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プロローグ 斬新で新鮮で個性的な神

 思い返せば早いもので、来月で大学を卒業してから5年が経つ事になる。

 厳しい就職活動を乗り越え、ギリギリ大企業に滑り込んだ俺は会社の歯車として毎日毎日サボることなく回り続けてきた。


 今の会社に不満はない。楽な仕事ではないがきちんと給料は出るし、週に一回は(だいたい)休める。世界恐慌なみの経済危機でも起きない限り俺の将来も安泰だろう。


 一方で私生活の方が充実しているかと聞かれるとそうでもない。

 やっぱり、1番の課題は女性に縁がないことだろうな。適正結婚年齢を考えるとそろそろ彼女の1人でも作っておきたいところ。友人の結婚式に招待されるたび焦りを感じる。

 ということで最近の悩みは良くも悪くもそのくらいだ。


 改めまして、俺の名前は鍵沼(かぎぬま)(まこと)

 しがない普通のサラリーマン(25歳・独身)である。


「あー、疲れた疲れた。肩いてー……」


 そんなある日の金曜日。残業にようやくケリがついた俺は家路についていた。あたりに人気はなく車もあまり走っていない。そんな状況にもかかわらず、信号待ちをしている俺に向かってトラックが突っ込んできやがった。


 信号無視か、わき見運転か、飲酒運転か、はたまたテロか。或いは、神の悪戯か、悪魔の罠か、天使の微笑みか、ブッタのゲップか。


 理由は今となってはわからないが善良な一般市民『鍵沼誠』はその(相対的観点から見ると)短すぎる人生に終止符を打ったのである。


○●


 目を覚ました。


「………?」


 俺は地面に横たわっていた。クリーム色の天井を数秒間見つめた後、むくりと体を起こす。


「…………?」


 周りを見渡す。無駄に高い天井はどこまでも広がり、やけに暖かい床も果てし無く続いている。言うまでもないが俺はこんな悪趣味ここに極まれりな部屋に住んでいない。


「………えっと……」


 俺は立ち上がる。底知れぬ恐怖心を抱きながら、遥かなクリーム色の地平線を凝視した時、初めて俺は現状を把握した。


 夢か、と。


「ちょっ、夢じゃねーし!」

「おわっ!」


 俺は背後から聞こえてきた声に驚く。後ろを振り向くと1人の女がケラケラと笑っていた。


「てか、まじでビビりすぎっしょ!ちょーうける!」

「………………」


 そこにいたのは金髪のギャルだった。

 短いスカートにルーズソックス。魔女のような長い付け爪に化粧で強調された大きな目。


 ……時代遅れのガングロギャルだ。絶滅したはずだが、生き残りがいたらしい。


「は!? 時代遅れ? あーしが!?……はーまじテン下げ。人間流行変わるの早すぎっしょ。この間産業革命したばっかなのに……」


 ギャルは唇を尖らせた。

 てか、このギャル俺の思考を読んでる!?


