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後編



       10



 双子の姉のまりんはそれいらい、いなくなった。


 ――えっ、本当にいなくなったのなら捜索しなきゃって?

 それが、両親はまりんのことをまったく覚えていないし、二人の部屋からまりんの存在を証明する物が全部無くなっていたんだよ。

 写真とかも家族のアルバムから何から何までまりんの姿はない。

 捜索する前に、あたしの異常を怪しまれる始末。


 学校の同級生にも「まりんを知っているか」とSNSで聞いたら、みんなに「知らない」「覚えていない」「何それ怖い」と引かれた。

 もちろん、まりんのSNSのアカウントも跡形もなく消えていた。


 最後には、あたしがあんまり騒ぐものだから、両親はあたしを精神病院に連れていくことになって……。

 診断結果は「記憶障害」、つまりあたしの妄想ということで片付けられてしまった。



 ――――えっ、本当にまりんがあたしの妄想なのかって?

 そんなワケ、ない!


 でも、本当に何の手掛かりも見つからなかった。

 あの形代もどこにも見つからなかったの。

 まさにこれが神隠し、ということなの?



 あたしとまりんに、ふたりかくれんぼの存在とやり方を教えたクラスメートの家も探しだして。

 この子に聞いても、ふたりかくれんぼの噂自体を「知らない」と言うし……。


 両親は「長い夢でも見たんじゃないか」って慰めてくれたけど、とうてい納得はいかない。



 結局、小学三年生のあたしは、途方に暮れるしかなかったんだ。


 まりんの存在はあたしの夢なの?



 夏休み明け、あたしは小学校にも行けなくなっていた。





       11



「そういえば夏休み明けに不登校になった隣町の小学生女子の話を聞いたことがある」って?


 ああ、それあたしかも。

 夏休み明けて次の二学期。

 つまり、小学三年生の二学期は全然学校に行けなくなってたんだ。


 ――えっ?

 へーっ、あたしのこと、結構うわさになってたんだ。


 まあ、そんなワケで、それからあたしは「ひとりっ子のすかい」になった。

 なんとか、まりんのことを忘れようと努力したんだけど、もちろん一日たりとも忘れたことはない。



 あたしにとってのそんな重大事件があった小学三年のあの日を思い返しながら、中学一年のあたしは思い付いたんだ。

 クーラーの効いたこの部屋のこのベッドの上で、双子の姉まりんの心臓の鼓動を感じながら、


「このまま姉の鼓動を感じながら押入れの中に入ったらどうなるんだろう」って……。




 その時のあたしは、正に「閃いた!」と思ったし、自分の思い付きに興奮を覚えていた。

 自分の胸に左手をあてたまま、ベッドから起き上がり、ゆっくりと押入れに向かった。


 ――そう。あの押入れだよ。


 そして、押入れに入って、襖を閉める。

 押入れの中は、まるでまりんがいなくなったあの日そのままに思えた。

 だから、うまくいきそうな気がする。


 まりんの鼓動を感じる――。




  トクン




  トクン




 あたしは、思い付きからあの言葉を唱えてみた。


「もういいよー」



 もう一度唱えてみる。


「もういいよー」



 何度でも唱えてみた。


「まりん、もういいよー」



 何度でも、何度でも、大きな声で。


「もういいよー! 出てきなよー!」








 その時突然、暗がりから、



   ニョッ



 生白い細い腕が伸びてきて、あたしの右腕をつかんだ――――



「ぎゃぁあぁぁああ!?」









       12



 すかいと二人でふたりかくれんぼをしたあの日。




「すかい、開けてっ!!」


  バンッ

   バンバンッ


   ガタ

    ガタッ


「開けろーーっ!!!!」


 ひとり押入れから閉め出されてしまったあたしは、押入れを開けようと必死だった。


 いったい、すかいはどうしたの。

 何かを見てしまったのだろうか。



 押入れを開けようと力を込めても、双子の力はまったくの同じだから、一向に開かない。

 どうしよう。

「押入れからは二人同時に出ないといけないルール」なのに……。



  スッ――


 突然、押入れの襖がスルッと開く。

 すかいの奴め、やっと開けた。


「すかい、もう、何であたしだけ――」


 押入れの外に出すの?

 そう問い詰めようとしたあたしの目に写ったのは、誰もいない空っぽの押入れだった。


「すかいーっ、こら、どこにかくれたの。出てきなさい――」


 いつの間にすかいは押入れから外に出たんだろう。

 そう不思議に思いながら、すかいの名前を呼びつつ家中を探した。

 でも、すかいは見つからない……。


 というか、微妙に家が変。

 こんな部屋の配置だっけ?


 一通り家の中を見て回ったけど不安に駆られて戻ってきたあたし。


 すると自分たちの部屋でも違和感――――いくつかの不審な点に気づく。



「えっ、勉強づくえがあたしのしかない」

「なに、この時間割り」

「な、なんなの、この空の色」



 すかいの勉強机が無くなっていた。


 良く見ると時間割りの内容が私が書いた字なのに変、「宇」とか「草」とかそんな科目知らない。


 そして極めつけは、空の色が不気味な緑。

 え、何なの? 異常気象?

