二度と飲み過ぎない
今日はクリスマスイブ。
金曜日だし、イブだし、今年は皆なんだかんだ理由をつけて納会を欠席するだろうと思っていた。
例年よりは少ないけど、思っていたより参加者が多い。
「藤原さん。もう直ぐビンゴが始まるからそろそろ景品の準備を始めておいて」
「わかりました」
納会の最後のビンゴ大会は、役員や株主らが景品を提供してくれるので毎年豪華景品が当たる。
しかも、その数が多くて結構な高確率で当たるし、景品にハズレがないから、納会参加者が一番盛り上がる時間だ。
これ目当てで毎年納会に参加してる人もいるくらい。
更に今年は例年より参加者が少ないから、いつも以上に豪華景品が当たりやすい。
終盤に出てくる豪華景品は殆どが目録だから、祝儀袋の量だけでも大量にあって会場内に置ききれない。
うちの会社のグループ会社のホテルを貸し切ってるのをいい事に、会場の外の廊下に景品や目録をいっぱい入れた段ボールが積まれている。
それらを会場内に運ぼうと廊下に出ると、少し先に新の後ろ姿を見かけた。
そういえば、『クリスマス当日は空けておいて』って言われてたけど、明日はどうするんだろう?と思って近くに行くと、新は女性社員と一緒にいた。
「後藤さん。よかったら、明日一緒に出掛けませんか?あ、明日じゃなくてもお正月休みの間でも大丈夫ですけど!」
「悪いけど、予定あるから」
「あ……ですよね。後藤さんなら、彼女いますよね……」
「まぁ、―――」
まさか、女性社員から誘われているところだとは思わなかった。
凄く気になるけど盗み聞きは良くないし、もしも見つかったら気まずいと思ってソロソロとその場を離れた。
ちゃんと断ってくれたのは良かったけど、新は淡々としてたなぁ。
私にはあんなふうに呼び出されて誘われた経験なんてないから、私だったらあんな状況になっただけで平常心でいられなさそう。
新はきっと女の人から誘われたり告白されたりするのに慣れてるんだろうな。
あー、もやもやしてきた。
あの後どうなったのかも気になる!
「莉子」
「ひゃっ!?」
「悪い。そんなに驚くとは」
しゃがみこんで会場内に入れる景品の確認をしながら考え事をしていたから、人が近くにいる事に気付いていなかった。
「ごめん、集中してた」
「仕事への集中力は相変わらずだな」
「え?そう?」
今は仕事のことだけじゃないけど……。
「入社当時の研修中も集中しだすと凄かったから。それで、明日だけど十時に迎えに行く。いい?」
「あ、うん。大丈夫」
「じゃあ、今日の帰りも送るから――」
「え。今日は後片付けまでするし遅くなるからいいよ。終わったら先に帰って。もしかしたら会社に戻る可能性もあるし」
「いいから。近くのファミレスで待ってるから終わったら来て。会社に戻ることになったら連絡くれればそっち行くし」
「わかった」
満足そうに微笑んで「じゃあ頑張れよ」と私の腕をぽんぽんとしてから会場の中に戻って行った。
泊まるつもりなら待っててくれてもいいけど、私たちは正式に付き合い始めたばかりだし、まだそういう関係はなっていなかった。
送ってくれるだけなら先に帰ってもらっていいんだけどな。
過保護だな……嬉しいけど。
例年通りにビンゴは盛り上がり、今年の目玉商品は社長提供の二泊三日のフリープランで行くペア北海道旅行や取締役達が出してくれた五万円分の商品券、人気のゲーム機とゲームソフトのセット、豪華ブランド牛ステーキ肉、海鮮詰め合わせ、三万円相当のペアお食事券等があった。
納会のビンゴの良いところは、幹事になっている私達もビンゴに参加する権利があること。
私は序盤で高級パティスリーの焼き菓子セットが五名に当たるうちの一人に選ばれた。
序盤はクオカードやお菓子詰め合わせなどを複数名に一気にばら撒くが、これらはその場で現物を貰えるのがちょっと嬉しい。
終盤の豪華景品が当たるのは各一名だけど、貰って嬉しい物ばかりなので、後半になるにつれて皆の熱狂具合も上がっていく。
新は終盤で三万円相当のペアお食事券を手に入れてた。引きが強い。
