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1/2

前編

前後編の二話構成です。



       1



    みーんみんみんみんみんみん


   みーんみんみんみんみんみん……


 うーん、セミの声がすっかり夏だねぇ。

 あたしの名前は (たちばな) すかい、中学二年生。

 こんな真夏らしい暑い日には、ひとりっ子だけど、ときどき姉のことを思い出す。


 ……。


「ひとりっ子なのにお姉さんって変」って?


 たしかにそうかも。

 当たってる。

 変だよね。


 うん。

 君になら話してもいいかな。

 今はいない、双子の姉の話――――





       2



 あれはちょうど一年前、その頃のあたしはもちろん中学一年生だった。


「ただいまー」

「おかえり、すかい。帰ってきたら手洗いうがい、ちゃんとしなさいよ」

「うーん。わかったー。あー家は涼しい、てーんーごーくー」


 地獄の様な暑さの外から家に帰ってくると、そこは天国だった。

 そして、その日は一学期の終業日。

 明日からはロングバケーション――いわゆる夏休みというワケ。

 中学一年の夏休みといえば、受験生じゃない「完全な休み」。

 この自由を持て余すようなフワフワとした感覚、君にも分かるよね?


 あたしは、タイマー予約していたおかげで冷え冷えの自室に入り、ベッドへとダイブする。


(何の予定もない夏休み)


 あたしの脳裏にそんな素敵なメッセージが流れる。


 学校の予定も、友だちと遊ぶ予定も何もない夏休み。

 きっと何もせずにダラダラ過ごすんだろうな――――





       3



 あたしには、暇な時間をひとりで過ごせる遊びがある。

 それは「双子の姉が今なにをしているか感じる」という遊びだ。


 何をかくそう実はあたし、小学校の三年生までは双子の姉がいたという記憶がある。

 今はひとりっ子だけど昔はいたんだ。


 でも、あたし以外に誰も覚えていないんだけどね――



 そして「姉を感じる遊び」のやり方だけど、こんな感じ。


 まず、ベッドに仰向けに寝っころぶ。

 つぎに、深呼吸。

 静かに、自分の心臓の鼓動を感じる。

 最後に、離れた場所にいる姉の心臓の鼓動を感じようとする。


 しばらくそうしていると、姉の鼓動を感じてくる。


 姉がいる場所はどこだろう。

 外国だろうか。

 ヨーロッパみたいな土地の、海のそばの家だろうか。


 ――え、信じられない、マユつばだって?

 でも、双子は離れていてもお互いの存在を感じ取れると聞いたことがある。

 きっとそれなんじゃないかな。





       4



 双子の姉は 橘 まりん という名前だ。

 でも、その存在を覚えているのはあたしだけ。

 お母さんもお父さんも、覚えておらず、すっかり記憶から消え去ってしまっている。


 ……双子の姉の存在は、もしかしてただのあたしの思い込みだろうか。

 あたしの姉のいた記憶は、ものっすごい記憶違いなんだろうか。


 いや。絶対違う。思い込みなんかじゃないし記憶違いなんかじゃない。

 ベッドに横たわり、心臓の鼓動に手をあて、静かに姉の存在を探る。









  ……




  ……ン




  トクン




  トクン




  トクン

      (これがあたしの心臓の音。)



  トクン




  トクン




  トクン

     ……ン

      (あっ)



  トクン

    トクン

      (ほら、姉のまりんの音を見つけた。)



  トクン

    トクン




  トクン

   トクン

      (少しずつ……)



  トクン

   トクン




  トクン

  トクン

      (重なって……)




  トクン!

      (ひとつになった……)




  トクン!





  トクン!









  トクン!








