第9話 チェリーブロッサム
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
「あの……失礼します」
「お邪魔するわよ」
文芸部の部室の扉を開け、俺と宇野宮さんは中に入った。
広さ的には教室の三分の二程度で、会議室にでもありそうな長い机が二つとパイプ椅子が四つ部屋の中央にあって、棚には本や文集が詰め込まれている。
――だが、そんな事はどうでも良かった。
入口から一番遠い場所に座る女子生徒。開いている窓から入ってくる風にブラウンの長い髪を靡かせている。
俺達が来るまで本を読んでいたのだろう、机には栞を挟んだ文庫本が置いてある。
大人っぽく見えるが、綺麗系というよりは可愛いらしさを持っていると言った方が伝わるだろう。
……そんな先輩が、俺達の方に視線を向けてくれた。
「あら? 新入生の子……かな?」
「は、はいっ! 文芸部に見学に来ましたというか……もう入っちゃおうかなぁ~なんて」
「ふっふっふ、私は同志の付き添いだか……」
「あ、そう? じゃあ宇野宮さんはもう帰ってい……痛いっ!?」
何故か、軽い肩ドンを頂戴する事になったが、今は気にしてられない。
先輩の声はおっとりとしていて、耳が癒される。
宇野宮さん的に言うならば、この先輩は間違いなく回復職だな。
「ふふっ、二人は仲が良いのね」
「いや、そんな事無いですよ。ははは……それよりも、先輩一人だけですか? 他の部員の方は……?」
俺がそう尋ねると、宇野宮さんから今度は軽いグーパンを頂戴した。地味に痛い。
それをまた微笑ましそうに見ながら、先輩は文芸部の現状を話してくれた。
「そもそもの話だけど、運動部と文化部だと、入部する生徒の割合的に体育系が多いのよ。なのに、文化系の部活って意外と多いでしょ?」
確かに……と、俺は頷く事で話に相槌を打った。
運動部には、中学からやっていたからそのまま入部したり、高校から新しく始めたりする生徒で賑わうイメージがある。
割合的に運動部六割、文化部三割、その他一割って感じだろうか。
「だから、文化系の部活に限って言えば兼部が認められているの。皆が兼部として何となく入るのがこの文芸部って訳で、美術部の子とか……入ってはいるけど来ないのよね。今は私以外に来てないの」
でも、この部屋に一人ってのはとてと自由そうだと思った。
俺が入部してもまだまだスペースは余るだろうし、先輩は美人だし、文芸部で何すれば良いか分からないが……入部はアリである。
「ふーん……それで、この部活の活動内容を聞いても良いかしら?」
「ちょ、宇野宮さん? 相手は先輩だしさ、もうちょっと言い方とかさ……」
「別にいいよ。そう堅くなっても窮屈でしょ? 部活内容だけど……特にコレと言って指示する事は無いかな? 気楽にやってるからね」
先輩は、そう言ってうっかり惚れてしまうくらい優しく微笑んだ。『これは入部待った無し』と俺の心がそう叫んでいる。
部活の内容もユルく、先輩は優しそうで人数も多くはない……ハッキリ言って、理想的だった。
「あ、自己紹介でもしておかないとね。私は文芸部部長で三年の桜井春乃って言います」
「桜井先輩……ですね。えっと、俺は山野近江です!」
「我が名を知るという事は深淵を覗き見るという事……地上に住まう脆弱な人間の心で耐えられるかしら?」
「彼女は宇野宮さんです」
「ちょっとぉ!?」
俺はさっさと宇野宮さんの名前を伝えて、会話を先に進めた。
肩を揺さぶられるくらいは我慢しようじゃないか。
それで、文芸部についての話はさっきので終わりでは無かったらしく、深刻な問題が存在していた。
どうやら、幽霊部員の中で文芸部に行かないからと、辞めてしまった人が何人か居るらしい。
今回の部員獲得のチャンスに、最低でも二名程の人員を確保しなければ、廃部の可能性がある……との事だ。
「なるほど……安心してください! 俺一人でも文芸部に入りますよ。あまり厳しくなさそうですし、色んな本も読めそうですし」
二人必要なのに俺一人では足りてないが、それでも俺は入っても良いと思った。
三年生の桜井先輩がいつまで部活に顔を出すのか分からないけど、昨日見た運動部の先輩達と比べても美人度は上だし、目の保養になりまくる。
文芸部への入部には、それで十分過ぎるくらいの理由になった。
「ありがとう! じゃあ……学校側に提出するのはもう少し後なんだけど、入部届に名前を書いてくれるかな? 提出は部長からする決まりになってるの。はぁ……あと一人かぁ? どこかに可愛くて知性的な子が居ないかなぁ。山野君が一年生って事も考えて同じ学年の子が良いんだけどなぁ~」
(流石に猿芝居が過ぎるのでは?)
