第1話 妖怪ダンジョン出現(3)
「二口女……ですか?」
「ああ、簡単にいえば頭部に巨大な口が付いている女の妖怪だ」
「それはまた不可思議な生物ですね」
「まあ、見た目が人間に近い分、妖怪の中ではまだまともな方だがな。【二口女】」
俺がそう言うとダンジョンの中央に和服の女が現れた。
花柄のあしらわれた和服を身にまとい、髪も綺麗に結われている。
黙っていても妖艶な雰囲気を醸す、絶世の美女だった。
「ふわぁ……綺麗な人ですね」
「……ああ」
前から見たらの話である。
「二口女。後ろを向いて見てくれ」
二口女はくるりと体を半回転させた。
「ひぃぃぃぃっ!?」
アリアが俺の腕にしがみついた。
二口女の後頭部には俺の手のひらほどはありそうな巨大な口が付いていた。
「二口女、その口は閉じることはできるか?」
プルプルと震えるアリアを気の毒に思いそうたずねる。確かに、後頭部にある口はひどくグロテスクだ。
半開きの口がゆっくりと閉じられ、髪の中に隠れた。初見では妖怪だとは気づかないだろう。
「そう言えば、階層ボスにするにはどうすればいいんだ?」
「は、はい……名前をつければそれだけで階層ボスに指定されます」
「へー、便利でいいな」
俺は少し考え込むが、良い名前は思いつかない。俺は平静を取り戻したアリアに聞いてみた。
「アリア、何か案はないか?」
「うーん、そうですね……二口女だから……【ふたくちりん】なんでいかがでしょう?」
「…………………………」
●○
結局二口女の名前は【お凛】になった。
アリアのクソゴミみたいなネーミングセンスは忘れることにして名前をつける。
「じゃあ、今から二口女の名前は【お凛】にする。よろしく頼むな」
俺がそう言うと二口女はパチパチと数度瞬きをし、ニッコリと笑った。
「良き名前じゃ。わらわを階層ボスとしてくれた事、感謝するぞ」
一段と艶っぽくなったお凛は着物の裾を掴み、口元を隠す。
「マコト様、ステータスはどのようになっていますか?」
「ああ、そう言えば見てなかったな。お凛、少し見せてもらっも良いか?」
「もちろんじゃ。たんなりと見てゆくが良い」
「ありがとう、【鑑定】」
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名前 お凛(第一階層 ボス)
種族 二口女
レベル1
体力 142/142
魔力 99/99
筋力 82
知力 101
速力 121
スキル
【薙刀術LV4】
【収納LV1】
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「薙刀術か。これも俺の世界の武術のひとつだな。で、もう一つのスキルが【収納】……?」
「それについては私から補足を」
アリアが口を挟む。
「【収納】はこの世界における最もポピュラーな能力のひとつです。具体的には、手荷物ものを個人の持つ異空間に保存しておくことができます」
「異空間に保存?」
「はい。例えば食べきれない食べ物を異空間に保存しておき、後で食べる。他には貴重品を異空間に保持しておき、スリから未然に守るなどなど……様々な用途があります」
「なるほど、便利な能力だな。お凛は今何か入れてるのか?」
俺が尋ねるとお凛はどこからともなく1つの道具を取り出した。
「わらわの収納にはこの薙刀しか入っておらぬ。LV1だからのう、量はあまり入らぬのじゃ」
お凛の右手には薙刀が握られていた。
「これにもLVが関係してんだな」
「ええ、お凛さんの言う通り、LV1では道具1つか2つが関の山です」
「なるほどな」
LVか。そう言えば俺が神様からもらった【言語】の能力はLV10だったっけ。なかなかすごい能力なのかもしれないぞ……?
「そう言えば、マコト様。もうすぐダンジョンが解放されそうですよ」
「え? もう?」
「はい。後1時間と言う所でしょうか」
俺は周囲を見渡した。四畳半の部屋に俺のアリア。お凛とダンジョンコア。さらに5人の一つ目小僧。
「狭すぎだろ!」
「ですね」
こんな所に敵が入ってきたら、うまく動けず倒されそうだ。
「残りのDPは250です。それを使ってダンジョンを広くしてください」
「えっと……どうやって?」
「完成形を脳内でイメージするんです。そしたら勝手にダンジョンは変化しますよ」
「ここにきて随分と抽象的だな……」
俺は周囲を見渡し、目を閉じた。そしてイメージする。8人が十分に動ける空間を。
…………………。
…………………。
…………………。
むずい!
俺は目を開けた。
「さすがですね、マコト様」
部屋は縦横10メートルほどにまで広がっていた。
「おおっ!」
「現在30DPを消費しました」
意外に良心的な価格で助かる。
「よし、もう少しリフォームするか」
俺は再び目を閉じた。
○●
「こんなもんだろ」
俺は140DPを使ってダンジョンを作り上げた。
ダンジョンの入り口(予定地)からまっすぐに続く通路。20メートルほど進むと分かれ道に出る。
右に行っても左に行っても到達するのは最初に作られた大広間だ。ここで一つ目小僧やお凛達と戦闘になる。
通路を2つに別れさせたのは挟み撃ちを行うためだ。仮に敵が右の通路に入れば左の通路からぐるりと回って背後から奇襲できる。
ちなみに大広間の奥にはさらに小さな小部屋があり、ダンジョンコアが置いてある。敵が侵入してきたら俺とアリアはここに避難しておくと言う寸法だ。
「挟み撃ちとはおぬしも悪よノォ」
お凛が悪代官みたいなことを言って笑う。
「マコト様、そろそろダンジョン解放です」
「いよいよだな……」
さすがに初っ端から敵が現れることなんてないとは思うが……。ってフラグか。
「3……2……1……」
アリアがカウントをとる。
『ダンジョンが解放されました』
奥の小部屋から機械音が聞こえた。
「無事解放されたようです。よか……」
アリアの言葉が途切れる。
「ん、どうした?」
「なんじゃ、お腹でも痛くなったのか? 」
アリアの顔が青ざめた。
「し、侵入者です。侵入者が現れました!」
こうして、秒でフラグは回収されたのだった。
豆知識コーナー 【二口女】
「お凛さん……二口女はとても恐ろしい形態ですね」
「ああ、後頭部のあの口は一度見たらトラウマものだろうな」
「しかし、それ以外は普通……むしろ素晴らしい容姿ですね。一つ目小僧達と同じように元ネタがあるのですか?」
「ん〜……。二口女の源流については聞いたことがないけど二口女が生まれた理由ってのは結構面白いんだ」
「へぇ、どんなものですか?」
「昔、ある男がいた。嫁との間に1人の娘が生まれていたが、妻は若くして亡くなってしまった。その後男は別の女性と再婚を果たした。新たな妻は継子に対する嫉妬から、面倒を見ずに自分の子供だけを可愛がった。そして継子は餓死してしまった」
「うわ、ひどい話ですね」
「子供が死んで49日後、男が斧で薪を切っているとその後ろを妻が通りかかった。そして運悪く男の斧が妻の後頭部に直撃した。妻の頭はぱっくり割れたが、命に別状はなかった。ただ、むき出しになった頭蓋骨は歯のようになり、脳みそは舌のようになり、皮膚は唇のようになって固まった」
「ひぃ」
「後妻の頭の口は後妻の悪口をヒソヒソと呟いていたらしい。継子の怨みが継母を妖怪にしちまったんだろうなぁ」
「もともと人間だった妖怪もいる……と言うことなんですね」
「ああ。因みにこの物語の原作『絵本百物語』では『本当に恐ろしいのは継母の妬みである』と言う言葉で締めくくられてあるそうだ」