私的にこのビンゴの嫌なところは、終盤から豪華賞品が当たった人は一言コメントを求められるところだと思っている。
しかも今年はうちの部署のちょっとお調子者の先輩が仕切りだから、当選者に結構絡む。
皆がみんな、こういう場面でノリよく話せるとは限らないのに。
上手くできない派の私には、これだけはなくなれば良いのにと思う瞬間だった。
「おめでとうございます!高級レストランのお食事券一人三万円相当をペアですよ!」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「最年少で設計企画部の管理職になった後藤さん!誰と行きますか!?誘って貰いたい女性社員は多いと思いますよ?あ、ほら、今の期待の眼差しが多方向から向けられています!」
司会の言葉を受け、ノリのいい女子数名が「私を誘ってー!」「立候補しまーす!」と声を出している。
「婚約者と行きます」
「お!?おおーっと!?今会場内がざわめきましたね!密かにショックを受けている女性社員も多そうですが!婚約者さんと美味しい食事を楽しんできてください!――では、次の景品はこちら!」
まさか、多くの社員が参加している納会で、あんなふうに平然と「婚約者と」なんて言うと思わなかった。
絶対噂になるから直ぐに会社中の人が知ることになって、相手探しが始まるのではないか。
会社の中に相手がいるとは限らないけど、まずは社内からリサーチされるはず……。
こ、怖い……。
壇上を降りた新はすぐに同僚に囲まれても平然としているように見えた――――
「莉子先輩」
「結衣ちゃん、お疲れー。あ、ゴミ袋持って来てくれたんだ。ありがとう」
「いえ。ところで、莉子先輩が『婚約者』ですか?」
「へっ!?」
あの後、豪華景品が次々出てきて、会場内は新の発言なんて忘れ去られたように盛り上がった。
私もそこまでザワついてないなと安心し、せっせと後片付けをしていたのに。
「それ、そのキラッキラの指輪。右手につけてるけど、それって婚約指輪じゃないですか?後藤さんの言ってた『婚約者』って莉子先輩ですよね?」
「な、なんで」
「んー、何となく、勘です。でもやっぱりそうなんですね」
「あの、結衣ちゃん……」
結衣ちゃんの少し責めるような口調に、ドキドキしてしまう。
「あ。別に私は後藤さんファンじゃないんで、それは全然大丈夫なんですけど」
「あ、うん。そういえば結衣ちゃんは木下専務が良いって言ってたよね」
「はい。年上好きなんで木下専務推しです。それにしても、婚約したって教えてくれても良くないですか?ちょっと前に変な人紹介しちゃったって、私なりに気にしてたんですからね」
あ、それで責めるような口調だったのか。
そりゃあ気にするよね、普通。
「あ、ごめん!そうだよね。その節はご迷惑を。……そういうこと、なんだよね。あ!でも、二股してたとかではないから!」
「それはわかりますよ。莉子先輩って二人同時とか絶対無理なタイプだろうし」
「うん。一人でも大変だもん……」
「後藤さんスパダリっぽいから、ちょっと残念な莉子先輩とある意味バランスが良いかもですね」
後輩から残念と言われてしまう私……。
だけど結衣ちゃんはさすがよくわかってるな。
自分の経験値のなさと新のスマートさを比べて落ち込んだり、焦ったりしてしまうもん……。
「まぁ、とにかく、おめでとうございます!結婚式挙げるなら呼んでくださいね!」
「ありがとう」
しっかり最後まで片付けて、会社に持ち帰る荷物は男性社員たちに任せると、私はコソコソと近くのファミレスに向かった。
二十四時間煌々と明るい店内は、夜に外から見ると誰がいるのか直ぐにわかる。
もしも、ここで新と一緒にいるところを見られたら、新の婚約者が私だと直ぐにバレてしまう。
そう思うと、なかなか中に入る勇気が出なかった。
迷っている間に、新が外に出てきた。
「終わった?来たなら直ぐに店内来ないと危ないだろ」
「うん、ごめん」
まだ新の婚約者だと皆に知られる覚悟が私には足りない。
そのことが後ろめたく、謝罪の言葉が口をつく。
「別に怒ってるわけじゃない。もう夜遅いし、何かあったら困るから言っただけ」