       5



 ベッドで横になっている時以外でも、姉まりんの存在を感じることはよくあった。

 例えば授業中。

 黒板をぼおっと眺めているときとか。

 友だちと街のカフェでお茶しているときとか。


 どこにいても、


「ああ。まりんもきっと同じことをしている」


 そう感じる瞬間が常にあたしにはあった。


 だから、双子の姉があたしの前から消えたあの日から。

 一日たりとも彼女のことを忘れたことはないのだ。





       6



 まりんが消えた日のことは、忘れたくても忘れられない。

 小学校三年の今日と同じような真夏の暑い日。


「すかいー。教えてもらったかくれんぼ、やってみようよ」

「えっ、アレー? まりん、こわくないの?」

「ただのうわさ話でしょ。こわくないよ」

「ええぇ……どうしようかな。あたしはこわいけど」

「いいでしょう。ほらー」



 小学校から帰ってきたあたしとまりんだったが、「ふたりかくれんぼ」という噂を知ったまりんが、とてもやりたがってあたしを困らせた。


 色々やり方はあるらしいが、あたしたちが教えてもらったやり方はこうだ――。



 [ふたりかくれんぼのやり方](沖宮小学校のウワサ話より)


 一、紙を小さく人型に切る。


 二、人型に切った紙に、知っている子の名前を書く。


 三、人型の紙を家の玄関に置き「これからかくれんぼが始まります」と三回唱える。


 四、家にある押入れに二人で急いで隠れる。


 五、隠れるまでは「まーだだよ」と唱え続ける。


 六、隠れたら「もういいよ」と二人で声を合わせて、大きな声でいう。


 七、もしノックされても絶対に開けてはいけない。開けられてはいけない。


 八、かくれんぼが始まって二時間が過ぎたら、二人同時に外に出ること。


 九、家の中で人型に切った紙を発見したらお祈りしてから燃やすこと。


 十、このかくれんぼは夜にやると危険なので昼間にやること。



「もし、押入れがノックされたらすごくない?」

「それは、すごいけどさ……」


 結局まりんに押し切られ、ハサミでおりがみ用の紙を小さく人型に切っていくあたし。


 この人型に切り取った紙には形代(かたしろ)とか人形(ひとがた)という名前がついているらしい。

 そこに、知っている子の名前を書く。


「誰にしようか」

「まりんの好きな、りくと君はどう」

「うーん、最後にもやすからなー。キライな子にしようよ」

「あっわかった。スケベ王子はどう」

「そうしよう。スケベ王子の本名は、えっと――――」

「○○○○ ○○○じゃない」

「だった。――――○○○○ ○○○、っと」


 二人で玄関の靴箱の上に、名前を書いた形代を置く。



「じゃあ、声をあわせるよ」

「おっけ」


 あたしとまりんの声を、息を合わせていく。

 双子であるあたしたちの声は、他の人が見ていたら気味悪いくらい、ピタリと合っていただろう。


「「これからかくれんぼが始まります、

  これからかくれんぼが始まります、

  これからかくれんぼが始まります」」





       7



 ……。



 ……。






 なーんだ、やっぱり何も起こらないんじゃん。

 そう半分安心、半分はがっかりしかけたあたしとまりんの目の前で、



  カサッ



 靴箱の上の形代がこちらを向いた。




「ひっ」




 思わず声が出てしまった。




 ぞくっとした。




 うなじの産毛がブワッと逆立った。




「まりんっ」「すかいっ」




 まりんとあたしの焦った声が重なった。




「いこう!」

「押入れに隠れるよ」

「わかってる」



 あたしとまりんは、前もって決めていた、自分たちの部屋の押入れへと急ぐ。



 急ぎ足で歩きながら、


「まーだだよ」

「まーだだよ」


 と唱えることもルール通りにする。


 あたしたちは、押入れに隠れて、形代に向かって、


「「もういいよ」」


 と合図をした。





  ……


  ハァ ハァ


  ハァ ハァ



 静かな中に、あたしたち二人の呼吸する音だけがうるさい。


 この息の音で見つかってしまわないかと恐怖だ。



  ハァ ハァ


  ハァ ハァ


  …… ……


  ……





「それにしても、あの紙が動くなんて……」


「しぃっ! ……すかい静かにしてっ」





































 少し落ち着いてきた。


 何も起こらない。

 あの形代が動いたのは、目の錯覚か、たまたま風が吹いただけなのかもしれない。

