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一目惚れしちゃった

 

 朝から何を着ていこうか、髪型はどうしようか悩んでいたら待ち合わせギリギリに着く電車に乗ることになってしまった。

 待ち合わせ場所に行くと、臼井さんはもう着いていた。


「すみませんっ、お待たせしましたか?」

「ううん。今来たところだから大丈夫だよ。今日は水族館に行こうと思ったんだけど、いい?急に寒くなってきたし屋内のほうがいいかと思って」

「はい。水族館好きです」

「良かった。じゃあ行こうか」

「はい。――ぁ」

「ん?あっ、かわいい。なに?手、繋ぎたかったの?」

「あ、えっと、……」

「デートだしね。はい、繋ご?莉子ちゃんっていじらしくて可愛いね」


 歩き出してすぐに、そばにいた人の鞄が臼井さんにぶつかりそうになった。

 だから手でガードしようと、鞄と白井さんの間に手を差し出した。

 それを見た臼井さんには、私が手を繋ぎたくて手を差し出したように見えたみたい。

 違うと否定するのも違う気がするけど、かと言って肯定して手を繋ぎたがっていたと思われるのも恥ずかしい。

 なんて言うべきか言葉に詰まったら、きゅっと手を取られた。


 手を繋ぎたくて言い出せないみたいな初さを可愛いと言われると、違うんだけどと思いつつ、可愛いと言われるのは素直に嬉しいし、照れ臭い。


 そして、いつの間にか呼び方が藤原さんから莉子ちゃんになっていた。

 軽いなと思いつつ、距離が縮まっているようで嬉しく感じてしまう。

 自分の単純さに呆れる気持ちもあるけど、こんな事が嬉しく感じるなんて。

 まだ二回目なのに浮かれすぎだし、やっぱり一目惚れしちゃったのだと自覚する。


「はい、お待たせ。ミルクココアにしたけど大丈夫?」

「はい。ありがとうございます」


 水族館に併設されているセルフサービスのカフェ。

 一通り水族館を見て、イルカショーまで時間があったので少し休憩をすることになった。

 思ったよりも混雑していたので、「莉子ちゃんは先に席に行って取っといて。俺買ってくる」と。

 戻ってきた臼井さんが紙コップ二つのうち、一つを差し出してくれた。


「良かった。前回、確かコーヒーが飲めないって言ってたと思って。それなら紅茶もカフェイン入ってるからどうかと思ったし、今日はちょっと肌寒いからココアにしてみた」

「お気遣いありがとうございます」

「気遣いってほどじゃないよ。紅茶は飲めるの?」

「はい。コーヒーはダメなんですけど、何故か紅茶は大丈夫なんです。でも、ココアも好きです」


 前回話したことを覚えてくれているだけで、こんなにも嬉しくなるなんて。

 歓喜が込み上げてくる。

 こんな気持ちになるのはいつ振りだろう?舞い上がりすぎかなぁ。

 でも、久々に感じるこのふわふわな気分は嫌じゃない。


「そうなんだ。コーヒー苦手って人、意外といるよね」

「そうですね。お茶として出してくれるのって大体コーヒーだし、コース料理もたまに食後の飲み物はコーヒー一択しかなくて困ることもあるんですけどね」

「そういう時はどうするの?」

「飲まなくても失礼にならなければ手をつけないか、予め断ったりします。コースならコーヒーしか書いてなくても紅茶がある場合もあるし」

「なるほどね。この後だけど、適当に買い物でもしてお腹が空いてきたら居酒屋に行かない?」

「いいですね」

「前に言ったおすすめの居酒屋に行こう」

「はい!」


 もう、完全にはまってしまっていると思った。

 何を言われても、何をしていても楽しくて、臼井さんのことが良く見えてしまう。


 ◇


「おはよう」

「お、おはよう」


 目が覚めると見慣れない天井。

 声がした方を見ると、真横には翔太が。


