婚約破棄の現場で~転生王女は兄がクズすぎて土下座したい~
今日も兄様はベティーを侍らせている。ああ、頭が痛い。
兄様にはれっきとした婚約者がいる。それなのに、ベティーなんて女を侍らせてニヤニヤニヤ。ヤニ下がって、腹が立つ。
兄様が王太子じゃなかったら、とっくに外国に遊学させられているんだけど、王太子だからそうもいかない。他国の王族も留学してくる文化の中心地がここだからしょうがないのかもしれないけど、腹が立つ。
こんな口調の私が王太子の妹なのはどうしてかって?
じゃ~ん!
なろうの必須キーワードの異世界転生しちゃったからです。乙女ゲームの世界に。
それも兄様が王太子と言うキング・オブ・モブの王女!
王女様に転生って勝組だけど、乙女ゲームでモブ扱いの王女だし、なんか微妙。
ベティーというのは乙女ゲームのヒロインで、それでもやっぱり腹が立つのは変わらなくて。
婚約者いるのに恋を吹っかけてくるなんて何様?! って感じ。
いくら兄様の心を癒してくれたからって、それで二人は幸せになりましたなんて、そうは問屋が卸さない。家の柵とか色々あるわけで、婚約者いるのに浮気しているとか、色々問題があるわけで。
兄様の婚約者は公爵令嬢のメリダで、その婚約者が出席しているこの夜会ですら、イチャイチャイチャイチャ、鬱陶しい。
ああ、腹が立つ。
メリダがいじけないように話し相手をしなきゃいけないのに、イチャイチャしやがって。前世が空気を読む文化だったせいか、こちとら青春の謳歌なんかできずにアフターフォローしてんだぞ!
幸せでいっぱいの王太子vsアフターフォローに忙しい王女の構図になってきているけど、表立っては争い事も起きていないし、婚約破棄さえ起きなかったら大丈夫。それが乙女ゲームの最大のイベントだけど、実際に起きたら兄様暗殺される状態だし、起きて欲しくない。
ちなみに暗殺するのは私じゃなくて、父王。役立たずにはさっさと死んでもらって、まともな息子に跡を継いでもらいたいらしい。と言うことで、私は論外。眼中にない。
で、目下、次の王太子は再婚してできた異母弟がなる予定だ。まだ、赤ん坊で無事に成長するとは限らないのに、気が早い。
兄様の下はこの異母弟まで王女ばかり。兄様の一人勝ちをよくないと思った父王は王女しか産まない母様を殺害して後妻を娶った、らしい。国教である世界的な宗教が一夫一婦制で、国教変えます=他国から侵略する大義名分になるので宗教上離婚もできないとなると、殺すしかないって、殺伐としすぎ。
で、母方は文句言わないかと言うと、処刑とかわかりやすい方法を取っていないので、有耶無耶になっている。病気に見せかけた毒殺がまかり通る時代なんて怖すぎ。
「メリダ。ベティーを苛めるとはどういう了見だ」
え?! 断罪イベント来ちゃう?!
確かに今日は断罪イベントが起こる日だけど、それ、兄様の死亡フラグだから、やめて!
良い兄じゃなかったけど、母様に続いて処分されるのまでは望んでいないから。私の侍女に手を出したり、孕ませたり、好き勝手していてもやっぱり兄は兄な訳で、見殺しにはできない。実際、その気のない侍女には手を出していないし、手を出したのはサボり癖のある侍女だからいなくなってもかまわなかったし。
だけど、殺されるのはちょっと精神的にキツイから、やめて欲しい。
そんなことを知らないヒロインはこれから自分との婚約発表があると思っているのか、口の端が上がっている。
婚約破棄をさせまいと私は声をかける。
「兄様。兄様のお顔が見られてナターシャは嬉しいですわ!」
「なんだ、ナターシャ。お前がいくら取りなそうと、ベティーを苛めたことは許さないからな。正妃になることを許してやっているというのに、俺が可愛がっているベティーを苛める女など許せないからな」
「嫌ですわ。私がそのようなことをせずとも、兄様は頭のよろしい方ですもの。すぐに勘違いだとお気付きになられるわ」
「俺の勘違いだと申すのか、お前は」
「兄様ではなくて、ベティーの勘違いです。そうでしょう、ベティー?」
王太子である兄様を悪く言うのは後々、私の命にも関わってくるので、王や王子への反対意見や揚げ足を取られそうな発言はできない。
こういう時は状況が悪いと誰でもない者に罪を着せるか、ベティーのような地位のない者のせいにしておくのが定石。どうして濡れ衣を着せるかと言うと、ここで罪を被らないと、私=王女様の言ったことを馬鹿にしたってことになって、報復の理由になる。いくら王女の言うことでも、即処刑や幽閉に繋がる王や王族を侮辱する内容以外は正しいとするのが処世術だ。
たとえ、兄様のお気に入りでも、私の報復は防げない。王の娘である王女の地位と王子のお気に入りの地位なら、王女のほうが上だし。
「勘違いじゃないです。お祖母様の形見のブローチがなくなったのは」
兄様も死なずにすむように丸く収めようとしているのに、ヒロインは王女に口答えしてきた。そんなにゲーム通りにしたいんだろうか?