 それともあたしの目がおかしくなった?



「ただいまー。まりん、もう帰っているの?」


 知らない女の人の声がする。



「お母さん、あんたの好きな■ン■■プ買ってきたよ」


 良く聞き取れない食べ物の名前。




「まりん」



 その姿を目にしたあたしは、



「ひっっ」



「どうしたの、私の顔見て、まーりーん」



「ひぃぃぃいいい」



 その恐ろしい姿を見て、あたしは悲鳴を上げた。





       13



 知らない家。

 知らない空の色。


 知らない両親。


(ていうか、この人たち人間なの?)



 両親を主張する人物二人は、怪物の姿にも関わらず、あたしに本当の娘の様に優しく接してくれる。


(逆に「本当の両親じゃない」と断言できない分、助かったかもしれない)



 でもどうしたって、人間に見えないのだ。

 あたしを実の娘として可愛がってくれようとしてはいるけど、ほんとムリ。





 あたしがあんまり騒ぐものだから、両親(?)はあたしを精神病院に連れていくことにしたのだが、外に出て出会う人々が両親と同じ生物に見える……。



「脳には異常がないけど、なにか心理的ショックが影響しているのかもしれないね」


 病院の診断結果は「突発型一時的若年性認知妄想障害」。

 目にしたものが脳で違うモノに変換されて認知してしまう病気らしい。

 一応小学三年生のあたしでも理解しやすい病名も教えてくれた。


「人間がおばけに見える病」


 そんな聞いたことのない病名の診断を人間に見えない白衣の生物に下された。

 入院するか、と聞かれたけど、自分のあの部屋から離れることの方が怖い。

 あたしは断固入院を拒否して家に帰った。





       14



 それいらい、あたしはひきこもりになった。

 ずっと、自分の部屋に閉じこもった。


 あと、ごはんも食べられなくなった。

 なぜなら、食事時にお皿の上にもぞもぞと虫が動いているのだ。

 これも幻覚なのだろうか……。


 死なないため、栄養を取るためだけに、白い芋虫を一日三つだけ食べるようにしている。

 見た目は悪いけど、味は甘くて美味だ。

 この芋虫だけは食べれるようになった。

 口のなかで、モゾモゾと蠢いているところをプチュッと噛み潰す。

 もう慣れたけど、ぜったい他の食事は食べたくない。



 あたしだけ、他の世界に来てしまったんだろう。

「ふたりかくれんぼ」で、すかいが押入れを閉めたあの時に。

 きっとそうだ。



 押入れの中で、あの形代が落ちているのを見つけた。

 燃やしてしまおうか。

 そう思ったけど、この形代は元の世界へ戻れる鍵のひとつな気がしたので、大事に取っておくことにする。


 妹のすかいは生きている気がする。

 双子だからわかる。

 離れていても、すかいの心臓の鼓動を感じるのだ。



 この押入れが二つの世界をつなぐ特異点だと思う。

 違う世界に存在するこの押入れに、あたしとすかいが同時に入って襖をしめれば、きっと繋がる。


 そう考えて、毎日あたしは押入れで待つ。

 待ち続ける。



 どうして?

 ねえ、あたしが生きているって、すかいも分かっているよね?

 どうして来てくれないの?


 ねえ、気づいていないの?

 嫌がらせ?

 それともあたしのこともう忘れたの?


 押入れで待っていれば、妹が助けに来てくれれば。

 そう考えて、あたしは毎日押入れで待ち続ける。


 明日も、あさっても、しあさっても、待ち続ける。




 そう思って、ずっと毎日妹をまつ

 必死にすかいに念を送る。





 どうして、来てくれないの。

 どうして。


 今日こそは来てくれる。

 明日こそは来てくれる。

 あさってこそ……



 押入れから出たとたんに、妹が来るかもしれない。

 だから出ない。




 早く来て。






 早く来て。







 あたしが狂う前に早く来て。








       15



「ぎゃぁあぁぁああ!?」


 突然に生白い細い腕に右腕をつかまれたあたしは、本気の悲鳴をあげてしまった。

 しかし、良く見るとそれは――――


「まりん!」


 あの日以来の双子の姉のまりんだった。



 四年ぶりのまりんは、だいぶほっそりとしている。

 ガリガリだ。

 ちゃんと食べていないのだろうか?

