド・マーダーズのO型血液パックの方ですか?」

「あら。覚えていてもらえて、光栄だわ(わーっ! アタルさま、わたしのこと覚えててくれた!? もう、これはわたしとアタルさまは結ばれる運命なのだ! キャーッ!)」

「それはそれは。同業の方でしたか。あ、申し遅れました。わたくし、グッド・キラーズ営業・狙撃担当の鵜手羽アタルと申します」


 名刺が手渡される。


「どうも、ご丁寧に(キャーッ! アタルさまグッズ、じかにもらっちゃった、キャーッ! アタルさまの電話番号書いてある、ヒェーッ! あ、わたしも交換しなきゃ!)」


 ソフィアはスマート・フォンを取り出し、電子名刺をやり取りしようとする。


「あ、すいません。僕、ガラケーなんで電子名刺は交換できないんです」

「面白いこだわりね。嫌いじゃないわ(ギェーッ! アタルさまにわたしの電話番号と住所を教えるチャンスがああ! わたしのバカ! なんで紙の名刺持ってないのよ!)」

「では、すいません。ちょっと急いでいるので」

「何か予定でも? よければ、わたしの車で送るわよ(かーらーの! ドライブデート! まだ死なぬ!)」


 舞台は法定速度ギリギリを攻めたポルシェに移る。


「狙撃はどこで覚えたの?(どこで生まれたの? ご実家は? ご両親にご挨拶して外堀埋めなきゃ!)」

「通信教材です。まあ、いろいろありまして」

「そう。まあ、深追いはしないわ(追撃追撃追撃!)」

「あなたはどこで?」

「〈機関〉よ(ここから〈機関〉という謎組織で暗殺以外の何も教わらなかった悲劇の少女時代への同情からアタルさまの慰めの言葉を引き出して、録音して、目覚ましボイスにして――)」

「あー、あんまり知られるとマズいやつですね。すいません。気が利かなくて」

「別に構わないわ。知られて困るようなものでもないし(つっこんで! この設定にもっと食らいついて!)」

「いえ、ここまでにしておきますね。お互いそういう商売ですし」

「そう(アンギャーッ!)」


 ポルシェで国道を走ると、右も左もファミリーレストランばかりの町に入り、日曜の晩餐をファミリーに過ごそうとするミニバンの群れが駐車場へと集まっている。

 そこで、アタルのお腹が、ぐー、と鳴った。


「あ、すいません。お恥ずかしい限りです」

「……(……)」

「あの?」

「いえ、ちょっとくすっとしそうになっただけ(あまりに尊くて意識が飛んでた。録音は、できてる。やっほう!)」

「狙撃をすると、お腹が空くんです」

「どこかに入って、軽く食事でも?(ファミレスでデート、ファミリー、これはもうわたしとアタルさまはファミリーってこと?)」

「いえ。もう、すぐそこなので」


 オフィス街とベッドタウンのあいだにある、古代の暗渠の上に立つアパート『コンクリート・ジャングル』でアタルを降ろすと、ソフィアは車を走らせて、そして、タワーマンションの前にて、自分の頭をポルシェのステアリングに叩きつけたくなるほど重大な失敗をおかしたことに気がついた。


 自分の名前をアタルに教えていなかった。


 アタルはと言うと、近所のコンビニで買ったざるそばと天むすを食べて、お茶を飲み、スナドリを見る前にシャワーで身を清め、さあ、スナドリ、シーズン3、エピソード8を見ようとすると、あのマッド・マーダーズの女スナイパーのことを思い出す。


 すごく美人だったし、車がすごい。


「給料よさそうだな。中途採用してないのかな、マッド・マーダーズ。ていうか、ああいう会社なら、リアル・ディミトリがいるかもしれない」


 と、あれこれ言っていたら、ブルーレイが始まったので、アタルは正座して二拝一礼して、スナドリ観賞を始めた。

 彼の日曜日はいま始まったばかりだ。

次回更新は 2023/1/24 七時過ぎの予定です。

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