兄様を殺す気か、この女!! 報復確定!
メリダなんか興味なさげにしている。兄様が殺されようがどうでもいいもんね、彼女は。むしろ、浮気を公然とする兄様に見切りをつけていて、そんな男と結婚して惨めな思いなんかしたくないと思っているから、死んで欲しいと思っているかもしれない。
兄様の生存を望む私は孤立無援だ。
「どうして、それがメリダのせいになるのかしら?」
「それがなくなったのはメリダ様とご一緒した時だったんです」
「それで? たかがそんなことで、レディ・メリダを疑い、兄様の手を煩わせたというの?」
ベティーはメリダに濡れ衣を積極的に着せるつもりらしい。
「そんなことって、わたしにとっては一大事です!」
「そんなことでしょ? 兄様は尊い身よ? たかがあなたの持ち物がなくなった程度で騒ぎ立てて、忙しい兄様を煩わせないでくれないかしら」
「何様のつもりなの?!」
「王女様よ。私は王女。あなたは兄様のお気に入り。わかっているかしら、この違いが。私は他国との政略結婚に使える便利な駒だけど、あなたはそれすらもできない、兄様の寵愛がなくなったら、それで終わりのお人形。あなたの機嫌を損ねたからって、王女であるわたくしに怖いものはないの。わかる? 兄様の寵愛は数ヶ月。何年も保つものではなくてよ。その後も無事に生きていたいなら、立場をわきまえていることね」
今まで兄様のお気に入りになって一年も保った人物はいないし、王太子のお気に入りだからって、王女より立場が偉いなんて誰も思わなかった。だって、寵愛の有無など関係ない立場を持つ人間の機嫌まで損ねて報復を受けたくないでしょう?
ヒロインだからハッピーエンドの後の話なんて気にしなくていいと思った?
残念。
エンディングの後のことを考えずにゲーム通りに兄様に近付くのは、ヒロインも転生者なら迂闊すぎ。それとも転生者じゃない?
どっちにしろ、私の報復は受けてもらうし、兄様も気が変わったらこんな勘違い女は処分するわね。兄様の側近を篭絡して兄様に近付いて来るような考え無しだし。
「いい加減にしないか、ナターシャ。ひどいことを言って、ベティーを苛めるな」
「兄様のお気に入りは物の道理もわからないようなんですもの。兄様の貴重な時間を無駄遣いさせるわけにはいかないわ」
「そこがいいんじゃないか。そんなベティーをメリダが苛めていると聞いて、腹が立って仕方がないのだ」
なんてこと、読み違えた?! 兄様は処分しないつもりなの?!
「だからって、兄様が腹を立てる必要なんてないじゃない」
「お前だって、お気に入りが出来たらわかる」
「そうかしら?」
「ほら、お前が飼っている犬がいたろ? あれが肉をもっと寄越せと鳴いたら、肉をやりたくなるだろう?」
兄様の言うようにパンナ(私の愛犬だ)にもっと欲しいと鳴かれたら、私はついおやつをあげてしまう。
だけど、パンナは私の愛犬で、兄様の側近の恋人だったくせに兄様に乗り換えるような節操無しとは違う。
気に入っているのは同じでも、パンナにおやつを多く与えても実害がない。ベティーのように兄様の婚約者であるメリダを苦しめるようなことはないのだ。
「それはそうだけど、――」
話が違うと言おうとする私の言葉に兄様は言葉をかぶせてくる。
「そういうことだ。俺はベティーが可愛くて仕方がないんだ。メリダとは結婚するが、それだけだ」
兄様は爆弾を落としてくれた。平然としているのは当の兄様だけで、会場全体が騒然となっている。
「え?!! どういうことなの?!!」
私だけでなく、ベティーも驚きの声を上げる。
「わたしと結婚しないって、どういうこと?!!」
メリダはというと、やはり目を丸くしていて、口元は扇の陰になっているのでわからないが、ポカンと開いているだろう。
兄様は私やベティーの反応が気に食わないのか、顔を顰める。
「可愛いからって、それだけで結婚する訳ないだろう。それだけで結婚していたら、いらなくなったのを一々処分しないといけないし、後悔しても取り戻せない。それに処分せずに婚姻を解消して破門はされたくないからな」
国教では一度結婚したら、血縁が近すぎるとか、白い結婚だったとか、結婚無効にできる明確な理由がないと別れられないのだ。離婚? そんな便利なものがあったら、母様は死なずに済んだ。だから結婚しても、夫婦双方に愛人がいることが当たり前だったりする。
兄様が言うように付き合ったからと一々結婚していたら、何人も死ぬことになっただろう。現に、兄様はこれまで手を出してきた相手に子どもができようが、生まれようが、決してメリダとの婚約を破棄したりはしなかった。一時のお気に入りと妻になる相手とは完全に切り離して考えていた。