◇
クリスマス当日、車で迎えに来てくれた新と郊外でデート。
郊外で比較的空いてる場所を考えてくれたみたいで、クリスマスでもデートしやすかった。
そして、夜はお洒落なカジュアルフレンチレストランへ。
本格派フレンチレストランに比べたら確かに雰囲気はカジュアルで、そこまで形式ばっていないけど、私の感覚からすると充分高級店だった。
「レストランの予約取れないって言ってなかった?」
「ダメ元で問い合わせたら取れた」
新にプロポーズされたのは先週。
クリスマスの一週間前に予約なんて無謀過ぎるし、ちょっとおしゃれな居酒屋でさえ予約で埋まってる時期だ。
郊外とはいえ、そんな都合よくこんなレストランの予約が取れるなんてことがあるんだろうか。
本当だとしたらそんな直前まで空きのある店、大丈夫なのか心配になる。
「……本当は、一カ月以上前に予約した。その時点で何軒も問い合わせて、運良くキャンセルが出た所に滑り込んだ」
私の疑問が顔に出ていたのか、新がすぐに白状した。
一カ月以上前ってことは、酔った勢いで新に結婚を迫って、二人で飲みに行ったりデートするようになり始めてすぐの頃……――――
そんな時からクリスマスを一緒に過ごそうと計画してくれていたのかと思うと、新って可愛いなと愛おしくなる。
「何笑ってんの?」
「ううん。予約してくれてありがとう」
「俺が一緒にいたいだけだから」
こんなに穏やかな気持ちでクリスマスを過ごすのは何時ぶりだろう。
もしかしたら初めてかもしれない。
「これ、クリスマスプレゼント」
食事が終わってデザートが出てくるまでの少しの時間に、新が小さな箱をポケットから取り出した。
開けてみると中に入っていたのは一粒ダイヤのピアス。
シンプルだけど程よい存在感のある大きさで、仕事中でも休みの日でも毎日つけられそうなデザイン。
「ありがとう。明日から早速つけるね。私からも……」
私からは革の手袋。
正直、かなりプレゼント選びは苦労した。
新が私の好みをちゃんと把握しているのはもう充分に理解しているからこそ、自分の新に対する情報量の少なさに愕然とした。
少し前まで苦手に思っていたくらいだから、物の好みも、普段どんな物を使っているのか、それすら自信を持って言えなかったのだ。
それに、社会人になってから初めての彼氏だし、社会人の二十八歳の女が用意するプレゼントの相場もよくわからなかった。
ネットで調べまくり、彩乃にも相談した。
正式に付き合うようになったのが先週で、多忙な社会人ならプレゼントを用意する時間なんて無さそうだし、お互いに用意しないならそれで構わない。
だけど、新なら絶対きっちり用意するだろうというのはわかっていた。
私はお店が閉まる前に基本帰れるからプレゼントを買う事は余裕なのに、結局買えたのはついこの間。
新の好みに確信が持てないまま、無難な選択をした。
「その、ごめん」
「え?なんの謝罪?」
「私、全然わからなくて……新はこのピアスとかお店とかデート先とか、いつも私の好みをちゃんと理解して的確に選んでくれてるのに、私は新の好みがよく分からなくて無難な物しか選べなかった。ごめん」
「……バカだな。そんなことを気にしてたのか?」
「…………」
ずっと苦手だった『バカだな』が凄く優しくて、少し泣きそうになった。
「そんなの当たり前だろ。俺はずっと莉子を見てたから知ってるだけで。同じなわけがないんだから。それに、俺だって自信ないよ。莉子が好きそうだと思って選んでるけど、気に入ってくれるかと不安はある」
「…………」
新もそんなふうに思っていたんだ。私には見せないようにしていたのかな。
「俺は、莉子が俺を選んでくれたのが一番嬉しくて、先週ちょっと早いプレゼントを貰った気分だった。だからプレゼントは無くていいくらいだ。でも、俺のことを考えてプレゼントを選んでくれたと思うと嬉しい。それにこの手袋、俺の好きな店のだよ。偶然?」
「新の持ち物、そこのが多かった気がして」
「じゃあ、莉子も俺のことをちゃんとわかってくれてるよ。それがなによりも嬉しい」
「新……っ」
なんでそんなに優しいの?
