ギフト『ホームセンター』で王子は私が守る!
久々にお話を書くので文章がおかしかったらすみません<(__)>
まだ全然能力のありがたみが出てこない……。
この度、私が仕える第二王子のラズヴェルト・ハイゼブランスが治めることとなった辺境。そこに向かうために宿泊した最後の街で迎えた朝、すっかり無くなっていた昨日まで乗ってきた馬や馬車や一緒に積んであった食料等の荷物の全てに、私達は呆然と立ち尽くすしかなかった。
私の名前は椎名早苗。元は日本の地方にあるとある大学に通っていたのだけれど、まあ簡単に言うとたまたま同じ研究室に残っていた重野さんという女性の異世界召喚とやらに巻き込まれたのだ。
私達を召喚したのはハイゼブランスという王国で、その王室では女神に祝福された聖女を妻とした者が次期王になるという決まりがあるらしい。そしてその聖女を喚ぶ儀式によって私達が現れた。その召喚の場にいた第一王子や神官達は、愛らしい容姿で光魔法のギフトを持っていた重野さんが聖女であると認定し、私は役に立たないギフトを持った不要物として扱われることになる。
重野さんがキラキラしいイケメンの王子に恭しく王宮に連れて行かれた後、私は召喚の儀式が行われた神殿で下働きとして働くことになった。まあいきなり殺されるとか、身一つで叩き出されその辺でのたれ死ぬよりは、木の板にボロ布を敷いたような寝床でも、硬いパンに野菜の欠片がわずかに浮いたような食事が日に二回でも、早朝から夜遅くまでこき使われるような生活でも、マシだったのかもしれない。おかげで自分の状況を冷静に判断する時間もできたし、この世界に来たときに授かったギフトの使い方を調べることもできた。何より、おかげで我が至高の主人、ラズヴェルト様に出会うことが出来たのだ!
あれは気紛れに神殿に来た重野さんに、ちゃんと他の下働きと同じように頭を下げて出迎えたのに、態度が気に入らないとか目に入るのも不快だとか言われ、その意を酌んだ神官にそのまま手ぶらで神殿から追い出されそうになったのを、助けてくれたのがラズヴェルト様だった。
そのままラズヴェルト様付の侍女となり王宮に一人部屋も与えられた。ベッドも食事も神殿とは比べ物にもならないまともなものがもらえたし、仕事もラズヴェルト様の身の回りのお世話で、私の事情を知ったうえで無理はないかと何かと気を配って下さる。12歳の少年がだ。
我が最愛の主ラズヴェルト様は、黒いサラサラの髪に透き通るような緑色の目をした大っ変可愛らしい容姿の少年だ。にこりと笑えば周りに花が舞っているかのように輝かしく、軽やかに歩く姿は背中に天使の羽が生えているかのよう。声は柔らかなボーイソプラノで、どこに居てもラズヴェルト様のお声は私の耳に届く。もちろん何をしていても速攻で駆け付ける。
見た目だけでも悪戯にこの汚れた世界に舞い降りた天使、もしくは迷い込んだ妖精にしか思えないラズヴェルト様は、その中身も素晴らしかった。常に思慮深く穏やかで、声を荒げたところなど見たことが無い。私のような出自も分からない使用人にも優しく接し、どんな失敗をしても怒ることはなく怪我がないかと心配して下さる懐の広さ。むしろ先ほどのように私が自分を卑下するようなことを言えば静かに怒りながら窘められる。さらに、あなたは我が王室の被害者なのだからと申し訳なさそうに謝罪を何度もされた。
正直そんな制度を未だに行っているこの国の神殿と、私を存在しないものと扱ったあの腐れ第一王子と、その状況を放置している国王は滅んでしまえばいいと心底思っているが、ラズヴェルト様とその周りの人達は恨んでもないし怒ってもいない。
ラズヴェルト様が何も知らされていなかったというのもあるが、彼もこの王宮の中で微妙な立場に置かれているからだ。特にラズヴェルト様を虐げている筆頭が第一王子で、奴を産んだのが王妃でラズヴェルト様は他国から嫁いでこられた第二妃から産まれたらしい。そしてこの国の王が金髪で緑の目であるのに対し、第一王子は同じ色を継いだが、ラズヴェルト様は黒髪だったので、他国の血を見下す貴族達からの格好の標的になってしまったようだ。心底くだらんが。
それで誰に何を吹き込まれたのかボンクラなくせに性根が腐りまくったあの第一王子は、自分の立場をこれでもかと使い王宮の中でラズヴェルト様にひどい扱いをしているのだ。身の回りに人員は回さないし、配属された人は嫌がらせをしたり甘言を用いて引き抜いたりする。ラズヴェルト様の悪い噂を無いこと無いこと流布し、時に嫌がらせに食事に毒物を混ぜたりもする。もうあいつ絞めてきちゃってもいいですかね。