手渡しされる入部届。
座ってたから気付かなかったが、先輩は俺よりも背が高く、細身でスタイルが良い。
姉にしたい人ランキングなんてのがあれば、ぶっちぎりで一位になってそうだ。
入部届に自分の学年、クラス、出席番号、氏名を書きながらそう思った。
「書けましたけど」
「ありがとう山野君。これからよろしくね! 私のことは気軽に春乃先輩とでも呼んで頂戴ね」
俺が入部届けを先輩に渡すと、隣の方からブツブツと声が聞こえて来た。
「可愛くて……知性的で……近江君の世話係……フッ。やはり、どうやらこれも運命の悪戯のようね」
可愛いのは……まぁ、そうだろう。知性的……はちょっと怪しい。あと、俺の世話係という項目は無かった筈だ。
というか宇野宮さん、こんな挑発ですら無い簡単な煽りに乗っかっちゃう辺り、既に知性的かは怪しい。
「部長……いえ『春の訪れ』。私にも入部届を。この部の救世主になってあげましょう……。それに……み君が……なら」
「ん? 最後の方が聞こえなかったけど……とりあえず、どうぞ。これが入部届よ」
宇野宮さんから真名を与えられても動じずに、ニコニコと対応してくれるあたり、本当に優しい人のようだ。
そして、宇野宮さんはいつまでブツブツと言っているのか。『危険、危険』と聞こえてきたが、現状で一番危険なのは宇野宮さんである。
宇野宮さんも名前を書いた入部届を桜井先輩に渡した。
ずっと笑顔のままで対応してくれる桜井先輩だ。
「本当に助かったわ。私の世代で文芸部が無くなっちゃうかと思って焦ってたのよ……勧誘も積極的にできないのは自分でも分かっていたし。そうだ! 一年生って今度の金土日でオリエンテーションでしょ? 月曜日は私に用事があるから……次は来週の火曜日にでも来て欲しいかな。あ、強制じゃないよ? そこは自由でいいからね」
「明日は来なくても良いんですか?」
「うん、明日もちょっと用事があって来れないの」
「なるほど……分かりました。では、来週にまた来ます」
「約束の刻の音が聞こえる頃に……(また来ますね!)」
俺達は先輩に挨拶をして、文芸部の部室を後にした。高校生活のスタートとしては、これでようやく幸先の良い滑り出しになったと思っている。
あとは恋愛運にでも頼って、曲がり角で女の子とぶつかったり出来れば最高だけど、今は先輩と出会えた事だけでも充分だ。
「さて、帰るか」
「そうね、いざっ……聖域へ!」
◇◇◇
「ふふっ、ふふふ……はーっはっはっはっは! さすがは、私。まだ学校の規則に詳しくない生徒を会話スキルで……くくっ。この文芸部は仮の姿に過ぎない。私が部長、私がルール。そして今や……この部活は『俺TUEEEE研究会』」
私は自分の中にある、先輩や部長という優位性に酔いしれながら、さっきの男の子と女の子を思い出していた。
男子の方……山野近江くん。見た目は良い、それに素直そうで面倒見も良さそう、でも友達はまだ少ないのかしらね……何それ、私の読んでる小説の主人公みたい……転移とかしちゃうのかしら?
女子の方……宇野宮麻央さん。中二病。言動が痛いけど個性っちゃ個性ね……扱いが簡単そうだけど。どうして山野くんに懐いているのかしら? 同じ中学だったとか?
「はぁ……なんか、羨ましいなぁ。高笑いなんてして悪役みたいにしてみても私には似合わないし、はぁ……私みたいなのを没個性って言うのね。二人が何だか羨ましい……でも『チェリーブロッサム』かぁ……ちょっと長いけど嬉しいかも」
ため息混じりで独り言が漏れてしまう。
本当の事を言うと、兼部してくれる人が減ったなんて嘘だ。
ギリギリだけど五人は残っている。だから、勧誘も特にする予定は無かった。
毎年、入部者数が少ないのはそのせいでもあるとは分かっているけど、入りたい人だけ入れば良いと思っていた。
だから、もしもの時は私の代で同好会に降格でも良いかもって、そんな事も考えていた。
「あぁ……。どうして嘘吐いてまで二人を誘っちゃったんだろ。今更ながら罪悪感が……で、でも山野くんは元から入りそうだったし、セーフよね?」
誰へとも知らぬ言い訳をして、読みかけの本を手に取った。
一度くらい、私もこの物語の主人公のように個性が溢れる感じになってみたい。
いい人や可愛いなんて言って貰えるが、自分では何かが違うと、ずっと思っている。
私が『俺TUEEEE』系と呼ばれる物語にハマったのも、その個性が溢れ過ぎて逆に……という状況に憧れてしまったからだ。
山野くんと宇野宮さん……二人を見ていれば私も何か影響されるかもしれない。何だかそんな予感がしたから、誘ったのかもしれない。
「今度、部活に来たときにでも……やっぱり、本当の事を話そうかな……」
私はそう決心して、また本の世界へと潜っていった。
◇◇◇
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