 そうだった……。

 昨夜、流されてこうなってしまったんだった。

 居酒屋に行ってお酒が入ったら、『翔太って呼んでよ』とか『同い年だし、敬語使わなくていいって』と言われ。

 そこから一層距離が縮まって。


『俺の家、ここから近いんだけど、行かない?』

『え、えっと』

『行こうよ、莉子。ね?』

『臼井さん』

『翔太、でしょ?』

『翔太……』

『ん。ふふ、莉子はかわいいなぁ。家行こう?ね?』

『…………』

『はい、決まり〜』


 何度かやんわり断ったけど、翔太も諦めなくて。

 本当はちゃんとしたいのに、面倒くさいとか堅いと思われてしまったら……誘いを断って、この関係が終わるのが怖かった。

 こんなに好みの人との出会いや将来に繋がる可能性を手放したくなかった。

 もう大人だし、そういう始まり方もあると言い聞かせて。

 思いっきり流された自覚はある。


「ん〜……莉子〜」


 甘えるように抱きしめられた。

 朝から甘い。

 久しぶりの感覚だ。

 可愛いな――――


「シャワー、ありがとう」

「うん。水飲む?コーヒー……は飲めないんだったよね。牛乳もあるけど」

「お水をもらってもいい?」

「うん。俺もシャワー浴びてくる」

「うん」


 …………男の人の家で朝を迎えるって、いつぶりだろう。

 朝に人の家で、家主のいない部屋で朝の支度をするのも、このくすぐったくてそわそわと落ち着かない気分になるのに嫌じゃない感じも、何もかもが久しぶり。


「はぁーさっぱりした。お腹空いたな」


 翔太は「何もないからコンビニに買いに行くかなぁ」と独り言を言っている。

 ここでいきなり彼女ヅラして「朝食作ろうか」って言うのは図々しいよね?

 もしかして私が「作ろうか」って言うのを期待してたりするのかな?


 どうしよう。

 女子力の見せ所だと思うけど、自炊は早く帰れた日や週末にする程度だし、人様に作ることなんてほぼないから、いきなり披露するほどの自信はない。

 こういうとき、大人の女性はどうするのが正解なの!?


「莉子はどうする?」

「え?」

「俺、コンビニ行くけど、帰り道わかる?駅まで送ったほうがいい?」

「あ……ううん。大丈夫、だよ。道は覚えてる」

「そ?じゃあコンビニまでは一緒に行こうか。駅までの途中にあるから」

「うん。準備するからちょっと待ってもらえる?」

「いいよ、そんなに急がなくても」

「うん、ごめん」


 ――――――そうかぁ……。

 薄々、というか思いっきりその可能性は考えたけど、はっきりさせるのも怖くて。

 この人は誠実な人のはずだって私が信じたかっただけだった。


 今日は日曜日で、お互いに仕事は休みなのに。

 当然のように帰るように促してくるってことは、体の関係を持ったからって付き合ってると思うなってことだよね。


 大人になると言葉がなく付き合いが始まることがある。

 だから昨夜は、そうだといいな。そうなんだよね?と言葉には出せずに、心の中で信じてしまった。

 だけど、これは違いそうだ……。

 少しでも浮かれた気分になっていた自分がバカみたい。


『バカだな』


 日曜日の早朝で、通勤時とは比べものにならないくらいに人の少ない電車に揺られていると、急に後藤の声が聞こえた気がした。


 出会って二回目で「次に付き合う人とは結婚を考えたい」なんて重たすぎるから言えなかった。

「だからちゃんと言葉にしてけじめを付けてくれる人と付き合いたいと思っている」とは言えなかった。

 そう言って、「じゃあいいや、バイバイ」ってなるのが怖かった。


 だけど、お互い二十八歳だよ。

 年齢的に、次の出会いに結婚を期待してるって思わないかなぁ。

 それとも大人だからこそ割り切った関係ができるだろってこと?