 と心配しつつも、ダイエットに失敗してばかりのあたしは彼女の細さに思わず嫉妬してしまう。

 虚ろな笑みを浮かべるまりんは、双子だから同じ顔なはずなのに、恐ろしいほど美しかった。


 冷静にまりんの様子を観察できたのはつかの間、久方ぶりの自分の片割れとの再会に喜びの感情が爆発する。


「まりん、まりん、やっと会えたね、良かったよー、やっとだよー!」


 細いまりんの体を抱きしめる。

 まりんも弱々しくではあるが、抱きしめ返してくれた。



「本当に久しぶりだね、すかい」






       16



 わずかな明かりの押入れの中、喜びを分かち合う二人。


「じゃあ、外に出よう?」


 あたしが、そうまりんにうながすと――


「待って、こわい」


 と、まりんが言い出した。


「今度は先にすかいから出て」


 ううっ……。

 まりんの気持ちは理解できる気がする。

 結局、前回は彼女が先に押入れから出てあたしが襖を閉めたのが原因なのだ。

 自分が悪かったという罪悪感から、あたしはまりんの言うとおりにすることにした。



「……ごめんねまりん。そうだよね、今度はあたしから先に出るね」


 あたしは、保険の意味も込めてまりんと手を繋ぐ。



「ほら、手を繋ぎながらだから、安心でしょ。あたしから先に出るね」


 まりんが、こくっ、とうなづいて見せたが、俯いているので表情までは見えない。



「ほら、あたし出たよ。まりんも出よ?」


 そう、あたしがまりんに促す。

 まりんがまた、こくっ、とうなづいたのが見えたのだが――。




  バシッ


「あっ、いたっ」


 あたしがまりんと繋いでいた手はまりんに振り払われていた。


  タンッ


 そしてすぐに、まりんが内から押入れを閉める。


「ま、まりん? 何しているの? どういうつもりなの?」



  ガタッ

   ガタタッ



 全然開かない。

 あんなに弱ってそうだったのに、なんて力が強いの!?


 必死に押入れを開けようとしていると、内側からまりんの声と思えない低く暗い声が響く。



「こんどはすかい、お前の番だ」

「ま、まりん?」


「こんどはお前の番だ。すかい」

「ね、ねえ、まりん。やめて、冗談よね? 開けて!」


  バンッ

   バンバン


「開けて! 開けて!」


  ガタ

   ガタッ


  バンッ

   バンバン



(どうして、開かない、開かない!)


「まりん、開けて!! 開け――っ!?」


  スッ――


 突然、開かなかった襖がスルッと開いた。



「まりん、何なのもう、仕返しのつもり――――え」


 中を覗いたあたしの目の前には、誰もいない押入れ……



(え、これって?)


 嫌な予感がしたあたしは、部屋を振り返った。



 ほとんど変わらないように見える自分の部屋が、微妙に異なっている。


 あるはずの物がない。


 あ、この勉強机、小学校の時のまりんの机だ。


 そして、窓の外、空の色があの緑色。


 廊下にでる。


 知らない廊下、知らない家の間取り。


 あたしの家に似ているけど、違う家?




「ただいまぁ」



 だ、誰、女の人の声?


 お母さんの声じゃないよね。


 でも――――お母さんなの?


 もしかして、こっちの?



「どうしたの、まーーりーーん」


 その人の顔を見たあたしは、叫び声をあげた。


「きゃぁあぁぁあぁぁあっ!?」








       17



 ――どれほどの時が過ぎただろう。


 外で騒がしかったすかいの声はいつの間にかしなくなっていた。



  ガタ

   ガタッ



 襖を開けて外に出てみる。


「帰って来た……」


 あたしは、元の自分の部屋に戻っていた。

 その証拠に、空の色が普通に青い。


「懐かしい。私の部屋だー」





「すかい、お昼できたわよー」


「お、お母さん!?」



 懐かしい、本当のお母さんの声。

 少しだけ、歳を取ったお母さんの声。




 リビングに向かうとキッチンに懐かしい姿を見つける。

 おもわず、飛び付くような勢いで背中から抱きしめた。


「お母さん、お母さん」

「どうしたの、すかい。何かあったの?」



 そう、あたしはすかい。

 すかいがまりん。



「違うの、ちょっと怖い話を動画サイトでみちゃったの」

「そうなの? あんまり怖いのみちゃったら、夜寝れなくなっちゃうわよ」

「そしたら、お母さんと一緒に寝るぅ」

「もうしょうがないわね、この子は。ほら、はなれて、ごはん入れないと」

「しばらくこうしてくっつくぅ」

「もうしょうがないわね、この子は」





       18



 あたしは、押入れでガタガタと震えている。


「早く、まりん、押入れに戻ってきて」

「お願い早く」

「早く戻ってきて」



 これは、まりんからの仕返しなんだろうか。



「ごめんなさい、ごめんなさいまりん、お願い許して、お願い」



 あたしは何度もまりんに許しを願った。





       19



 あたしは、絶対に押入れに戻らない。

 すかい、あたしと同じ思いをすればいいんだ。

 これから、私が 橘 すかい なんだ。


 ポケットにいつも入れていた、あの形代を取り出した。

 お父さんの部屋から借りたライターで火をつける。



  ボワッ


 思ったよりも大きく火が上がり、驚いてステンレスの流し台(シンク)に落とした。

 そのままもえ続けるのを見届ける。


 これで鍵も無くなったよ、すかい。





       20



 あたしの名前は 橘 すかい。

 中学二年生。

 ひとりっ子だ。

 でも時々思い出す。



 ……何を、って?



 うん。

 君には話してもいいかな。


 あたしには、姉がいた記憶があるんだ。




 小学校の三年まで、双子の姉が確かにいたんだ。





 あたし以外に誰も覚えていないんだけどね!







       END










(注)この作品における人名地名エピソード等は完全なフィクションです。









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