そんな中で私のギフトは大変役に立った。ラズヴェルト様と出会ったときは私は自分のギフトのことを誰にも話していなかったので、ラズヴェルト様が私を拾って下さったのは、単に同情と贖罪の気持ちからだったからだとは思うけれど。
私がこの世界に来て得たギフトは『神の直感』と『ホームセンター』だった。
『神の直感』はそのまんま百発百中に当たる感だ。その人が信用できるか否かも分かるし、行っていい場所か否か、食べて美味しいか否か、この時間に店が開いているか否か、などなどから今日のお天気まで、ぴんと閃く。そして確実に当たる。この力のおかげでラズヴェルト様の食事に毒が入っているかも分かるし、第一王子の企みにも気づくことができるので、ラズヴェルト様に相談して回避するために手を尽くすこともできた。このギフトに関してはラズヴェルト様とその側近の信頼できる何人かにも話している。
そうして私がラズヴェルト様付になって二年弱、全く効果の無い嫌がらせに痺れを切らしたのか、ラズヴェルト様が成人を迎える15歳を前にしてあの第一王子は国王に進言をしてラズヴェルト様に無理難題を押し付けたのだ。
それは長いこと放置されているこの国の南端に位置する広大な土地、辺境と呼ばれるその地を与え治めること。聞いた話では隣国との境にある高い山脈と広大な森に接する何もないだだっ広い荒野が広がるだけ、ほとんど住む人もいない未開の地らしい。しかも森にも荒野にも大量の強くて凶暴な魔物が出るという。そこへ赴き開発を行えと。今まで王都からろくに出たこともない14歳の少年にだ!
この話を聞いたとき、もう本当にあの第一王子を亡き者にしてやろうかと思ったね! 私の天使になんたる仕打ち!! それを認める王も腹立たしいし、その勅命を粛々と受け入れたラズヴェルト様の気高さと健気さといったらほんとに……ほんとにもう……っ!
一応身辺警護と、向こうでの運営のために兵が約200人は付いて来ることになった。しかし私の直感はこいつらのほとんどが信用できないと訴えかけていた。その旨をラズヴェルト様達にも伝えはしたが、命令なので逆らうことも変更を求めることもできず。
そして案の定してやられた。辺境に向かう途中にある最後の街――ここから先はただ広い荒野が広がるばかりで、民家も人が泊まれるような場所も望めない――に宿泊した翌朝、ここまで付き添ってきた兵士は軒並みいなくなっていた。どころか、馬や荷を積んだ馬車まで綺麗さっぱりと姿を消していた。
もぬけの殻となった宿屋の裏でしばらく呆気にとられた後、ふつふつと怒りがわき上がってくる。恐らくこれもすべて第一王子の差し金だろう。見知った顔が一人もいなかったあの兵達は、第一王子に命じられて付いて来て、こうやってラズヴェルト様を置き去りにすることで絶望に突き落とすシナリオだったのではなかろうか。
もともと奴らにうさん臭さを感じ、注意を促していたので必要最低限の荷物は自分達で管理していたが、足と食料のほとんどを持って行かれてしまった。監視ついでに辺境までは付いて来るだろうと楽観視していた自分が腹立たしい。
この場に残されたのは、ラズヴェルト様と私、そしてラズヴェルト様の従僕に近衛騎士が一人、魔術師にメイド、ここまでがもともとラズヴェルト様の側近だ。さらに置き去りにされた女性騎士が一人と、兵士が三人の10人。私達と同じように唖然としている兵士達も何も聞かされていなかったのだろう。その顔触れを見て、私は態のいい厄介払いをされたのだろうと考えた。ここまでの道すがら、密かに彼らに対する他の兵達の陰口を聞いていたからだ。
しばらく立ち尽くし、事情を察した皆は苦渋や苛立ちの表情を浮かべている。そんな中、ラズヴェルト様は自分を残し皆は王都に帰るよう勧めてきた。ラズヴェルト様は王命で着任を命じられた以上、戻れば命令違反を理由に処罰される恐れがあるため辺境に行かざるをえないが、共に付いて来てくれた従僕達はそうではないので、戻って他の者に仕えるなり、他の職に就くなりできるだろうと。諦めたような悲壮感を伴う表情ではなく、穏やかにただ皆に感謝と幸福を願うような笑顔に言葉が出なかった。日頃から天使だ天使だと思っていたけれど、実は神だったか!!