「あ、今気づいたの? そりゃー読めるよ。だってあーし神様だかんね」


 ニッ、とギャルは口角を釣り上げた。


「か、神って……」


 俺は改めてギャルを眺める。

 金色の髪の毛の根元は若干黒くなっており、体つきも日本人らしく控えめだ。


 うん、どこからどう見てもギャルだわ。


「でたでた。神はヒゲジジイかちょー美人女神様だと思ってる奴。あーしも一時はそんな時期もあったけど、今時そんなステレオタイプな見た目の方が時代遅れだっつーの」

「は、はあ……」

「てかさ、あーしの見た目は今どーでもいーの! まこぴょん、今からまじ大事なこと言うからまじ聞いて。まじで」

「まこぴょんって……俺のことすか」


 まじまじ、と連呼しながらギャルは腰に手を当てる。


「今からまこぴょんには【異世界転移】してもらうから。【ダンジョンマスター】としてね」


 うん、さすがに古いとはいえギャル語はよくわからないな。


「ギャル語じゃねーし!」


 ギャルはまたケラケラと笑った。


「いい? 【異世界転移】っつーのは簡単にいえばまこぴょんがいた世界とは別の世界に飛ばされるってこと」

「別の世界?」

「そう、文明も言語も生態系も常識もまるで違う世界よ。そこにまこぴょんには今から行ってもらうわけ」


 ギャルはニコニコと語る。


「え、嫌です」


 もちろん俺は断った。


「ダイジョーブ、ダイジョーブ! そこまで大きな違いはないから。ギリ適応できる範囲だし!言葉喋れるようにしてやっし!」

「だから嫌です」


 再び断る。


「…………」

「…………」


 しばらくの沈黙の後にギャル神は大げさにため息をついた。


「はあ〜まじで? せっかく異世界転移にうってつけの奴だったのに」

「そんなことないと思いますけど」


 俺は環境の変化が苦手なタイプだ。


「じゃあ、輪廻転生にすっか。来世は何になりたい?」

「うーん……野球選手とかどうですかね?」

「ばっか!その若さで死んでて人間になれるわけないじゃん!」

「え?」


 嫌な予感がした。


「ちなみに俺がなれる生き物ってどんなものが……?」

「んー」


 ギャルは少し考え込む。


「まあ、脊椎(せきつい)動物は無理だろうね」

「異世界転移でお願いします」


俺は素直に頭を下げる。


「オッケーオッケー。んじゃあ異世界転移ね。最初からそう言えっつーの!」


 ギャルはポケットからガラケーを取り出すとぽちぽちと何かを打ち込んだ。ガラケーにはアホみたいにでっかいぬいぐるみが括り付けてある。


「で、さっきも言ったんだけどまこぴょんには【ダンジョンマスター】になってもらうから。【ダンジョンマスター】ってのは簡単に言えば【モンスター】を生み出して人間と戦う職業ね」

「人間と戦う?」

「そーそー。まあ、RPGとかで言う魔王みたいな? そんな感じ?」

「いや、さすがに……」


 人間と敵対する生物にはなりたくないな。


「あ、やっぱ抵抗あるよねー。じゃあ【倫理観】弱めとくから。ポッチっとね」


 ギャルがポチッとガラケーのボダンを押す。


「何も変わったような気がしないんですが」

「まあ、精神的な問題だから」


 ギャルは言葉をつなぐ。


「あ、あとあっちの世界で言葉通じないと困るっしょ。【言語能力LV10】つけとくから」


 ギャルはまたポチりとボタンを押した。


「まあ、いろいろ説明事項はあるんだけどさ、それじゃキリがないから【ダンジョンサポーター】つけとくね」

「なんですか? それ」

「いわゆるお手伝いよ。分からないことがあったらこいつに聞いてねって感じ」

「なるほど、助かります」


 ギャル神は俺の目を見てニヤリと笑った。


「そのダンジョンサポーターの容姿についてなんだけど……実は任意で決められるんだよね」

「ま、マジスカ」

「だからまこぴょんの性癖通りの子だって……はいどーん!」


 目の前にナース服の女の子が現れた。黒縁メガネがショートカットの黒髪とよくマッチしている。クリクリとした両目が上目遣でこちらを見つめていた。


「お、おおっ……」


 思わずため息が出る。確かにどストライクである。

 ギャルはガラケーを見るとつらつらと語り出した。


「えーっと……性格は非常に大人しい。面倒見の良いお姉さんキャラではあるがすこしドジっ子な一面も。家庭的で……」

「ちょちょちょ! やめてやめて!」


 俺はギャルの朗読をやめさせた。


「え、なんか違った?」

「脳みそ覗き見されてるみたいで死ぬほど恥ずかしいから……」

「もう死んでっけど」

「とにかく、さすがに理想通りだとやりずらいんだよ!」

「わかったわかった。じゃああえて真逆のタイプの子にしてあげっから」


 ボンっという音と共にナース服の女の子が消え、新しい女の子が現れる。


 明るいブロンドの髪に大人びた顔立ち。すらりとしたスレンダーな体つきだ。

 そして目を引くのは……


「なんで囚人服?」


 女の子は白と黒の横縞の囚人服を着ていた。


「ナース服の反対が囚人服なんじゃね?」

「初めて知ったよ」


 囚人服はすこし小さいのか、ボディラインがくっきり見える。


「別の服にしてあげてください」

「オッケー」


ボンっ


 短いスカート。腰に巻かれたカーディガン。胸元の大きく開いたシャツ。


「できればギャルっぽくない格好で」

「注文多いなー。どこの料理店よ?」


ボンっ


 少女の服が動きやすそうな短めの黒いワンピースに変化する。


「とりあえず、これで良ーよね」


 ギャルは高速でガラケーをいじると、パタリと閉じてポケットにしまった。


「じゃあ準備はこれで終わったから」

「そうですか。ありがとうございました」

「で、これが最後の連絡事項。異世界転移の目的について」


 ギャルは真剣な顔になる。


「まこぴょんの他にも異世界から転移してくる【転移者】が結構いるのね。そいつらを全滅させてほしーの。奴ら、不法入国みたいなもんだから、輪廻転生に戻してあげなきゃなんねーの」


 ギャルは目を細めた。


「厄介なことに奴らは【チート能力】とかふつーに持ってっから。気をつけてね。油断したら殺されっから」

「なるほど……分かりました」


 ギャルは満足そうに鼻を鳴らすと、長い付け爪のついた手をひらひらと降った。


「じゃあ、頑張ってね〜。グッバイ♡」

「ありがとうございました」


 俺も手を振ると視界が徐々に暗くなり……やがて意識が途切れた。

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