 でも……。

 でも、まだわからない。

 ちゃんと確認した訳じゃないし。

 ……怖くて確認できないけど。

 たまたま予定があっただけかもしれないし。

 次があるのかもしれないし。

 彼女と認識されたから遠慮がなくなっただけかもだし――――



「で?今度は何を悩んでるの?前言ってた臼井翔太だっけ?とはどうなったの?」


 今日も彩乃といつものお店で飲んでいる。

 先々週、翔太のことを話したばかりだから、彩乃が気にするのも無理はない。


「大人はどうやって付き合ってるかどうかを判断するの?」

「は?」

「よく、気づいたら付き合ってたとか聞くけど、それってどうやって認識してるの?」

「恋人同士らしいことをしてるかどうかじゃない?」

「恋人同士らしいこと…………」

「あとは相手から大切にされているかどうか、とか?言葉がなく付き合ったことがないから私もわからないけど」


 結局、あの後も翔太との関係は続いている。

 もしかしたらもう連絡が来ないかも。と思ったけど、あの日の夜には普通にメッセージが来て、翌週にはまた会った。

 それから、同じパターン。

 昼からデートして、夜にお酒が入ると家に誘われて、朝に帰る。


 これが都合良く呼び出されて体の関係だけを求められるなら、はっきりと割り切った関係を求められているのだとわかるけど、会うのは昼から。

 昼間のデート中は結構甘い恋人同士のような雰囲気がある。

 デート中は手を繋いでるし、気を遣って大切にしてくれていると言えば、そうだと思う。

 夜ももちろん、そう。


 だけど、朝になるとすぐに帰ることを促してくるから、付き合っていると自信を持てない。

 済んだら帰れって夜中に追い出されることはない。

 一晩泊まって、帰されるのは朝になってから。

「このまま今日もデートしよう」と私から言ったこともない。

 だけど、そう言ってみたらどんな反応をするのか予想がつかない。


 このままズルズル流されるままは良くないのはわかっている。

 私は結婚したいから婚活を始めたのに、好みだからって曖昧な関係を続ける時間はない。


 それに、こういうのは初めてで、どっちなんだろう?って不安に思いながら過ごすのは、結構堪える。

 段々、この辛さに耐えられなくなってきた。

 恋愛で悩むのは久しぶりだけど、私は元々うじうじと長く悩むタイプじゃない。

 ある程度悩んでも答えが出ないなら行動してみる派だ。

 だから、悩むということ自体が辛い。

 そろそろはっきりさせたい。


 また会う予定だし、明日こそはちゃんと確かめよう。……できれば。

 未だにはっきりさせられていないのは、やっぱりもう二度とこれ以上好きになれる人と出会える気がしないからなのかな。


 ◇


「えぇー。……それって、絶対遊びですよ。その男」


 その男と言った翔太を間接的に紹介してくれた結衣ちゃんが、神妙な面持ちで言った。


 私は遂に意を決して翔太に自分の考えを伝えた。

 本当ははっきり翔太が私との関係をどう思っているのか、それを聞くのがいいのだろうけど。

 この期に及んで、『セフレだけど?今更どうしたの?面倒くさいんだけど』と言われたら、ショックすぎるなと思っていたから。


 だけど、このときの私の気持ちとしては、もう引かれてもいいや。どうせきっともう終わりだし。とも思っていた。

 だけど、期待もしていた。

 私の気持ちを汲んでくれることを。


『私、結婚願望があるんだよね。だから、次に付き合う人とは将来を見据えて付き合いたいと思ってて。ちゃんと言葉にしてくれる人がいいんだ』

『……そうなんだ。結婚か』


 他人事のように言う翔太にがっかりした。

 やっぱり付き合っているつもりはないんだな……と。


 自分が真剣に付き合っているつもりだったら『次って何?』ってなるのが普通だと思う。

 もしくは、『ちゃんと将来を考えてはいるよ』と伝えてくれるか。

 だけど、翔太の答えは『そうなんだ』

 どこまでも他人事のように思っていそうな答え。


 この日、『そういうことだから』と私は帰った。

 翔太は『えっ?どういうこと?二軒目行かないの?』と驚いていた。

 でも、追いかけてくるでもなく……。


 家に帰ってくると、脱力感があった。

 一カ月近く私は何をしてきたんだろう。

 いい年して、時間を無駄にすることはできないのに。

 ……だけど、これで終わっちゃったんだ――――


 と、思ったのに、一週間後には翔太から普通に誘われた。

 正直、混乱した。

 私の気持ちが伝わっていなかったのか?