ラズヴェルト様の側近達は、影で個々に何度も引き抜きの誘いがあるほど優秀な人達だ。しかし皆ラズヴェルト様と共に辺境に行くことを望んだ。とり残された兵士の人達も一緒に連れていってほしいと言って来た。
ここにいる全員は実直で裏切りなど許さない信条の信頼できる人達だと『神の直感』が告げている。なので、私はラズヴェルト様のためにもう一つのギフト『ホームセンター』を思う存分使うことを決めた。
ラズヴェルト様達にはひとまず今日の昼食や夕食分の食料や、その他必要なものを買ってから街の門を出た辺りに来てほしいと告げ、私は門を出て先に広がる平野へと急いだ。
疎らに細い木が立ち並ぶ荒涼とした大地が広がっている。この先を馬車で一月ほど走った先に辺境の中心地に当たる村があるはずだ。歩いて行くことも不可能ではないかもしれないが、今の手持ちでは食料も野宿のための道具も足りない。昨日までは十分準備されていたはずだけど、全部持って行かれたからね!
湧き上がる怒りを深呼吸で落ち着けて、私はギフト『ホームセンター』を行使する。と、途端に視界がセピア色に包まれた。それと同時に周囲から音が消える。遠く離れた所で不思議そうにこちらを窺っていた門番も、真っ青な空を羽ばたいていた鳥達も、ふいた風に舞い上がった砂埃でさえぴたりと動きを止めている。私以外の全てが、セピア色の世界で写真のように時を止めていた。
そして私の目の前にはアスファルトで綺麗に整えられた駐車場とその向こうに見える大きな箱型の建物。その屋根の上には、もとの世界で私がよく利用していたホームセンターの大きな看板が立っている。セピア色に染まった世界でその敷地と建物は鮮やかに本来の色のまま存在していた。まあ明らかに境だ。時が止まったセピア色の世界と、動いている私とホームセンターは元の色のまま。セピア色の風景写真に、そこだけ切り抜かれたホームセンターのカラー写真が不自然に張り付けられているような感じだ。
ありがたいことにこの能力を行使している間は、どうやら周囲の時が止まるらしい。おかげでこのホームセンターは誰にも見られることはないし、私が何時間も店内をぐるぐるして神殿内から姿を消していても、誰にも不審がられることはなかった。おかげで神殿に居ても王宮に居てもゆっくりとこの力の分析することが出来たのだ。
慣れた足つきで駐車場に入りそのまま店の入り口へと歩みを進める。店の前に並んだ花や肥料や建材なども近所のホームセンターそのままだし、自動ドアを潜った先に広がる空調の整った店内も変わらずだ。ただ他の客や店員など私の他には人っ子一人いないので、静まりかえった店内に耳に馴染んだBGMだけが流れている。
ホームセンターらしい大きなカートをひいて目的の物を次々と積んでいく。食料や野営に役立ちそうなキャンプ道具など、10人分に加えていくつか予備も入れればかなりの量になった。それをレジに持って行けば店員はいないのに機械音が総額を読み上げた後『ポイントで購入しますか?』と問いかけてくる。はいと答えるとポンと音が鳴りカートの中身が全部消えた。
最初に買い物をしたときは訳が分からなかったけど、実はこのギフト『ホームセンター』には『買い物バック』という能力がついていたのだ。それはアイテムボックスや無限収納と同じように、大量に物が入れられてその中では時間が進まず、出す時は目の前に半透明のリストが出てそれを選択すればどこからともなく買ったものが現れるという何とも便利なものだった。どんなに大きなものでも、何をたくさん買っても持ち運ぶ手間がかからず非常にありがたい。
買い物を済ませた後は店内から出てホームセンターの駐車場に向かう。客の車の停まっていない閑散とした駐車場の片隅に、二台の車が停められていた。一台はカーキ色の幌のついた軽トラックで、もう一台は屋根のついていない一回り大きなトラック。家具とか大きなものを購入したり大量買いをした買い物客に無料で貸し出されるトラックで、その日のうちに返してくれればいいというこれまた大変助かるサービスだ。
幌付きのトラックの運転席に乗り、すでに挿してある鍵を回しエンジンをかけてゆっくりと発進させた。そのまま駐車場を出てセピア色の世界の方まで移動し、街の門の方からは見えにくい立木の影に念のため隠しておいた。
ひとまず準備は完了だ。足りないものがあったらまたギフトを発動させればいいだろうと、私はギフト『ホームセンター』を解除した。
世界に色が戻り止まっていたすべてが動き出す。そのまましばらく待っていると、門の方からラズヴェルト様達が出てくるのが見えて、大きく手を振ってこちらへ来てもらう。
「サナ、これから辺境に向かうことになるけれど、魔物も多いし環境も劣悪だ。命の危険も数多くある。今からでも王都に戻るつもりはないかい?」
まだまだ幼さを残す顔を曇らせ、心配そうに問いかけてくるラズヴェルト様に「いいえ、どこまでもお供します!」と力強く答える。たとえ地の果てであっても付いて行きますとも!