 押入れの中は完全な暗闇というわけではなく、隙間から外の昼間の光が差し込んでいる。

 その光のおかげで、まりんの顔がわずか見えていた。


 こっちをみていたまりんと目が合う。



「ねぇ……これ、いつまでこうしてなきゃいけないのかな?」


 ささやき声で相談する。


「あと少ししたら、出てみようか」

「そうだね……」








 そのとき、





  ――ゾクゥ





 不意に周りの温度が二度くらい下がったような感覚。

 全身の毛という毛が逆立つ。


 そして、




  コン





 押入れの(ふすま)がノックされたような音を聞いたとき、あたしはあやうくもらしかけた。


 


「ひぇっ」


 まりんの悲鳴の声が小さく漏れた。

 いや、あたしの悲鳴だったかも知れない。




  ガタッ

   ガタ

    ガタッ




 押入れの襖が開けられ――――





「すかいっ」





 あたしとまりんは、あわてて襖をおさえた。





 ――すごい力、開けられちゃう!?





「すかい、ぜったい開けられちゃだめだよっ」

「う、うん」







 。







 。







 。







 。







 。







 。







 。







 。








       8



 どれほどの間、そうしていただろうか。

 必死に襖を押さえている指は、もう感覚はないくらい。

 そろそろ限界が近いかも……。



「すかい、もう大丈夫かも」

「え、うそ、ほんと? まりん」


 確かに、先ほどまでの襖の外の異様な雰囲気は無くなっていた。


「すこしだけ、こっちの方もおさえて。時計見たい」

「わかった」


 まりんが時間を計る為に持っていたお父さんの腕時計を取り出す。


「あ、二時間すぎてる」

「えっ、じゃあもう、大丈夫?」

「なのかも」



 かくれんぼのルールが……


 "八、かくれんぼが始まって二時間が過ぎたら、二人同時に外に出ること。"


 ……だから、二時間過ぎているし、もう大丈夫だよね?



 まりんが右側の襖を開けて、外に出る。

 そしてあたしもまりんに続いて外に出ようとした、まさにその瞬間――



  ゾワッ



 悪い予感が悪寒と共にあたしを襲う。


(なんだろう、この悪い予感の正体は……!?)


 瞬間的に襖の外を見渡した私は分かった。

 この部屋は、あたしたちの部屋に似ているけど、少し違う。

 例えば、勉強机の上にある小物の配置などが違っている。


 それに――窓の外の空の色が違ったのだ。


「どうしたの、すかい」


 そう尋ねるまりんの顔も、とても恐ろしいものに感じたあたしは。

 思わず押入れを閉めてしまっていた――




       9



「何しているの、開けて、出てきて!」


  バン

   バンバン


 まりんが向こう側から襖を叩く。


「開けて、開けて」


 でも、あたしはとても恐ろしかった。


 あの空の色を見てしまったから。


 まりんもおかしい。


 あの空の色を見て何も感じないなんて。


 あれはほんとうに、双子の姉のまりん何だろうか――



「すかい、開けなさい!」


  ガタッ

   ガタタッ



 まりんの姿をしたなにかが、必死に襖を開けようとしている。



「開けて! 開けて!」


  バン

   バンバン



 ぜったい開けてなるものか。







「すかい、開けてっ!!」





 全力で両腕と両足をつっぱる。










「開けろーーっ!!!!」
















  ハァ


  ハァ


  ……




 ――どれほどの時が過ぎただろう。


 外の恐ろしい雰囲気がいつの間にか無くなっていた。

 音も静かだ。


 



  ガタ

   ガタッ



 そっと、わずかに襖を開けてみる。

 隙間から外を覗いてみる。


 あたしは、おそるおそる押入れの外に出てみる。

 元の自分たちの部屋に戻っていた。



「そうだ、まりん。――まりん!?」


 側にいたはずのまりんが、いつの間にか違う存在になっていた。


 本物のまりんはどこにいるのだろう――――





「まりーん。

 まーりーーん、どこにいるのー?



     まーーりーーん!?」





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[一言] うおおお、これは凄い!! 後半も楽しみにしております!
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