 それとも、私の気持ちが伝わっていて、ちゃんと言葉にしてくれるつもりなのか?


〔店、予約しようと思うんだけど何時がいい?〕


 私が返信しあぐねていると、続けて届いたメッセージ。


 初回こそお店を予約してくれていたけど、その後はお店はそのとき適当に選んでいた。

 だから、敢えてお店を予約すると言われると、けじめを付けるつもりだと宣言されたように感じてしまった。


 だけど、これが間違いだった。

 少し緊張して行ったのに、結局いつもと同じパターンだった。

 なかなかそういう話にならず、もしかして言い出しにくいのかも?と待ってしまった。

 昼から会ってデートして、一軒目のレストランでそういう話にならず。

 二軒目のバーでもそういう話にならず。

 結局家まで行っちゃって、朝に自宅に帰ってきて脱力した。


 もうやめようと思うのに、誘われたら行ってしまう。

 そして、もう一度『私は付き合うときはちゃんと言葉が欲しいタイプだ』と伝えてみても、『そうだったんだ』と暖簾に腕押しだった。


 そして、今日。

 元々彩乃と飲む約束をしていたところに、結衣ちゃんが「先輩、良かったら飲みに行きません?紹介した人とどうなったか聞きたいです」と声を掛けてくれたから三人で飲むことにした。

 で、翔太を紹介してくれた結衣ちゃんに今日までの状況を話したところだった。


「ね、水野さんも思いません?そこまで言ってもちゃんと言ってくれないって。鈍感ってレベルじゃないと思うんですよね。絶対狙って言わないようにしてますよね?」

「うーん。そうだね。あとはもっと『私たちってどういう関係?』って聞くか」

「聞いたところで、『セフレだけど?』って言われそう。責任取りたくないから関係をハッキリさせたくないんですよ、そいつ」


 その言葉を翔太から言われるのが怖いと思っていたけど、結衣ちゃんの口から出ても結構グサッとくる……。


「すみません、先輩。だめ男を紹介してしまったみたいで……。友達の彼氏は結構いい人なんで、大丈夫かと思ったけど。友達までいい人とは限らないですね」

「ううん。結衣ちゃんのせいではないから。最初にはっきりさせられなかったのは私だし……」

「まーでも、先輩の気持ちはちょっとわかりますけど。惚れた弱みっていうか。好きな人の言動は、自分に都合の良いように解釈したくなるんですよね。好きだから求めてくれてるんだーとか、好きじゃなかったら誘われないはずーとか、待ってたらちゃんとしてくれるかもーって。だから、悪縁ってのはずるずると――」


 結衣ちゃんに翔太とのことを悪縁とまで言われてしまった。

 悪縁と言われるほどのことなのだろうか……。

 確かに、結婚願望があるのにこんな曖昧な関係を続けている時点で、良くはないとわかっているけど。


 女同士でお酒を飲みながら話していても、結局なにも解決はしなかった。

 ただ酔っ払って、愚痴って、結構赤裸々に話をした。

 少しだけすっきりして、少しだけ背中を押された。


 久しぶりに二日酔いになるほど飲んでしまったらしい。

 翌朝、軽い頭痛がして午前中いっぱいベッドの中でゴロゴロしてしまった。

 まぁ、何もない休日にはしょっちゅう午前中いっぱい寝て過ごしているから、いつも通りといえばいつも通りなのだけど。

 悩みがあるからか、頭が痛いのに目がさえてしまう。


「私たちってどういう関係?って聞くか、か……」


 聞いてしまうと翔太の口から決定的な言葉が出そうで、聞けずにいた言葉。

 次に会ったときには聞くべきか。

 それとも、もう会わずに終わりにすべきか。




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