「移動手段も用意したんですよ」
そう言って木の後ろに隠していた車に乗り、周りに気をつけながらゆっくりとそれを皆の前へと移動させた。
「サナ……これは……?」
馬のいない馬車のようにも見えるそれに、ラズヴェルト様や騎士兵士さん達が困惑したように周囲をぐるぐると回り、恐る恐る触れてはその感触に驚いている。
「これは車と言って、私の世界の乗り物です!」
不思議そうにそっと車体に触れているラズヴェルト様に、何となく胸を張って答える。
「さあさあ乗って下さい! 人数が多いし道が悪いので後ろは辛いかもしれませんが」
心配性な護衛騎士と好奇心旺盛な魔術師に簡単にどういうものかを説明し、私は運転席に乗り込んだ。 このトラックは助手席と運転席が繋がっているタイプのものなので、真ん中にラズヴェルト様、助手席に護衛騎士が座り、しっかりシートベルトもしてもらう。残りの皆さんには荷台に乗ってもらったが、低反発マットやクッションをたくさん用意しておいたので、だいぶ乗り心地もマシになっていると思う。
エンジンをかければざわめきが聞こえ、トラックがゆっくりと走り出せばどよめきがあがる。スピードが上がるにつれて興奮した声が聞こえて来たり、石に乗り上げでバウンドしたときには悲鳴が上がったりと、賑やかな荷台に思わず笑ってしまう。
私の横に座るラズヴェルト様も驚きと興味にキラキラした目で前方を食い入るように見ていて、久しぶりに見た年相応の表情に嬉しくなった。
「魔物の群れだ!!」
しばらく走っていると後ろの荷台から焦った声が聞こえてくる。ちらりとサイドミラーで確認すれば、車の後方から走ってくるハイエナのような見た目にバッファローくらいの大きさの、真っ赤な目を血走らせた魔物の群れが追いかけてくるのが見えた。初めて見る魔物の姿に鳥肌が立つような悍ましさと本能的な恐怖を感じ、「スピードを上げます!」と叫んでアクセルを踏み込んだ。
ガタンガタンと上下に揺れる車体に構わず歯を食いしばってハンドルを握っていると、その手にそっと暖かいものが触れてきた。はっとしてそれを見ると優しく私の手を掴んでいたのは横に座っていたラズヴェルト様の手だった。
「サナ、大丈夫だ。魔物はもう見えなくなった」
まだ声変わりのしていない、でも落ち着いた声が耳に届き、体から力が抜けると共に踏み込んだアクセルもゆっくりと緩める。
「すみません」
恐怖で一人取り乱したことが恥ずかしくなって謝ると、私の手に触れるラズヴェルト様の手にそっと力が篭った。
「ここからもっとたくさんの魔物が出てくるだろう。引き返すのならまだ間に合う」
私を落ち着かせるような優しい声が耳に届く。皆の命を預かっているので目線は正面から動かせないけど、こちらを気遣うように困ったような笑顔を浮かべているのだろう。
「いえ、大丈夫です!」
そんなラズヴェルト様に胸を熱くしながら、私は決意も新たに強い口調で答えた。
若干後ろからい痛ぇとかうえっといった呻き声のようなものが聞こえるけど、誰も止めろとは言わないから怪我人が出たとかなわけではないよ、ね。