包容力の塊か!
どこまで私を絆せば気が済むんだ!
ぎゅんぎゅんと乙女心が上昇して、耐えきれなくなって悶えてしまう。
「えっなに?どうした?莉子!?」
私が突然手で顔を覆ったから、新の焦った声が聞こえてきた。
「なんでもない。今のは新が悪い」
「どういうこと?」
「最高の婚約者ってこと」
「ははっ、なんだそれ」
◇
――――新の家で二度目の朝を迎えた。
甘い空気が漂う中、そういえばあの日どうして私は下着姿だったのかと今更ながら思い出した。
こんな日に聞くことではないかもしれないけど、もう婚約者だし、いいよね?
「ねぇ。そういえば、初めてここに来た朝に私が下着姿になってたのはどうして?あの日はしてなかったんでしょ?」
「それは……」
「やっぱりしてたの?」
「……汚れたから洗濯するために仕方なく脱がせた」
「汚れたって?酔って転んだとか?」
あ、それで洗ってくれたんだ。
本当に面倒みいいな。
と、のほほんと思ったのもつかの間。
「いや、その……吐いて」
「それって、…………私が吐いたんだよね?」
「うん。区役所行った後、もう一回店に入ったんだけど、莉子割とすぐに寝ちゃって。莉子の家わからないし、仕方なくタクシーで家に向かって。マンション前で降りたら一回起きたんだけど、その途端に」
「とっ、途端……」
一瞬にして冷や汗がでる。
凄い醜態を晒してた!
「それで、服が汚れたしそのままにしておけないから、勝手に脱がした。ごめん」
「いえ。謝るのは私です……」
「一応、Tシャツを着せようとしたら、ぐにゃんぐにゃんで無理で。だから仕方なく下着姿のまま寝かせた」
「……誠に申し訳ございませんでした」
朝から平伏叩頭した。
即座にベッドから降りて。
だけど、そんな姿を晒したのに、見放されなくて良かった!
今も下着姿で平伏叩頭してて無様だけど。
あ。だから結衣ちゃんに残念って言われるのか……。
「ははっ。そんなに謝らなくていいから。大袈裟だな」
「でも、これは人として土下座で謝らないといけないレベルの失態じゃない」
「いいから。冷えるからベッド入って。早く」
「……はい」
「それに、酔ってふにゃんふにゃんぐにゃんぐにゃんな莉子は凄い可愛くて、帳消しされてるから」
「ど、どういうこと」
「ふにゃっとして、嫌ってたはずの俺にも甘えん坊になって――」
「やめて」
「うふふうふふって楽しそうに笑顔を見せてくれて、『ごとぅ』って舌っ足らずで呼んで、上目遣いで絡みついてきて――」
「もうやめてっ!」
自分でも気持ち悪く思う乙女な姿を見せたくないと思っていたのに、すでに見られていたなんて……。
逆に意地を張り続けていたのが恥ずかしくなる。
ベッドに戻りかけていたのをやめて、一層床にへばりついた私の上半身を笑いながら抱き起こし、「俺の前でなら泥酔してもいいからね」と甘く微笑まれた。
もう二度と飲み過ぎないようにしようと心に決めた。
本編はこれで終了です。
気が向いたら続きを書くかもしれません。
後一話、番外編をもって完了とします。