うわー。我が兄ながら・・・この国の男の考え方通りのクズだ。女に操縦される馬鹿じゃないけど、クズ対応すぎる。
王侯貴族としては高貴な義務を知っているから、それに伴う政略結婚は避けない。その代わり、自分のしたいことをする。
でもまあ、側近たちの恋人だったんだし、こうなるよね。側近たちの恋人経由でお気に入りになるのは高級娼婦だと思われるから、兄様の目にとまる為に近付くなら私やメリダに取り入って取り巻きになるか、メイドになって近付くしかない。そうしていたなら、過去に男性経験があっても外国との友好の一環で交流を深めた結果だと考えられ、娼婦扱いされない(そう考えない国もあるが、この国はそう考える)。
兄様の側近たちの恋人だった時点で男を渡り歩いている男好きか高級娼婦だと思われる。恋人と付き合った別れたって話は、公には興味の有る無しで済ませてスマートに終わらせるもので、格上や金のあるほうに乗り換えたなんてあからさまに見えるような無作法な真似をするのは高級娼婦くらいだからだ。
ここが高級娼婦と淑女の大きな違いだ。未亡人や既婚女性だって取り巻きを作ったりしても、ベティーのように大っぴらに行動したりはしない。
勿論、各国の王の寵愛を受ける高級娼婦もいるし、彼女は王の一人の寵がなくなろうとも、他の王の寵愛があるから立場は盤石だから、ベティーとは大違いだけど。
「なんで?! どうして、キース?!」
「当たり前だろう? 父親が誰かわからない子どもを産むような女と結婚したがる馬鹿がどこにいる? お前の子どもは認知もする気はないから、好きな時に間男たちと一緒にこの国を出て行け」
だよね。
元恋人を取り巻きにしているなんて、浮気してますって言ってるのも同然だもんね。その点は、この国も他国と同じ。
どこの国でも元恋人を取り巻きにしていたら焼けぼっくいに火が付くと思う。
本当に浮気してようが、そうでなかろうが、疑われた時点で有罪なのが社交界の恐ろしいところ。
これがベティーが兄様の側近の妻や婚約者なら、兄様のご機嫌を取る為にしているとみなされるので、浮気だとか、泥棒猫だとかなんて思われないんだろうけど、実際はただの恋人だったしね。
それどころか、元恋人だった側近たちを取り巻きにした時点で用済みになったら、間男と一緒に処分するのは妥当だと考えられる。女に操縦されることも、女の色香に迷って他の男の言いなりになることもこの国の男は屈辱と感じるから、王子なんか特に父王が暗殺考えるレベルなのだ。
つまり、側近を攻略してから、幽閉や毒杯で病死する結末が待っている王子との恋を狙うのは乙女ゲームの転生ヒロインぐらいの考えなししかいない。
だけどよかった。
兄様も側近共々処分するつもりだったらしい。
ベティーと一緒に処分すると宣言された側近たちが驚きの声を上げる。
「キース様?!!」
「それはどういうことですか?!」
「何を言っているんだ?! そんなことをしたら、側近がいなくなるぞ?!」
側近たちは兄様を脅したが、兄様はどこ吹く風といった様子だ。
そりゃ、そうだろう。側近の代わりはいくらでもいる。兄様や父王に声をかけてもらおうとアピールしている貴族は腐るほどいるのだ。
自分は無理でも、自分が見つけてきた有能な人材を売り込む者だっている。
側近たちは家柄や血筋だけで選ばれた自分たち以外にも代わりがいるとは考えなかったんだろうか?
「言葉通りの意味だ。俺のお気に入りに手を出すような忠誠心しかない奴を側近にしておけるはずがない。追放だ。さっさとこの国から出て行け」
兄様はそこで言葉を切り、ニヤリと笑う。
「ベティーを盗られた恨みを晴らされても困るしな。ベティーと一緒でなければ嫌だというなら、一緒に連れて行っても構わないぞ」
え?!
なんで、ヒロインと側近たちの追放劇になってんの?!
ヒロインを苛めるなとか言ってなかった?!
ヒロインを苛めた悪役令嬢の吊るし上げが目的じゃなかったの?!
これなら初めからメリダにベティーを苛めるな、なんて言う必要なかったよね?!
兄様がベティーと縁を切るつもりだっていうのがわかってよかったけど、今すぐ追っ払うつもりだなんて気付かなかった。
「に、兄様……?」
「ところで、ナターシャ。お前は俺のことを女の言いなりになる情けない人間だと思っているようだが、見ての通り、そんな心配は無用だ。まったく、女という生き物は寄ってたかって俺を無能だと思っているのか?」
「……」
思ってました、とは言えない。
そんなこんなでクズな兄は断罪イベントで悪役令嬢ではなく、ヒロインと側近たちを国外追放して自力で死亡フラグをへし折った。